6-6.蒼嶺学園受験③
「犯罪、ですか……?」
七海が目を見開いて思わず瀬戸さんの言葉を聞き返す。瀬戸さんの質問で、明らかに空気が変わった。
「そうよ。例えば万引きや、誰かに暴力を振るったり、なんでもいいわ。とにかく、隆一くんが犯罪を犯して、社会的制裁を受けることになったとき、あなたたちはどうするかを聞かせてほしいの」
なるほど、そう来たか……七海たちには酷だが、いい質問だ。むしろ今までの校長先生の質問は前座で、ここからが本番だろう。
みんな顔や態度には大きく出さないが、困惑と焦燥感が体からにじみ出ている。
「あ、1つ言い忘れたけど、私からの3つの質問の回答は1人だけでOKよ。誰か1人でも考えがまとまったら、手を挙げてちょうだい」
と、瀬戸さんが条件を提示すると、すぐにひとりが手を挙げた。結乃だった。
「どうぞ」
瀬戸さんに指名されると、結乃は息を整えて口を開いた。
「一緒に反省します」
結乃の短い答えに、瀬戸さんが眉を上げる。
「一緒に反省する?」
「はい。隆くんはそんなことをする人じゃないし、絶対にしないって信じています。でも、もし本当にそういうことをしてしまったなら、きっとそうするしかなかった状況に追い込まれていたんだと思います。そして、その状況に追い込まれる前に、隆くんから意識的にしろ無意識にしろ、必ず何かしらのSOSが発せられていたはずです。隆くんが犯罪に走ってしまったということは、一緒にいる時間が長いにもかかわらず、私たちがそのSOSを見逃してしまったということであり、私たちにも落ち度があります。だから、隆くんを責める前に、まず私たちが隆くんのSOSに気づけなかったことをちゃんと反省します。そして償いができるなら、償うために何をするべきかを一緒に考えて、一緒に償っていきます。そういった意味で、一緒に反省すると答えました」
静寂を破ったその言葉に、神崎理事長が小さく息を吐き、校長先生も微笑む。瀬戸さんは顎に手を当てながら「ふん」と唇の端をわずかに上げた。
「なるほど。じゃあ次の質問。もし、隆一くんがあなたたちを裏切ったらどうする?例えば嘘をつかれたり、陰で悪口を言われたりとかね」
一昨年の6月に見た七海の涙を嫌でも思い出した。もし、そのときの加害者が俺だったとしたら……
今度は七海がゆっくりと手を上げた。瀬戸さんは手を差し出して発言を促す。
「考え方は、さっきの結乃ちゃんと同じです。隆ちゃんが私たちを裏切るなんて絶対にしないと信じています。でももし本当に私たちを裏切ったなら、まず理由を問いただします。隆ちゃんがそんなことをするのには、きっと理由があるはずだから。私が知らないところで悩んでいるのかもしれないし、助けを求めているのかもしれない。だから、一度は必ず、直接聞いて確かめます。それでも本当に理由なんてなくて、ただ隆ちゃん自身が変わってしまって私たちを裏切ったのなら……そのときは悲しいけれど現実を受け止めます。そして、みんなと自分を守るために、隆ちゃんと『戦う』か『逃げる』かをそのときの状況に応じて選びます。『戦う』となったら隆ちゃんに相応の制裁が下るまで戦いますし、『逃げる』となったら隆ちゃんからの害が及ばない安全な場所まで離れます」
七海の答えに、瀬戸さんの表情がほんのわずかに揺れる。すぐに平静を取り戻し、その瞳の奥には鋭い光が一瞬だけ見えた。
「わかったわ。じゃあ最後の質問」
5人が一斉に体を強張らせるのがわかった。おそらくこの流れからして、最後の質問内容の見当がついているのだろう。果たして、5人も同じ予想だったかはわからないが、その質問は俺の予想通りだった。
「もし隆一くんが死んでしまったら、あなたたちはどうする?」
誰かが生唾を呑み込む音が聞こえた気がした。
「例えばこの試験の帰り道で隆一くんが交通事故に遭う。あるいは、今この場で心臓発作を起こして急死してしまう……」
スッ。
問いかけからほとんど間を置かずに挙がった手に、瀬戸さんが一瞬驚く。凛が強い意志を目に宿して手を挙げていた。
「……私は、色んなことを隆くんから教わりました。勉強もそうですが、自分が輝ける場所があること、もっと自分に自信を持っていいこと……数え上げたらキリがありません。でもそんな中で、私が一番教わってよかったと感謝していることがあるんです。それは……『亡くなった人への向き合い方』です」
最後に力強く発せられた言葉に、対面する3人が揃って目を見開いた。対照的に凛は目を伏せ、少し俯き気味になる。
「私は6歳のとき、大好きだった祖母を亡くしました。優しくて、いつも笑顔で、温かい腕でいつも私を抱きしめてくれました。祖母が亡くなったとき、ただただ悲しくて、毎日のように泣いていました。泣かないようになっても、喪失感は完全には消えなくて、お墓参りをしても虚しいだけでした。でも、隆くんは違いました」
凛は再び顔を上げてまっすぐ瀬戸さんを見据える。
「隆くんは亡くなった人に対しても、まるでそこに本当にいるかのように振る舞っていたんです。お墓参りのときだけじゃなく、家の中で普段通りに過ごしているときもそうでした。そのとき、隆くんに教えてもらったんです。誰かが亡くなっても、その誰かを想っている人の心の中で、亡くなった人はずっと存在し続ける。亡くなった誰かのことをその人が忘れさえしなければ、本当の意味で人が死ぬことはないんだって。私は亡くなった祖母のことを、一度も忘れることはありませんでした。だから、私の中に祖母はずっといてくれたんだと、そのとき初めて気づいて、とても嬉しくて、あたたかい気持ちになったんです」
自分の胸に手を当てながら凛は続ける。
「……多分、いや絶対に、隆ちゃんが死んでしまったら、祖母のときと同じように、最初は泣いてばかりいると思います。でも今は、隆くんが私たちの中にずっといてくれることがわかっているから、泣くだけ泣いて、自然と涙がこぼれることがなくなったら、今度はしっかり前を見据えて、自分の中にいる隆くんと一緒に生きていきます。隆くんは、私たちがいつまでも悲しむのではなく、私たちが幸せになることを望んでいるはずですから。どんな形だろうと、私たちが進む未来を、隆くんは心から祝福してくれるはずです。隆くんが亡くなっても、私たちは悔いが残らない人生を歩んでいきたいです」
凛が話し終えると、教室に流れる空気が変わった。瀬戸さん、神崎理事長、そして校長先生も、何も言わずにただ彼女を見ている。しばしの沈黙のあと、瀬戸さんが小さく笑った。
「……うん、OKよ。じゃあ私の質問はここまで。最後は澄江さん、お願いします」
「ええ、わかったわ」
瀬戸さんが笑顔で神崎理事長に振ると、彼女も微笑みながら返事をした。
「最後は私から、1つだけ質問させてもらうわね」
神崎理事長の言葉に5人が改めて姿勢を正す。その声音はこれまでの質問よりもずっと柔らかく、それでいて核心に迫るような深みがあった。
「お互いに感謝した出来事があれば教えてください。ここには隆一くんを含めてもいいわ」
その瞬間、5人全員の瞳の色が変わった。緊張というよりも、胸の奥からあふれてくる何かを必死に抑えているような眼差しだ。
「今回も順番は問わないから、まとまった人から」
言いかけたところで、5人がほぼ同時に手を挙げた。神崎理事長は思わず目を見開き、次いで小さく笑った。
「じゃあ、七海さんから順番にいきましょう」
「はい」
七海は深く息を吸い、姿勢を正した。
「志望理由書や推薦書にも書きましたが、私は去年いじめを受け、とても辛い思いをしました。私という存在そのものが否定されているようで、私は何のためにここにいるんだろうと毎日考えて……正直、生きている意味も見失いかけていたと思います。けれど、家族にも迷惑をかけたくなくて、最初は誰にも言えませんでした。ここにいるみんなにも……」
七海の声がほんの一瞬だけ震える。けれどすぐに持ち直し、強い眼差しで前を見据える。
「でも、みんなは私を救ってくれました。いじめられていることを知っても、私を否定せず、一緒に悲しんで、一緒に怒って、一緒に戦ってくれました。それだけでなく、今回の蒼嶺学園の受験だって、私の一方的なわがままだったのに、みんな二つ返事で『一緒に行こう』と言ってくれて……今こうしてここにいます」
七海の目が潤む。
「だから、私は本当に感謝しています。みんなと出会えたことに感謝しているし、この先何があっても、みんなと一緒に歩んでいきたいと思っています」
彼女の言葉に場の空気が熱を帯びる。神崎理事長が七海を見据えて静かに頷いた。
「はい、ありがとう七海さん。では次は結乃さん」
「はい」
結乃は迷わず声を上げた。普段の明るさを抑え、言葉を選びながら丁寧に語り始める。
「私は受験を決めたこの1年半、本当につらかったです。今までにないほど大きな壁にぶつかり、毎日が苦しくて……家族、特に妹たちにずいぶん我慢をさせてしまいました。本当はお姉ちゃんである私ともっと一緒に遊びたかったはずなのに、それを叶えてあげられませんでした。そのせいで妹が家出してしまったこともあります」
一瞬、結乃の声がかすれる。けれどすぐに表情を持ち直し、続けた。
「でも、そのとき隆くんが一緒になって探してくれて、見つけ出してくれました。そして、私にもっと周りを頼っていいと教えてくれました。私はそのことを本当に感謝しています」
言葉を重ねるうちに、結乃の瞳が強さを帯びていく。
「その後も勉強が進まなかったり、プレッシャーに押し潰されそうになったりしました。でも、ここにいるみんながいたからこそ、私は乗り越えられました。泣き言を聞いてくれて、励ましてくれて、一緒に頑張ってくれて……だから今の私がいます。今こうしてここに立っているのは、みんなのおかげです」
話し終えた結乃の背筋はまっすぐに伸び、言葉以上に感謝の思いを伝えていた。
「ありがとう、結乃さん。では、次は凛さん」
「はい」
凛は両手を膝に置き、深く息を吸ってから話し始めた。
「隆くんを含めた5人の中で、一番長く一緒にいてくれているのがみずきちゃんです。みずきちゃんは内気で臆病な私にいつも寄り添ってくれました。その明るさに何度助けられたかわかりません。隆くんと結乃ちゃんに初めて会ったときも、何も言えなかった私に代わってみずきちゃんが私を紹介してくれました。みずきちゃんがいなかったら、隆くんたちとも友達になれなかったですし、祖母を失った悲しみを乗り越えることもできなかったと思います。感謝しても、しきれません」
最後にみずきを見ながら言うと、みずきは照れくさそうに微笑んだ。そして、凛は隣に座る仲間たちを見渡す。
「もちろん、隆くん、結乃ちゃん、七海ちゃん、藍ちゃん、みんなにも感謝しています。みんなで祖母のお墓参りに一緒に来てくれたときは、本当に嬉しかったです。それから……私はみんなと比べて自分には何もないんじゃないかって悩んだこともあります。でも、隆くんが料理や裁縫、工作といった私の特技を見つけてくれて、『これが凛の輝ける場所だ』って言ってくれました。そんなふうに、ありのままの私を受け入れて、安心できる居場所をくれたみんなに感謝しています」
その言葉に、校長先生は静かに頷き、神崎理事長も穏やかな笑みを浮かべた。
「ありがとう、凛さん。では、次はみずきさん」
「はい!」
みずきは力強く返事をすると、まっすぐな眼差しで語り始めた。
「私も、凛ちゃんには感謝しています。凛ちゃんは私を明るいと言ってくれましたけど、私自身打たれ弱くて落ち込むことも多いんです。私の家は木造平屋の古い家で、それがずっとコンプレックスだったんですけど、ある日それを同級生にバカにされたときがありました。でもその後すぐに凛ちゃんが『私はみずきちゃんの家、好きだよ』って言ってくれて私を慰めてくれました。凛ちゃんはいつも私のことを気にかけてくれて、その心遣いには頭が上がらないです。その後、隆くんたちも私の家を気に入ってくれて、今でもよく遊びに来てくれます。」
今度はみずきが凛を見ながら話し、凛は顔を赤らめて俯く。
「それから、私は剣道と弓道の両立について一時期悩んだことがありました。師匠である祖父母からは『どちらかひとつにしなさい』とずっと言われていたんですが、私自身はどっちも続けたかった。その話をみんなにしたら『両方やりたい気持ちを大切にして』って後押ししてくれて、祖父母を説得するのも手伝ってくれました。そのおかげで、今も剣道と弓道を続けられています。そして今回の受験も、勉強が決して得意じゃない自分は正直自信がありませんでした。でも、みんなと一緒に励まし合ったり、愚痴を言い合ったりして、どうにかここまで来ることができました。今はただ、みんなと一緒にここに通いたい。それだけです」
力強く言い切ったみずきの姿に、瀬戸さんも思わず「ふふっ」と口元を緩めた。
「ありがとう、みずきさん。では最後に、藍さん」
藍は頷き、真剣な表情で口を開いた。
「私が隆たちと初めて会ったのは小学4年のときでした。野辺山の滝の近くで遊んでいて、私が足を滑らせてしまったとき、隆がとっさにかばってくれてケガをさせてしまいました。隆は私のせいじゃないと言ってくれて、最初みんなには本当のことを話しませんでした。でも私は怖くて情けなくて、最後は救護室で泣きながらみんなに謝りました。でも、みんなは初対面の私を責めることはなく、それどころか友達になってほしいって言ってくれて……ただただありがたかったですし、とても救われた気持ちになりました」
そこで一度言葉を切り、深呼吸して続ける。
「それから、私は3歳のときに母を亡くしました。そのときから家が沈まないようにって、ずっと『明るい自分』を演じてきたんですが、いつしかそれが当たり前になってあとに引けなくなっていました。でも、本当は弱音だって吐きたかった。あるときみんなにそれを打ち明けたら、『それでいいんだよ』って受け止めてくれました。あの瞬間、私は心から安心できました。そして、凛のおばあさんと同じように、母のお墓にもみんなで毎年お参りしてくれています。正直、私にはもったいないくらいですが、とても大事でかけがえのない存在です。ありのままの自分でいさせてくれるみんなには本当に感謝しています」
藍が深く頭を下げ、言葉を締めると、室内に静けさが広がった。5人は誰一人として口を開かず、ただ目の前の3人の面接官を見つめていた。
やがて、神崎理事長が手元のペンを静かに置き、視線を5人に向けた。




