5-4.復讐、そして決意①
「ねえ、あの子誰?」
「あの子って?」
「あそこで1人で座ってるの」
「あー、詳しくは知らないけど、なんかピアノとバレエ習ってるって聞いたことある」
「え、ピアノとバレエ?」
「そうそう。前に廊下ですれ違ったとき、誰かとそんな話してた」
「へえー、ピアノはともかくバレエなんてやってるんだ。なんか、お高くとまってそう」
「まあ、見た感じそうだねえ。なんか近寄りがたいっていうか」
「私もピアノやってるけど楽じゃないわよ?それに加えてバレエなんて……ピアノのことバカにしてない?」
「実際両方とも大したことなかったりして」
「うわ~ありそ~」
「なんかムカつくんだけど」
「え、何が?」
「あれだよ、あれ」
「……ああ、男子と話してるの?」
「そう。なんかああやって、男子とばっかり話ししてさ」
「確かにね。男子、みんなあの子のこと気にしてる感じだもん」
「でしょ?調子乗ってるっていうか、目立とうとしてるっていうか。しかも、毎日スカート履いてるし」
「ああ。なんか、そういうの狙ってるんじゃないのって思っちゃうね」
「ほんとムカつくわ、ああいうの」
「なんか、自分が特別だとでも思ってるのかな?」
「絶対そう。じゃなきゃ、あんな態度取らないでしょ」
「まあ、あんなの相手にしてる男子もどうかと思うけどね」
「ほんとそれ。見る目ないって感じ」
「ねえ、ちゃんと聞いてたよね?今言った通りにやってよ」
「え、でも……それはちょっと……」
「何が『ちょっと』なの?」
「いや、その……やりすぎじゃないかなって……」
「は?やりすぎって何?あの子にそんな遠慮する理由でもあるの?」
「……」
「私の言うこと聞けないってこと?」
「そ、そういうわけじゃないけど……」
「じゃあ、ちゃんとやってよ。みんなだって協力してるんだから、あんたもわかるよね?」
「……うん」
「よろしい。まあ、あんたがやらなくても、他にやってくれる子はいるけどね」
「……やるから……」
「ふふ、最初からそう言えばいいのよ。じゃ、よろしく」
「なるほどねえ。で、そのときの黒猫がこの子ってわけ」
七海の懐で丸くなった黒猫を撫でながら藍が言う。
例の肝試し事件から1週間後の土曜日。今日は結乃、凛、みずき、七海、藍の5人が一堂に会し、片山家で1泊する日。お泊り会は藍と知り合った去年の8月以降、2週間に1回のペースで実施している。今は片山家2階の遊び部屋に集まって、お菓子をつまみながら団らんしている。
「今はそのいたずらっ子の面影は全くないけどな」
「ね。レオがこの家に来てからいたずらしてるの見たことないもん」
「いつも隆くんにくっついてるもんね。今日は七海ちゃんだけど」
俺の言葉に結乃とみずきが付け加える。
片山家で保護することになったこのオスの黒猫は、女子たちによって「レオ」と名付けられた。もし1ヶ月以上経っても飼い主が現れなければ、正式にうちの子になる予定だ。
教室内で運動会をしていたとは思えないほど、片山家に来てからのレオはおとなしかった。基本的に俺にべったりだが、俺がいる場ではこうして俺以外の人に甘えることもある。今日は七海が来てからは七海にべったりだ。
「人見知りしないのか?」
「基本しないけど、触らせてくれるかは人に依るな」
「ぷぷ、そう言えば京平なんて威嚇されてたもんね!」
炭酸ジュースを飲みながら藍の質問に答えると、みずきが思い出し笑いしながら言う。
肝試し事件があった日の週末。事件の当事者とその親御さんたちが改めてお礼、または謝罪のために片山家へ訪れた。その際、ほとんどの当事者たちに対してレオは友好的だったが、紗奈と京平は例外だった。紗奈には逃げるだけだったが、京平に対してはそれにプラスして威嚇までかました。
「京平って、肝試しを発案した?」
「そう。3年生のときに、七海ちゃんも会ったことあるんだ。ね?七海ちゃん」
「……」
みずきの問いかけに、七海は視線を落としたまま答えない。その手の中で、レオが喉を鳴らしながら安心しきった顔をしているのが妙に静かな空気に溶け込んでいる。
「七海ちゃん?」
「え?あ、ごめん。ちょっと考え事してた」
凛が話しかけると、七海がハッとしたように答える。
「考え事?」
「うん。開校記念式典のことを、ちょっとね」
結乃が繰り返すと七海が答える。
「開校記念式典?七海が通ってる学校のか?」
「うん。私の学校、今年でちょうど開校100周年なの。だからその式典を7月にするんだけど、そこで5年生と6年生が出し物をすることになって。昨日急に聞かされたからみんなもびっくりしてて」
いかにもありがちな流れだ。転生前、確か小6のときに河台小学校は開校130周年で、そのときは全校生徒がグラウンドに並んで地上絵を作ったが、それ以外で何かをやった記憶はない。おそらく100年、150年となると、それなりの規模の式典をどの学校でも開催するのだろう。
「出し物って、何をするの?」
「それはまだ決まってないの。でもクラスごとに何かをすることは決まってるみたい」
クラスごとってことはそこまで手のこんだことはできないな。
「ありがちなのは合奏か合唱か?」
「合唱だったら七海ちゃんピアノ弾けるね!」
「まだわからないけどね」
結乃の言葉に七海がレオを撫でながら答える。
「くあぁ〜」
「あはは!すげーあくび!」
目を瞑って七海に体を預けていたレオが特大のあくびをかまし、藍がそれを見て笑う。
「もう寝そうだな。七海、重かったら俺が預かるからな」
「うん、大丈夫。ありがとう隆ちゃん」
七海がレオを撫でながら微笑んで答える。その後、レオは女子たちのガールズトークを子守唄にそのまま寝入ってしまった。そして翌日みんなが帰るまで、レオはほぼずっと七海の傍についていた。
「ねえ、今度の開校記念式典でうちらのクラス、合唱するじゃん?」
「うん」
「合唱のピアノ伴奏、私がやろうと思うんだ」
「あ、いいじゃん!絶対そうしたほうがいいよ」
「でしょ?だって、あいつにやらせるとかあり得ないじゃん。だからさ、投票のとき、みんな私に入れるようにしない?」
「いいね!あいつに票が入ったらムカつくし」
「でしょ?女子全員にちゃんと伝えとくから、あんたも協力してよね」
「もちろん!あいつが伴奏してるとこなんか見たくないもん」
「だよね。これであいつの出番は完全にナシ」
「そうそう。開校記念式典なんだから、それに相応しい人選じゃないと」
「ふふ、じゃあ計画スタートね。これで伴奏はバッチリ!」
「ねえ、バレエって男の前でくるくる回るだけなんでしょ?」
「そうそう。それにあの衣装!タイツみたいなの着てさ、絶対自意識過剰だよ」
「もしかして、自分が美人だと思ってるのかな?」
「かもね。身の程知らずってやつだよ」
「ほんとそれ!私は美人だろうとそうでなかろうとバレエなんて絶対しないけど」
「ふふ、今日はなかなか面白かったわね」
「ほんと、あいつ、めちゃくちゃ慌ててたよね」
「声なんか震えちゃってさ、笑っちゃった」
「うん。何とか話そうとしてたけど、誰も相手しないしね」
「まあ当然でしょ。誰があんなのと話すのよ」
「でも、あんなに必死な顔するとは思わなかった」
「でしょ?あの調子なら、これを続けてればもっと面白いことになりそう」
「今日のテスト、あいつ絶対点数落とすわよ」
「何で?」
「これ」
「!もしかしてあいつの?」
「そうよ。これで間違いに気づいても手も足も出ないわ」
「うわ、わる〜!」
「そう?筆箱ごと隠すよりはよっぽど良心的じゃない?」
「確かに!」
「大体あいつは勉強できすぎるから、これくらいのハンデが丁度いいのよ」
「言えてる!」
「ね?私はみんなに優しいの。勘違いちゃんにはそれに気づくきっかけを与えてるし、みんなが平等になるように常に気を配っているのよ」
「さっすが〜」
「ふふ。いつもはテストが楽しみなんて絶対思わないけど、今日は特別ね。あいつの頑張り、じっくり堪能させてもらうわよ?」
6月初旬の土曜日。前回のお泊り会から2週間が経ち、再び迎えたお泊り会の日。俺たちはいつものように緑山駅で七海を迎えるために集まっていた。ただし、この日のメンバーにはいつもと少し違っている。
「レオ、まるで七海が来るのわかってるみたいだな」
藍が俺の肩の上を見ながら言う。今日はレオも七海の迎えに来ていた。前回は留守番していたが、今回は迎えの時間になっても俺から離れず、そのまま駅までついてきたのだ。
「本当にね。駅に近づくと鳴き始めてずっと落ち着かなかったもんね」
みずきがレオを撫でながら答える。レオは駅の改札口をじっと見つめたまま、微動だにしない。
「七海ちゃん、もうすぐだよね。電車、遅れてないといいけど」
「あ、来たよ!」
凛が駅の時計を確認しながら言うと、結乃が指差す方向から電車がやって来た。そしてその電車が駅に停車してからほどなくして、改札口から七海が姿を現した。
「七海ちゃん!」
結乃が先に声を上げ、みんなが笑顔で手を振る。しかし、七海は小さく手を挙げただけで、どこか元気がない様子だった。
「……七海、なんか疲れてないか?」
俺が近づいて声をかける。すると、それまでじっとしていたレオが突然動いた。
「あっ!」
七海が驚きの声を上げる間もなく、レオは俺の肩から七海の肩へと軽やかに飛び移った。
「レオ、どうしたの?」
七海が戸惑いながらレオを見つめると、レオは彼女の頬に顔を寄せて優しく舐め始めた。
「レオ……」
七海は驚きつつも、その行動に少しだけ微笑んだ。
「レオね、七海ちゃんが来るまでずっと待ってたんだよ?」
「そうだったの。ありがとう、レオ」
結乃がレオを見ながら言うと、七海はお礼を言いながら肩越しにレオの頭を撫でた。
片山家に着いてからも、七海の様子は変わらなかった。普段ならみんなと一緒にお菓子をつまみながら笑顔でおしゃべりを楽しむ七海だったが、この日はどこか物静かで、みんなの会話にも積極的には加わろうとしない。
そんな七海の隣で、レオは座ったまま微動だにしなかった。時折、七海の膝に前足を乗せて甘えるような仕草を見せる。
「七海ちゃん、何かあったの?」
結乃が心配そうに尋ねるが、七海は小さく首を振っただけだった。
「……本当に何でもないの。ただ、少し疲れてるだけだから」
ぎこちない笑顔で返答する七海だったが、どうしても俺には無理をしているように見えた。七海の隣で丸くなったレオが、じっと彼女を見守るように、静かに寄り添っていた。
夜が更け、いつもなら女子たちは寝静まっている頃。俺は机のパソコンに向かいながら耳を澄ます。やがて、控えめなノック音がドアを叩いた。
「……入っていい?」
ドアの向こうから七海の小さな声が聞こえた。昼間の七海の様子がどうしても気になった俺は、七海と2人で話すべく、事前に「話したいことがあるから、夜になってみんなが寝たら俺の部屋に来てくれ」と伝えていたのだ。
「ああ、いいぞ」
返事をすると、ドアが少しだけ開き、七海がそっと部屋に入ってきた。そしてその後からレオも入ってきた。いつもは俺の部屋で寝るレオだが、今日は七海に寄り添って遊び部屋でずっと過ごしていた。
「そこに座って」
俺が机の後ろにある俺のベッドを指差すと、七海は素直に腰を下ろした。
「にゃあ」
「レオ……」
すかさずレオが七海の膝の上に乗り、そのまま丸くなる。七海はそのまま自然に丸くなったレオの背中を撫でる。
「……最近わかったんだ」
「え?」
俺の言葉に七海が反応する。
「レオが寄り添う相手の条件。レオは基本的に人見知りはしないけど、誰と寄り添って一緒に過ごすかは、最初はよくわからなかった。結乃たちが遊びに来たときも、ある日は凛と一緒だったり、ある日はみずきと一緒だったり、そもそも結乃たちじゃなくて母さんにべったりだったりな」
俺の話を七海は黙って聞いている。
「何か共通点はないかって、よくよく考えてみたんだ。そして気づいた。凛にくっついていた日は、凛が大切にしていた髪留めを失くして悲しんでいたこと。みずきにくっついていた日は、みずきがその前日に剣道の稽古で実さんに叱られて落ち込んでいたこと。母さんにくっついていた日は、母さんが不注意で足をケガしていたことをな」
「それって……」
七海が顔を上げて呟く。
「ああ。レオは負の感情に敏感なんだ。誰かが悲しんだり落ち込んだりしていると、それを自分で察知して寄り添って慰める。レオが来て1ヶ月近くになってようやく気付いた」
まあ逆に1ヶ月くらい観察しないと、この法則には誰も気づけないだろう。だがおかげで、七海が2週間前から何かに苦しんでいることも判明した。さて、前置きはここまで。本題はここからだ。
「七海、単刀直入に訊くぞ。最近何かあっただろ?」
俺が問いかけると、七海は一瞬顔を上げたものの、また視線を落とした。
「本当に……何でもないの。ただ、ちょっと疲れてるだけ」
そう言って七海は笑おうとするが、その表情に力はない。
「それに、思い違いかもしれないし……」
「思い違い?」
彼女がぽつりと漏らした言葉に、俺は眉をひそめた。同時に七海の顔がわずかに強張る。自分でも余計なことを言ったと気づいたようだった。
「……何でもないの。本当に何でもないの」
七海はかぶりを振り続けたが、俺は引き下がらなかった。
「七海、思い違いでもそうでなくても、七海が何かで苦しんでいることはわかってる。俺だけじゃない。結乃たちだって気づいてるはずだ。だてに俺たちはずっと一緒にいたわけじゃない。みんなが互いに一緒にいたいと思っているから、こうして今も一緒にいるんだ。一緒にいたいと思っている相手が苦しんでいるのに、黙って見過ごせるわけがないだろう」
七海は俺の言葉を、目線を下に向けて黙ったまま聞いている。
「……もしかして苦しんでいる原因は俺たちなのか?」
「!?それは違うよ!」
俺の質問に七海は即答する。
「じゃあ、俺たち以外に原因があるんだな?」
俺の言葉に、七海はまたしても自らの失言に気づいて顔を俯ける。
「七海、どうしても言いたくないなら、俺ももう無理には訊かない。口に出したくないほど苦しいこともあるからな。けど俺は七海を介さずとも、七海を苦しめている原因を徹底的に調べる。で、七海に影響が出ないようにその原因を容赦なく排除する。もし俺たち以外の誰かが原因なら、大事な七海を苦しめるやつを俺は許さない。絶対にな」
「隆くん……」
七海は俺が話しかける度に少しずつ顔を上げて俺を見る。その目には涙が溜まっていた。
「結乃たちだって、七海を助けたいと思ってるはずだ。なあ?そうだろ?」
「え?」
俺が部屋のドアに向かってそう言うと、遠慮がちにドアが開く。そこには結乃、凛、みずき、藍が申し訳なさそうな顔をしながら立っていた。
「やっぱり気づかれてたかぁ」
結乃が苦笑しながら言う。
「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、話が聞こえてきちゃって……」
凛が申し訳なさそうに小さな声で続けた。4人はそのまま俺の部屋に入り、七海と一緒にベッドに座る。
「七海ちゃん、悩みがあるなら言って?私、剣道と弓道のことで悩んでたとき、みんなに話を聞いてもらって本当に嬉しかったの。今度は私が七海ちゃんの力になりたい」
「私もさ、初めて会ったときからずっと、夏休みの宿題だったり部屋の片付けだったり、色々助けてもらってばかりで、いつか絶対恩返ししたいって思ってたんだ。私にできることなら何でもするから」
「みんな……ぐすっ……」
両隣に座ったみずきと藍の言葉に、七海は堰を切ったようにぽろぽろと涙を流し始める。
「……ありがとう……実は……」
震える声で、七海はようやく話し始めた。そしてその後、レオの勘が間違っていなかったことが判明する。




