5-5.復讐、そして決意②
「隆くん……」
「……」
結乃が深刻な表情で俺を見る。結乃だけでなく、七海の話を聞いた女子全員が同じ表情をしていた。
「七海、今まで気づいてやれなくてすまない」
俺の言葉に、七海は下に向けていた顔を上げる。
「思い違いかもしれないって言ってたけど、これは思い違いじゃない。七海、これは立派ないじめだ」
「隆ちゃん……うう……」
思い違いではなかったことに安堵してか、逆にショックを受けてか、七海は再び涙を流す。だがいずれにしても、思い違いではないことははっきりさせておかなければいけないだろう。
「許せねえ……」
藍が目線を下に向けて唸るように言う。拳を固く握りしめたその手は、怒りで小刻みに震えていた。
「七海をいじめたやつら全員とっちめてやる!」
「私もこのまま黙っていられない!隆くん、仕返ししようよ!」
「2人とも落ち着け」
血気にはやる藍とみずきを諌めると、2人はひとまずおとなしくなる。
「2人の気持ちはよくわかる。俺だってはらわたが煮えくり返ってる。今すぐにでも仕返ししてやりたい。けど、仕返しするかどうかは俺たちが決めることじゃない。七海が決めることだ」
「七海ちゃんが?」
結乃が七海の肩を抱きながら確認する。
「ああ。七海、今から俺が話すことをよく聞いてくれ」
俺が七海に話しかけると、七海は俯けていた顔を上げて俺を見る。俺はバインダーと紙、サインペンを探し、バインダーに紙を挟んで、必要事項を記載する。
「今の七海には選択肢が2つある。1つ目は、藍たちが言っているように『戦う』という選択肢。公の場で戦って相手を懲らしめれば、いじめがなくなった状態で学校に通うことができる。けど、戦うにはそれ相応の準備が必要だ」
「準備?」
俺の言葉を凛が繰り返す。
「そうだ。七海の話を聞く限り、クラスの女子全員をいじめに加担させているリーダーがいるはずだ。まず、そいつが誰なのかをはっきりさせる必要がある。その上で、そいつがいじめを主導していることを示す証拠を掴まないといけない」
「証拠?」
みずきが七海の背中を擦りながら言う。
「ああ。もちろん、七海を疑っているわけじゃないけど、周囲にいじめの存在を認めさせるには証拠がないとだめだ。ただ今のところ、七海がいじめられていることを示す確かな証拠がない」
「だったら、その証拠を掴めばいいんじゃないか?」
俺の説明に藍が提案するが、俺は首を横に振る。
「よく考えてみろ。確実ないじめの証拠を掴むには、七海が学校へ行かないといけないんだぞ」
「あ……」
俺の指摘を受け、俺が何を言わんとしているか理解した藍が押し黙る。新たにいじめの証拠を掴むためには、七海の協力が必要だ。だがそれは、七海を再びいじめの渦中に放り込むことを意味する。
「一番厄介なのはそこなんだ。落書きとか目に見えてわかる証拠が既にあれば、七海の負担はずっと軽くなる。けど相手は敢えて証拠に残らないやり方を選んで、自分の足がつかないようにしてる。正直言って質が悪い」
俺の説明を聞いて、藍とみずきは苦虫を噛み潰したように顔をしかめ、結乃、凛、七海は一層顔を暗くする。
あくまで俺の予想だが、このこなれた感じからして、相手はいじめの常習犯なのではないだろうか。そして、過去に七海以外にもいじめの被害に遭った子たちがいるのではないだろうか。
「とにかく、七海がいじめられている証拠を掴むのはそう簡単じゃない。少なくとも1回は七海が登校する必要がある。俺としては、七海がすでに苦しんでいるのに、さらに苦しんでまで『戦う』必要はないと思ってる。最優先で大事にすべきなのは七海自身だからな」
「そうだよ。七海ちゃんがこれ以上苦しむ姿は私だって見たくない」
俺の言葉に結乃が同調し、3人も頷く。
「そこでもう1つの選択肢が出てくる。戦わずに『逃げる』という選択肢だ」
「『逃げる』?」
みずきが俺の言葉を繰り返す。
「そうだ。より具体的に言うと、七海はもう元の学校には通学しないで、別の学校に転校するんだ。もちろん今すぐは無理だから、転校先が決まるまでは学校を休む」
「休むって、病気でもないのに休めるの?それに勉強も遅れちゃうよね」
「そうだよ。それに転校って、そんな簡単にできるの?」
結乃とみずきが当然の質問を俺に投げかける。
「休むのは全然問題ない。実際、七海はいじめで心の病気なんだ。学校への説明は悟さんと香苗さんにしてもらうことになるけど、悟さんと香苗さんなら大丈夫だ。俺たちがちゃんと説明すればわかってくれる。勉強面は俺がフォローする。今のところ、俺らの学校と七海の学校で授業の進み具合はほぼ同じだからな」
悟さんは七海の父親で、柳田に拠点を置く企業に勤めるサラリーマンだ。以前、結乃たちと初めて会った際に七海と仲良くしてくれていることをとても感謝してくれ、その後も何かと俺たちを気にかけてくれている。
「ただ、確かに転校は簡単じゃない。まず、七海の小学校の友達とは離れ離れになる。それに学区の問題があるから、転校するためには今の学区から引っ越しをしないといけない。できれば別の学校の学区に住んでいて、頼りにできる身内のもとに身を寄せるのがいい。おじいさん、おばあさんがそうであれば一番の候補だ。どうだ?七海」
「……お父さんの方も、お母さんの方も、歩いて行ける距離に住んでる」
俺の質問に七海は首を振って答える。
「じゃあ同じ学区内だな。他に身内で頼れそうな人はいないか?」
俺の質問に七海は首を縦に振って答える。
「となると俺の家に来て俺たちの学校に、もしくは辻中の家に引っ越して藍の学校に通うかのどっちかだな。ただ辻中の家の場合は、悟さんか香苗さんのどっちかが一緒についてくる必要があるけど」
「七海ちゃんが、私たちか藍ちゃんの学校に?」
結乃が七海と俺を交互に見ながら言う。
「ああ。その方が俺たちの目が届くし、七海も安心して学校に通えるからな。まあ俺らの学年ではいじめの話は聞いていないから、過度な心配は無用とは思うけど」
「私の学年も大丈夫だ!もともと1クラスだけで、みんながお互いをよく知ってるしな」
俺の言葉を受けて藍が自信たっぷりに言う。万が一何かあったとしても、俺たちで原因を潰せばいい。
「それと、七海が転校を選んだとしても、俺は七海をいじめたやつらを徹底的に懲らしめる。どんなに時間がかかっても証拠を掴んでリーダーを見つけ出して、七海の代わりに復讐する。七海が立ち直っても、七海をいじめた事実は消えないからな」
もっと言うと、七海を休ませている間に俺がリーダーを探し出してお仕置きをすることは、おそらくそこまで難しくない。七海と同じクラスの女子の誰かに接触して探りを入れ、リーダーを見つけ出したら自白させて懲らしめれば終わりだからだ。
だが、証拠がない状態での自白は周囲の理解を得られない可能性が高い。それに「自白を強要された」と主張されたら反論は難しく、逆にこちらの立場が危うくなる。有無を言わせず周囲を納得させて確実に相手を仕留めるには、やはり確かな証拠が必要だ。
「長くなったけど、今の話をまとめるとこういうことだ」
そう言って、俺は話しながら書いていた紙を七海に手渡した。
――――――――――――――――――――
1.戦う
【具体的な方法】
いじめのリーダーを特定し、いじめの証拠を掴んで、公の場で追及、制裁する。
【メリット】
◯いじめをなくした状態で同じ学校に通うことができる。
【デメリット】
◯証拠を集めるために七海が学校に通い続ける必要がある。
◯証拠を集める中で、さらに精神的な負担を負う可能性がある。
2.逃げる
【具体的な方法】
河台小か辻中小のどちらかに転校する。転校先が決まるまでは、学校を休む。
【メリット】
◯いじめから距離を置き、精神的負担を軽減できる。
◯新しい環境で再スタートを切ることができる。
【デメリット】
◯元の学校の友達と離れ離れになる。
◯引っ越しや転校の準備が必要。(河台小の場合は俺の家、辻中小へは悟さんか香苗さんと一緒に辻中の家。)
3.補足
◯転校を選んでも、いじめのリーダーを放置するつもりはない。
→ 時間がかかっても証拠を集めてリーダーを特定し、いじめを暴く。
◯どちらを選ぶかは七海の意思が最優先。
→ 七海がどちらを選んでも、全力で七海をサポートする。
――――――――――――――――――――
「大事なのは、七海自身がどうしたいかだ。戦うか逃げるか、あるいは別の選択肢を選びたいなら俺たちも一緒に考える。最初は戦うことにしたけど、やっぱりしんどくなって逃げたくなったら全然逃げてもいい。どういう選択をしても、俺たちは七海を全力でサポートするからな」
俺は最後に書いた内容を指で示しながら、改めて強調した。
「うん、七海ちゃんがどう選んでも、私たちはずっと味方だよ」
「私も。七海ちゃんが安心して過ごせるように、できることは何でもする!」
結乃とみずきが力強く言う。
「七海ちゃんが選んだことが、いちばん大事なんだよ。だから、焦らなくていいからね」
凛が優しく微笑みながら言った。
「七海、私たちがついてる。何を選んでも、絶対に大丈夫だ!」
藍も七海の手をぎゅっと握りながら言う。俺はみんなの言葉を聞きながら、改めて七海に向き直る。
「もちろん、今すぐ決める必要はない。考える時間が欲しいなら言ってくれ。でも一応、今の時点での七海の素直な気持ちを聞かせてくれないか?」
七海はじっと紙を見つめていた。しばらくの間、迷うように視線を彷徨わせていたが、やがてゆっくりと顔を上げる。
「にゃ」
「レオ?」
何かを察知したのか、レオが七海の膝の上から、隣に座っているみずきの膝の上に移動した。そして、七海は意を決したように俺を見つめていた。
「……隆ちゃん、抱きしめて」
「え?」
一瞬、俺は聞き間違えたのかと思った。だが、七海は真剣な目で俺を見つめている。
「抱きしめてほしいの……お願い」
戸惑いながらも、俺は椅子から立ち上がって静かに手を広げた。そして、七海も立ち上がってそっと俺の胸に飛び込んできた。その瞬間、彼女の小さな肩がかすかに震えているのがわかった。
七海は俺の背中にぎゅっと腕を回し、少しだけ顔を埋めるようにしながら、深く息を吐いた。俺は何も言わず、ただ七海の背中に手を添えた。
「……ありがとう、隆ちゃん、みんな」
七海はしばらくの間そのままじっとしていたが、そう言ってゆっくりと俺から離れると、今度はしっかりとした目でみんなを見つめた。
「……私、戦うよ」
七海の宣言に、結乃、凛、みずき、藍が一斉に息を呑む。
「七海ちゃん……本当にいいの?」
結乃が不安そうに尋ねる。
「うん……だって、もし私が逃げたら、今度は別の子がいじめられるかもしれない。私、そんなの、絶対に嫌だもの」
七海の言葉を聞きながら、俺は心の中で感嘆していた。自分がまだ苦しんでいる最中だというのに、それでも他の誰かのこと、しかも自分のいじめに加担したクラスメイトのことを考えられるなんて、並大抵のことじゃない。
「それにね、私、今日みんなからいっぱい勇気をもらったの。おかげで、もう1人じゃないって思えた。だから大丈夫!」
七海ははっきりとした声でそう言った。その瞳には、先ほどまでの迷いや不安はなかった。俺は改めて、七海に向き直る。
「わかった。七海が戦うなら、俺たちも全力で戦う。絶対に七海を守るからな」
「うん!」
「安心して七海ちゃん!私たちがついてるから!」
「私も!」
「私だって!」
俺に続いて結乃たちも声を上げる。
「みんな、ありがとう……」
結乃たちの励ましに七海は嬉し涙を流す。
「にゃあ!」
「レオもありがとう……」
みずきの膝に乗っていたレオが「俺を忘れるな!」と主張するように七海の肩に飛び乗る。
「よし、細かい計画や方針は明日以降に考えよう。今日はもう遅いしな」
俺は時計を見ながらそう言うと、みんなを隣の遊び部屋に帰した。レオも七海に抱かれて一緒について行った。
「さて……」
俺は再びパソコンに向かい、先ほど書いた紙を手元に置いて準備に取り掛かるのだった。




