5-6.復讐、そして決意③
翌朝、俺は目を覚ますと、すぐに階下へ向かった。お袋が朝食の準備をしていて、親父はすでに新聞を広げている。
「ちょっと話があるんだけど、いいか?」
俺の声に、お袋は手を止め、親父も新聞を畳んでこちらを見た。
「なんだ、改まって」
「七海のことなんだけど」
その言葉を聞くなり、お袋の表情が少し強張った。
「七海ちゃんが、何かあったの?」
俺は昨夜七海が打ち明けたことを2人に説明した。
クラスの女子全員を巻き込んだいじめのこと。首謀者がいる可能性が高いこと。七海がずっと一人で耐えてきたこと……すべてを話し終えると、2人は目を見開いたまま固まっていた。
「……そんなことが」
「親御さんは気づいていなかったのか?」
親父の問いに、俺は首を振る。
「多分、全く気づいてないと思う。だから、今日悟さんと香苗さんに話そうと思ってる。七海の迎えを兼ねて、2人揃って来てもらうよう、母さんから伝えてほしい」
お袋はすぐに頷いた。
「わかったわ」
お袋が電話を手に取り、春野家に連絡を入れる。俺はその間、じっとキッチンのテーブルを見つめながら、悟さんと香苗さんがどう受け止めるのかを考えていた。
思ったよりも早く、悟さんと香苗さんは片山家へやってきた。予定より早い到着に、お袋が驚いた顔をする。
「すみません、突然。話を聞いて、いてもたってもいられなくて……」
「七海は……今、大丈夫なの?」
悟さんの表情は険しく、香苗さんも不安そうに手を握りしめている。
「今は結乃たちと一緒にいる」
俺は2人をリビングへ案内し、昨夜の話を詳しく説明した。七海がどんな扱いを受けていたのか、どれほど辛い思いをしてきたのか……俺はできるだけ淡々と話そうとしたが、途中で何度も拳を握りしめることになった。
話し終えたとき、悟さんも香苗さんも沈痛な面持ちだった。
「……そんなことが、ずっと」
香苗さんが震える声で呟く。
「まさか、そんな目に遭っていたなんて……俺たちは……俺たちは何も……」
悟さんの拳が膝の上で固く握られる。その目には、自分の娘が受けていた苦しみに気づけなかった悔しさがにじんでいた。
「七海に……確認させてくれ」
俺は頷き、七海を呼びに行く。
少しして、七海がレオを抱いてリビングへ入ってきた。後ろから結乃たちも入ってくる。父と母を見て、一瞬不安そうな表情を浮かべるが、悟さんが優しく声をかける。
「七海……昨夜、隆一くんに話したこと、本当なのか?」
七海は少しだけ迷ったようだった。しかし、ゆっくりと頷き、震える声で言った。
「……うん。全部、本当」
その瞬間、香苗さんの目に涙が滲んだ。
「ごめんね……七海。こんなに辛い思いをしていたのに、お母さん、全然気づいてあげられなかった」
「俺もだ……。毎日、普通に送り出して、普通に迎えて……なのに、七海がこんなに苦しんでいたなんて……」
悟さんの声も震えていた。
「本当に……本当にごめん」
香苗さんがそっと七海の手を握る。七海は一瞬驚いたようだったが、ゆっくりとその手を握り返した。
「お父さん、お母さん、気にしないで。ありがとう」
七海は2人を交互に見ながら言う。その瞳の奥には、少しだけ安堵の色が浮かんでいるように見えた。
「七海、昨日の紙、悟さんたちに見せてもいいか?」
「うん。お願い」
七海の許可を得た上で、俺は昨日の紙をテーブルの上に置いて、ゆっくりと口を開いた。
「俺は昨日、七海にいじめに対してどうするか、いくつかの選択肢を提示した」
悟さんと香苗さんが、紙を見ながら俺の言葉にじっと耳を傾ける。親父とお袋も黙って聞いていた。
「選択肢は大きく2つ。『戦う』か『逃げる』か。七海にはどちらを選んでもいいと言った。でも、どちらを選んでも俺たちは全力で支えるとも伝えた」
俺が視線を七海に向けると、七海は小さく頷いた。
「その上で、七海は戦うことを選んだ」
リビングの空気が張り詰める。悟さんが驚いたように七海を見た。
「七海……本当にそれでいいのか」
七海はまっすぐに父親を見つめ、静かに答えた。
「うん。昨日、みんなから勇気をもらった。それに……私が逃げたら、次に誰かがいじめられるかもしれない。それを見て見ぬふりはできないから」
香苗さんが口元を押さえる。お袋も少し驚いたように目を見開いた。
「七海ちゃん……」
親父が腕を組みながら息を吐く。
「なるほどな。強いな、七海は」
悟さんも、しばらく七海を見つめたあと、小さく頷いた。
「お前がそう決めたのなら、俺は反対しない。でも、無茶はするなよ」
「そうよ、七海。無理はしないで」
「うん」
七海は少し微笑んだ。その表情には、昨夜よりも確かな強さが宿っていた。
「それと……昨夜は言えなかったんだけど、実はいじめのリーダーに心当たりがあるの」
ふと躊躇うように口を開いた七海に、俺たちは一斉に注目した。
「そうなの?七海ちゃん」
「うん。鈴木あかね……クラスメイトの女子なんだけど、多分その子がリーダー」
結乃の問いかけに七海が答える。
「鈴木あかね……」
俺は名前を繰り返しながら考える。
「確信はあるのか」
「……ううん。でも、クラスの女子はみんなあの子に逆らえないみたいだった。私がいじめられてるときも、誰も止めようとしなかったし……」
七海の声は少し震えていた。香苗さんが心配そうに肩に手を置く。
「そうか。じゃあ、まずはそいつから探るべきだな」
俺はそう結論づけた。
「隆一くん、戦うのは承知したけど、戦うにしてもまず準備が必要だ。その上で、七海の負担は最小限に止めたい。できれば、どうしても必要なときを除いて、七海を登校させるのは避けたいと思っているんだが……」
悟さんが七海の肩を抱きながら言う。
「もちろんそのつもり。今、七海を無理に登校させるのはリスクが大きすぎる。確実に証拠を取れる体制を整えるまでは、七海は学校に行く必要はないよ」
「ええ、そうね」
香苗さんも頷き、お袋も賛同した。
「じゃあ、学校には私から連絡するわ。しばらく体調不良で休ませるって」
「ありがとう、お母さん」
七海がほっとした表情で香苗さんを見上げた。
「それで、隆一。どうやって戦うつもりなんだ」
親父が腕を組みながら俺に問いかける。俺は少し考え、口を開いた。
「いくつか作戦を考えてる。詳しくはまだ言えないけど……確実に相手を追い詰める方法だ」
俺の言葉に、親父はじっと俺を見つめた。
「隆一のことだから、妙な無茶はしないと思うが……」
俺はゆっくりと頷く。
「無茶はしない。けど、徹底的にやるつもりだ」
俺の目を見て、親父は何かを察したのか、ゆっくりと目を閉じて息を吐いた。
「……わかった。隆一が納得するまでやりなさい」
悟さんも、小さく笑いながら俺に言った。
「隆一くんなら、大丈夫だ。それに将来の息子として、七海を守ってもらわないといけないしな」
「それって……はっ!お、お父さん、何言ってるの!///」
七海は一瞬、悟さんの発言の意図が読めなかったが、その意味を理解した瞬間に顔を赤らめる。
「今更照れることでもないだろう?お父さんはもう七海の旦那は隆一くん以外考えられないけどなあ」
「だ、旦那!?///」
悟さんの「旦那」発言に七海はさらに狼狽える。
「隆くん、私たちもいること忘れないでよ?」
横から俺をつつきながら結乃がニヤリと笑う。凛、みずき、藍は紅潮した顔を各々明後日の方向に向けていた。
「ははは!こりゃ七海も頑張らないとなあ」
悟さんが笑いながら軽く肩をすくめて言うと、七海はさらに顔を真っ赤にして「もう!」と抗議の声を上げた。お袋たちも笑みをこぼし、少し周囲の空気が和んだことに俺は安堵した。
昼過ぎ、七海は悟さん、香苗さんとともに帰路についた。その後ほどなくして剛さんが藍を迎えに訪れ、藍も片山家を後にした。2人を見届けてから、親父の運転で結乃、凛、みずきをそれぞれの家に送り届けた後、俺は親父に頼んで家電量販店へ向かった。
翌日の月曜日の夕方、学校が終わると、俺は結乃と凛を伴い、お袋が運転する車で春野家へ向かった。みずきは剣道の稽古があり、藍は遠距離のため今回は不参加だ。
車が春野家の前に停まると、俺たちは順番に降りてインターホンを押した。すぐに玄関の扉が開き、香苗さんが出迎えてくれる。
「いらっしゃい。どうぞ入って。七海たちは自分の部屋にいるわ」
「おじゃまします」
玄関に足を踏み入れて階段を上がると、自室から七海が顔を覗かせた。
「隆ちゃん、結乃ちゃん、凛ちゃん、いらっしゃい」
俺たちが七海の部屋に入ると、部屋に置かれているテーブルに女の子が1人座っていた。少し茶色がかったショートヘアに、大きな瞳。七海よりも少し活発そうな雰囲気の女の子だった。
「七海、この人たちが?」
「うん。あ、みんな座って」
彼女の問いかけに七海は頷いてから、俺たちに着座するよう促した。
「紹介するね。斉藤友加里ちゃん。私の小学校で一番仲の良い友達だよ」
「初めまして!斉藤友加里です」
七海の紹介を受けて彼女、斉藤友加里はにこっと笑い、元気よく頭を下げた。
「初めまして、俺は片山隆一」
「村中結乃です。よろしくね」
「佐藤凛です」
俺たちが自己紹介をすると、友加里は楽しそうに笑った。
「七海からよく話聞いてるよ。特に隆一くんの話になったら全然止まらないんだから」
「友加里ちゃん!///」
友加里の暴露に七海が顔を赤らめて抗議するが、決して嫌がっている雰囲気はなく、2人が気の置けない間柄であることはすぐにわかった。
実は昨日、俺は七海に「月曜の夕方に、別のクラスで一番仲が良い友達を連れてきて欲しい」と頼んでいた。それを受けて七海が呼んだのが彼女だった。
コンコン。
「入るわよー」
ノック音の後で香苗さんが部屋に入り、紅茶と茶菓子をテーブルに置いた。
「ありがとうございます」
「隆ちゃん、よろしくね」
俺が礼を言うと、香苗さんは場を俺に託して部屋を出て行った。紅茶の湯気が静かに立ち上る中、友加里はカップを手にしたまま、七海をまっすぐに見つめた。
「それで七海。私、どうして今日ここに呼ばれたの?」
その問いに、七海の指が膝の上でぎゅっと握られる。しばらく躊躇うような間があったが、やがて小さく息を吸い込み、決意を込めた目で友加里を見た。
「友加里ちゃんには、ちゃんと話しておきたいと思って……私、いま学校でいじめられてるの」
友加里の表情が一瞬で固まる。手にしていたカップをそっとテーブルに置き、驚いたように七海を見つめた。
「……え?」
七海はゆっくりと話し始めた。クラスの女子全員から仲間外れにされていること。給食の時間に話しかけても無視されること。教室に入るたびにクスクスと笑われること。バレエを馬鹿にするような会話を、わざと聞こえるように話されること。そして、そのいじめを主導しているのが、鈴木あかねという女子である可能性が高いこと。
話し終えると、七海は視線を落としたまま、指をぎゅっと握りしめた。友加里はしばらく言葉を失っていたが、やがて小さく息を呑む。
「……そんなことになってたの?」
信じられない、という声だった。
「だって、七海、今までそんな素振り全然見せなかったじゃん……」
「うん……ずっと隠してた。でも、もう隠すのはやめることにしたの」
七海は顔を上げた。その目には、昨日までとは違う、しっかりとした決意が宿っていた。
「隆ちゃんたちと話して、決めたんだ。私、いじめと戦うって」
友加里はまだ驚きを隠せない様子だったが、隣に座る俺が口を開くと、すぐにそちらに目を向けた。
「戦うっていうのは、ただ反抗するってことじゃない。俺たちは、確実にいじめを終わらせるために動く。証拠を掴んで、公の場でいじめのリーダーたちを追い詰める。そして、それ相応の制裁を受けてもらう」
友加里は息を呑んだ。
「……そんなこと、本当にできるの?」
「できる。ただ、そのためには準備が必要だ」
俺は言葉を続ける。
「いじめの証拠を押さえるには、七海が学校でどういう扱いを受けているかを正確に把握する必要がある。でも、今の七海はクラスで完全に孤立していて、俺たちも直接関与することができない。だから、学校の中に協力者が必要なんだ」
俺がそう言った瞬間、友加里の表情が変わった。目から驚きや戸惑いの色は消え、鋭い理解の光が宿る。
「……そっか、だから私を呼んだんだね」
友加里は全てを理解したようで、納得したように頷いていた。
「私なら別のクラスだから、いじめのリーダーたちの影響を受けずに周囲を探ることができる……そういうことだよね?」
「……うん」
七海が小さく頷く。友加里は勢いよく身を乗り出し、七海の手をぎゅっと握った。
「もちろん、やるよ! 七海が困ってるのに、ほっとけるわけないじゃん!」
七海の目が驚きに揺れる。
「え……?」
「七海が戦うって決めたんでしょ? だったら、私も一緒に戦うよ!私にできることがあるなら、何でもする!」
友加里の表情には、迷いも躊躇いもなかった。その真っ直ぐな気持ちが、七海の胸にじんと響く。
「ありがとう……友加里ちゃん……!」
涙目でお礼を言う七海に、友加里はにっこりと笑った。
「ありがとう、斉藤さん。協力者が見つからなかったら俺たちだけじゃどうしようもなかったから」
「友加里でいいよ。それにお礼を言うのはこっち。七海のSOSに気づいてくれて本当にありがとう」
その言葉を聞き、俺は小さく息を吐く。彼女の素直でまっすぐな人柄を目の当たりにし、俺は彼女に協力を頼めたことに大いに安堵した。
「ありがとう。じゃあ早速だけど、ここからは具体的な作戦の話に入ろうと思う。まずこれを見てくれ」
俺はそう言うと、テーブルの上に小さな黒い端末を2台置いた。
「これ……携帯電話?」
凛が不思議そうに端末を見つめる。見た目は普通の携帯端末に見えるが、厚みが通常のものよりわずかに薄く、ボタン部分には余計な加工が施されている。
「元、そうだけど今は違う。これは俺が改造した隠しカメラだ」
昨日、俺が家電量販店で購入したのは携帯端末だった。付属のカメラと録画機能を利用して、隠しカメラに改造したのだ。
俺は1台の端末を手に取り、上面のボタンを押す。すると、小さなレンズ部分がわずかに動き、同時に緑色のLEDランプが点灯した。
「このカメラは、押しボタンで動作する。動作中は緑のランプが光るようにしてある。これならちゃんと作動しているかどうか、七海にもすぐにわかる。もう1回ボタンを押せば録画が止まる」
「すごい……隆ちゃん、こんなの作れるんだね」
七海が感嘆の声を漏らし、友加里も目を丸くした。
「で、これをどう使うの?」
結乃が訊ねると、俺は端末を指さした。
「2台とも、七海の教室に仕掛ける。1つは、七海が教室の後ろに置いている国語辞典のカバーの中。もう1つは、七海の机の脇にかかっている習字道具入れの中だ」
国語辞典と習字道具が教室にあることは七海からすでに訊いていた。
「で、いつカメラを起動させるかだが、ちょっとした芝居を打とうと思ってる」
「芝居?」
俺の言葉を友加里が繰り返す。
「そうだ。実際には七海と友加里にやってもらうんだけど……」
そう言うと俺は作戦の詳細を女子陣に話す。
「……という感じだ。どうだ?できそうか?」
「うまくできるか自信ないけど……やってみる!」
「うん!私もこれはやった方がいいと思う」
俺の問いかけに2人が賛同する。
「よし、じゃあこれでいこう。仮にうまくいかなくても、向こうに感づかれる可能性はほぼないからあまり心配しなくていい。そのときは次の作戦を考えよう」
俺の言葉に2人が頷く。俺は端末を片付けると、友加里に向き直った。
「そして、もう1つ。これは友加里に頼みたい」
「私?」
指名された友加里はすぐに背筋を伸ばした。
「ああ。俺の予想では、リーダーは教室以外の場所でクラスの女子を脅して、いじめに加担させてるはずだ。七海が受けてるような仕打ちを続けさせるには、誰かに指示を出している可能性が高い」
友加里は真剣な表情で聞いていた。
「だから、その現場がどこなのかを突き止めてほしい。リーダーが教室の外のどこで動いているのかがわかれば、そこにカメラを仕掛けることができる」
「なるほどね。現場さえ特定できれば、後はそこにカメラを仕掛けるってことか」
友加里はすぐに自分の役割を理解して頷いた。
「そうだ。だから、どこかに隠しカメラを仕掛けられそうな場所があったら、それも教えてほしい」
「了解!最速で突き止めるよ!」
七海が少し安心したように友加里を見つめる。
「それと、もう1つ頼みたいことがある。七海の国語辞典と習字道具入れ、学校に行ったら回収しておいてくれないか?」
「わかった。明日、誰にも気づかれないように回収しておくよ」
俺は友加里の頼もしさに、小さく頷いた。これで、計画は確実に前へ進む。全ては七海をいじめる連中を、確実に追い詰めるために。




