6-7.蒼嶺学園受験④
「みなさん、お疲れ様でした。面接試験はこれで終了です」
5人と俺を順に見渡しながら、神崎理事長は続ける。
「今日は、みなさん5人について私たちが深く知るために、色々な角度から質問させてもらったわ。中には想像すらしたくないような質問もあったと思うの。でも、みなさんはそれから逃げようとせず、ちゃんと自分の言葉で私たちと対話してくれたわ。おかげで、みなさん自身のこと、そして隆一くんを含めた6人の関係性がよくわかりました」
そこで一度、神崎理事長は静かに息を吸い込む。
「試験結果は、筆記試験と面接試験の結果を加味した上で、来週の月曜日に発表するわ。また、月曜日にお会いしましょう。水島さん」
「はい」
ガラガラ。
神崎理事長がドアに向かって声をかけると、返事とともに水島さんが入ってきた。
「試験が終わりました。皆さんを控室までお連れしてください」
「承知いたしました。皆様、どうぞこちらへ」
水島さんに促され、最後に3人に挨拶して俺たちは教室を後にした。
その後、控室に戻って荷物をまとめ、再度水島さんの案内で教室を後にし、受付があったエントランスまで戻ってきた。受付はすでに片付けられており、朝とは打って変わって人は俺たち以外誰もいない。
「ここを出て真っ直ぐ進めば校門に出ます。お迎えは大丈夫ですか?」
「連絡したいので公衆電話を貸してください。あと、迎えが来るまでここで待機させてほしいのですが」
水島さんの質問に、俺がエントランスの隅に設置されている公衆電話を指差しながら答える。試験が終わったら学校の近くで待機している親父に連絡し、迎えに来てもらう手筈になっている。
「はい、大丈夫です。ではお気をつけてお帰りください」
「「「「「ありがとうございました」」」」」
5人のお礼に水島さんが頭を下げると、元来た道を戻っていった。
公衆電話で親父に連絡すると、予定通り近くの書店で時間をつぶしていたから5分くらいで学校に来れるとのことだった。電話が終わって後ろを振り返ると、5人が壁際のベンチに座って早速会話に花を咲かせていた。
「5分くらいで来るらしいから、2時15分になったら校門に移動するぞ」
「「「「「はーい」」」」」
エントランスの時計を見ながら5人に話しかけると揃って返事をする。試験を終えた開放感からか、疲れで間延びしながらも明るい声音だ。
「とりあえずお疲れ様。みんな、よく頑張ったな」
「ほんと、なんとか乗り切れた感じだね」
結乃がぐったりとベンチにもたれかかりながら言う。けれどその顔には、やりきったという達成感が浮かんでいた。
「隆ちゃん、みんな、本当にありがとう。ほとんど私のわがままなのに、ここまで一緒に来てくれて本当に嬉しかった」
七海が全員を見渡しながら言うと、4人は照れながらもはにかんだ。
「筆記試験は解答欄がずれてるとかがなければ問題ないはずだ。後は面接試験の結果次第だけど、感触的には好印象だったと思うぞ」
「隆くんがそう見えたなら、大丈夫かな?」
凛の言葉に4人が頷く。
「それにしても、あの生徒会長さんの質問、めっちゃ焦ったわ!」
「それ!最初、私聞き間違えた?って思ったもん。結乃ちゃんと七海ちゃんと凛ちゃんが答えなかったらどうなってたか……」
史佳さんの質問内容について藍とみずきが興奮気味に振り返る。
「私のは、実は漫画の受け売りなんだよね。私が読んでる漫画の中に、主人公の女の子の好きな人が万引きの犯人に疑われる話があるの。結局は冤罪だったんだけど、友達から『本当に彼が万引きしてたらどうするつもりだったの?』って聞かれる場面があって、そのときに主人公が『一緒に反省する』って言ってて、ものすごく腑に落ちたんだよね。凛ちゃんと七海ちゃんはわかるでしょ?」
結乃の問いかけに2人は頷く。
「そうだったんだ。七海と凛はどうなんだ?」
「私は、質問の内容的に『私が答えないといけない』と思って答えたの。ちゃんと考えがまとまっていたわけじゃなくて、答えられるか不安だったけど、答えながら結乃ちゃんの考え方をベースにして、あのときみたいに『戦う』か『逃げる』か決めればいいって気づいたから、そう答えたって感じかな」
藍の質問に七海が質問回答時の状況を思い出しながら答える。
「私も七海ちゃんと同じ。大切な人を失う怖さ、悲しさはよくわかってたし、実際、もし隆くんがいなくなっちゃったら、とかよく考えてた。でも隆くんや辻中のおじさん、おばさんのおかげで、その怖さと悲しさを乗り越えることができたから、このことを素直に話せばいいと思って……」
俺はかつて、もし自分が遠くへ引っ越してしまったら、もうみんなと会えなくなると泣いていた頃の凛を思い出した。
「それでいいんだ。きっかけが何であれ、自分で経験したり、考えて納得したことを話せば説得力を持つし、相手にも響く。みんな、ちゃんと自分に素直に答えられていたと思うぞ」
俺の言葉に5人が安堵の表情を浮かべる。
「隆はあの3つの質問、どう思ったんだ?」
藍が俺を見上げながら訊ねる。
「なるほどな、って思った」
「え、それどういうこと?」
俺の答えに引っかかりを覚えたみずきが重ねる。他の4人も腑に落ちない顔をしている。
「来週の月曜にはわかると思うぞ」
「出た!隆くんのはぐらかし!」
俺の答え方に結乃は不満げだがどこか楽しげだ。
「まだ正式に発表されてないことをあれこれ言ったって仕方ないだろ」
「でも気になるじゃん。あれって絶対意味があったってことなんだろ?」
藍が身を乗り出しながら俺に問いかける。
「まあ、そうだろうな」
「そこを教えてくれよお!」
藍自身は気になってしょうがないのだろうが、両手を振りながら騒ぐ姿が子どもっぽく、ついほほ笑ましく見てしまう。
「はいはい。そこは『月曜までのお楽しみ』ってことで」
俺が両手を軽く上げてかわすと、5人は揃って「はぁ〜……」とため息をついた。だがその顔にはどこか安堵の色が混じっていた。
その月曜日はあっという間にやってきた。冬の朝は冷たい空気が張り詰めていたが、校舎正面に近づくにつれて、そこに集まる人々の熱気がそれを和らげていた。友加里含めた俺たち7人は、それぞれの家族と一緒に校門を抜け、ゆっくりとその場所へ向かっていた。
「人がいっぱい……」
「これ、すぐにはたどり着けないね……」
凛とみずきが手を取り合いながら小さな声でつぶやく。
「うわあ。これ、番号見つけるの大変そうだな……」
藍が背伸びをして前方を覗き込もうとする。藍の視線の先には、学園のエントランス横に設置された大きな掲示板があり、その前には既に大勢の親子が集まって番号を探しては歓声を上げたり、抱き合ったりしている姿がある。
「大丈夫かな……」
「七海たちは絶対大丈夫だよ!危ないのはむしろ私の方……」
「そんなことないって!友加里ちゃんだってすごく頑張ってたじゃない!」
七海が不安そうに呟くと、友加里が七海を励ましつつ自虐に走るが、それを聞いた結乃が友加里を鼓舞する。
「落ち着いて探せば大丈夫だ。番号順に並んでるはずだから」
俺は緊張する6人に冷静に声をかける。
人混みをかき分けるようにして、ようやく俺たちは掲示板の前に辿り着いた。そこには黒々とした大きな数字が整然と並び、白い紙が冬の陽の光を反射していた。
「よし。探すぞ」
俺たちはそれぞれの受験票を確認しつつ受験番号を探し始めた。掲示板に並んだ数字の列を、6人が食い入るように目で追う。
「……あった!」
一番に声を上げたのは結乃。指先が震えながら紙面の一点を示す。そこには彼女の受験番号が、確かに印字されていた。
「わ、私も!」
「私もあった!」
七海と友加里がそれぞれ別の行を指差し、凛、みずき、藍も次々に自分の番号を見つけては声を弾ませる。
「やった……!あった、あったよ!」
「っしゃあ!やったぜ!」
「ほんとにある……夢じゃないよね……?」
5人が互いの番号を確認し合い、歓声が重なる。
「ああ!」
歓喜に沸く中、七海が一点を指差して大声を上げた。
「これ隆ちゃんの番号!あったよ!隆ちゃんも受かってる!!」
その瞬間、5人がひと際大きい歓声を上げて俺の方へ飛び込んできた。友加里が涙を浮かべながらも、俺たちを微笑ましく見守っている。6人のこれまでの努力がすべて報われた瞬間だった。
「みんなおめでとう。それからありがとう。俺が受かったのはみんなのおかげだ」
俺がみんなにお礼を言うと、俺を抱きしめる腕がより一層強くなった。
「みんなおめでとう!」
後ろを振り向くと、お袋たちが涙ぐみながらも笑顔で拍手をしていた。親父たちは互いに「おめでとうございます」と言いながら握手をしている。
「母さん、携帯貸して。じいちゃんたちに報告するから」
お袋から携帯を借りると、河台のじいちゃんち、平森のじいちゃんちに連絡する。4人とも俺たちの合格を心から喜んでくれた。一人ひとり電話越しで報告すると、じいちゃんたちの祝福に5人とも感極まっていた。
「みずき、おじいちゃんたちにも連絡しなさい」
すでに涙でぐしゃぐしゃになっているみずきが朝子さんから携帯を受け取る。金井家には実さん、千代子さん、そして辰之介さんと静枝さんも待機している。
「……おばあちゃん?うん、みずき!受かってたよ!うん、みんな合格!」
電話越しでも千代子さんが大はしゃぎしている声がこちらに届いた。実さん、辰之介さん、静枝さんと代わるたび、3人とも興奮しながらみずきを祝福しているのがわかる。最後に実さんの要望で俺が電話を代わると、祝福と感謝の言葉をかけてくれた。俺からも金井家のサポートを感謝しつつ、後で金井家に伺うことを話すと「4人で待っているぞ」と嬉しそうに返してくれた。
その後、各家庭の祖父母、お世話になった方々へ吉報を入れていった。それぞれ報告を終える頃には、全員の気持ちは落ち着いていった。
「じゃあ、受付に行きましょうか」
お袋がそう言い、俺たちは家族と一緒に校舎のエントランスへ向かった。正面のドアを抜けると、受験当日に見た机が再び設置されていて、数人の職員が待機していた。受付前では笑顔の合格者が、係員から入学関係の書類が入っていると思われる封筒を手渡されていた。
「あ!あれ水島さんじゃない?」
結乃が指差す方に視線を向けると、受験日と同様に水島さんが受付に待機していた。既視感しかない光景だなと思いつつ談笑していると、ほどなくして俺たちの番となった。
「推薦者の方もご一緒ですか?」
こちらも見覚えしかないやり取り。俺が結乃たちを促すと6人まとめて受付され、蒼嶺学園の名前と校章が印字された大きめの封筒を手渡された。
「つかぬことお伺いしますが、皆様はこの後ご予定はありますでしょうか」
係員の問いかけに、後ろにいた両親たちが応じる。この後は特に急ぐ予定はない。
「では、差し支えなければ少々お時間をいただきたく存じます。入学までの流れなどについてご説明させていただきます」
両親たちが同意すると、係員が水島さんに声をかけて案内役をお願いした。
「では、私がご案内いたします」
「あ、はい!友加里ちゃん、またごめんね」
「ううん!私は今日ずっと家にいるから、帰ってきたら連絡ちょうだい!」
七海が友加里に謝ると、友加里は笑顔で返答した。また受験日と同じ流れだ。みんなで友加里に別れを告げた後、両親たちとともに水島さんの後をついていく。受験日とは異なり、今日はエントランスがある校舎内を進み、とある教室の前で一旦立ち止まる。
「保護者の皆様は、入学手続きの書類をお持ちの上、こちらで待機をお願いいたします。後ほど、説明担当の者がお伺いいたします。合格者の皆様はこちらへどうぞ」
ここで俺たちは両親と別れ、再び水島さんの先導で校舎内を進む。エントランスがある校舎を離れ、渡り廊下を通って、受験会場だった棟とはまた別の棟へ入る。そしてその棟の1階の端にあるドアの前で水島さんは立ち止まった。
「え?」
目を見開いて声を上げる結乃の視線の先を追うと、その理由がすぐにわかった。ダークブラウンの重厚な木のドアの横には「理事長室」と刻まれたプレートが掲げられていた。
コンコンコン。
「はい、どうぞ」
ガチャ。
聞き覚えのある声を合図に、水島さんがそのドアを開けた。




