4-8.掃除⇒宿題⇒片付け①
8月中旬のとある平日の午後。俺たちは辻中で唯一のコンビニに集まっていた。照りつける日差しがコンビニの駐車場を照らし、アスファルトからは熱気が立ち込めている。しかしその熱気をものともせず、結乃、凛、みずき、七海の4人は外に出て駐車場の入口付近に集まっている。そして俺は、その後ろで4人を見守っている。
「藍ちゃん、まだかなー?」
「隆ちゃん、今何時?」
結乃がそわそわしながら、ほとんど車が通らない道路の向こう側をじっと窺う。その横にいる七海が、後ろを振り返って俺に訊ねる。
「9時50分。まだ待ち合わせ時間まで10分あるから、車の中に入ってた方がいいぞ。熱中症になっちまう」
「あと10分でしょう?だったら大丈夫!」
俺たちがここへ来た目的は藍との待ち合わせのため。俺たちは20分前にコンビニに到着し、中でお菓子やジュースを調達した後に、こうして藍を待ち続けている。
全員が帽子を被っているとはいえ、真夏の太陽の真下に長時間いるのは避けたい。俺自身は神様チートのおかげで暑さは全く問題ないが、結乃たちはそういかない。
「あ!あれじゃない!?」
みずきが道路の向こうを指差しながら言う。その先から、前に見たのと同じ、グレーのステーションワゴンがこちらに向かって走ってくる。
「お、あれだな」
ナンバープレートを視認できるようになったところで俺は確信する。ステーションワゴンが駐車場に入り、その窓から手を振る藍の姿を認めつつ、俺は長く待つ必要がなくなったことに安堵した。
例のキャンプから2週間後、幸いにも捻挫はほぼ完治し、俺は普通に歩けるまで回復した。そして捻挫の回復具合を加味した上で、俺たちは藍を改めて片山家に招待した。藍の家にはパソコンがあり、メールアドレスを持っていたため、キャンプ当日に連絡先を交換しておいた。おかげで、片山家への訪問の日取りもスムーズに決まった。
当日、藍は家族と一緒に片山家へやって来た。巧さんだけでなく、おばあさんの君代さん、父の剛さんも揃っての来訪だった。キャンプの日に君代さんと剛さんには会えなかったため、この日が初の顔合わせとなった。石川家は来訪に際してたくさんのお土産を持参していた。親父たちは最初こそ受け取りを固辞したものの、お詫びとお礼と治療費代わりということで最終的には受け取った。
その後、藍だけが片山家に残り、結乃たちとともに片山家に1泊した。最初は慣れない様子だったが、最終的にはみんなともすっかり打ち解けた。そして今日はその日以来の再会となる。
「藍ちゃーん!」
ステーションワゴンが駐車スペースに停まると、結乃たちがすぐにそこへ駆けつける。藍もすぐにステーションワゴンから降りて、4人との再会に嬉しそうに笑顔を見せている。
ステーションワゴンの運転席からは剛さんが降り、その直後に俺らが乗っていたミニバンの運転席からお袋が、その隣に停まっていたSUVから森平のじいちゃんとばあちゃんが降りてくる。剛さんがすぐに3人のもとへ小走りで向かう。
「おはようございます。本日はありがとうございます。藍も誘っていただいて」
「いやいや、人数が多い方が賑やかで楽しいもんさ。それに、藍ちゃんにも色々手伝ってもらうからね。ありがたいのはこっちだよ」
「いえいえ!存分にこき使ってやってください。家にいても遊んでばかりですので」
剛さんとじいちゃんの会話を小耳に挟みつつ、俺は藍たちのもとへ近づく。
「隆!」
藍が俺に気づくとこちらに向かって腕を振る。その手には1冊の本が握られていた。藍と初対面したときに話題に上がった、あの数学の本だ。俺の家に来た際、藍に貸し出していた。
「本ありがとう!」
「読みこなせたか?」
藍から本を受け取りながら質問する。
「時間かかったけど、どうにかな」
「そうか。頑張ったな」
俺の言葉に藍は「えへへ///」と照れ笑いする。藍なら多分読み切るとは思っていたが、夏休み中に終えるあたりはさすがだ。
「みんなー!出発するわよー!」
「「はーい!」」
ばあちゃんの呼びかけを合図に、結乃たちがミニバンに乗り込む。
「じゃあお父さん行くからな。藍、みなさんに迷惑かけないようにするんだぞ」
「わかってるってば!」
剛さんの言葉に藍はぶっきらぼうに答える。剛さんは続けてじいちゃん、ばあちゃん、お袋に藍のことを頼んだ後、先にコンビニを出ていった。
「じゃあ藍ちゃんは私の車に乗ってね。隆ちゃんはおじいちゃんの車ね」
「はい!お願いします!」
「はいよ」
藍がお袋に返事すると、お袋とともに結乃たちが待つミニバンに乗り込む。俺もじいちゃん、ばあちゃんと一緒にSUV乗り込むと、車内に漂う心地よい冷気が出迎えてくれた。
もちろん、俺たちは何の目的もなくコンビニに集まったわけじゃない。集まった目的は、藍と合流した上で本来の目的地に向かうためだ。ほどなくして、じいちゃんが運転するSUVを先頭に、俺たちは本来の目的地へ出発した。
「わあ!おっきい!」
車から降りて早々、結乃が目の前の光景に嘆息する。
俺たちの目の前には、長い軒先が特徴的な木造平屋の日本家屋が静かに佇んでいた。軒先の下に連なる雨戸はしっかりと閉ざされ、中に人の気配は全く感じない。しかし決して放置されている雰囲気はなく、窓や玄関の引き戸、庭など目に見える部分はきれいに手入れされている。
「どうだ、みずき?ここが例の築100年の家だ」
「なんか、思ってたのと全然違うけど、すごい……」
みずきは目の前の光景に圧倒された様子で呟く。
ここは辻中に建つ、ばあちゃんの生家。みずきの家を初めて訪れたときに話題に上がった、築100年を超えるあの家だ。俺たち家族の間では「辻中の家」と呼んでいる。
ばあちゃんは5人兄妹の末っ子で、かつてはばあちゃんが兄姉と両親、俺のひいじいちゃん、ひいばあちゃんと共に暮らした家だった。最終的にはばあちゃんの兄夫婦だけが残ったが、既に2人とも鬼籍に入っており、今は誰も住んでいない。3人の姉は今も存命だが全員県外に嫁いだため、今はばあちゃんがこの家を管理している。空き家ではあるが、定期的な手入れのためにインフラは今も活きており、電話も使える。
「さあて、まずはお掃除しないとね。みんな頼んだわよ?」
「「はーい!」」
ばあちゃんの号令にみんなが元気よく返事する。
今日は月1で実施している、辻中の家のお手入れの日。普段はじいちゃんとばあちゃんの2人がやっているが、今回は俺がみんなを誘ったのだ。だが、俺がみんなを誘った目的は掃除のためだけではない。
「勉強部屋は、居間の隣の客間でいいかしら?」
「そうだな」
お袋の提案に俺は家の間取りを思い浮かべながら頷く。確かにあそこなら大きな机もあるからちょうどいい。
この家にみんなを呼んだもう1つの目的は、夏休みの宿題を片付けるためだ。夏休みも終盤に差し掛かってきたが、俺と結乃を除く全員がまだ宿題を残していた。特にみずきと七海はそれぞれ剣道と弓道、バレエとピアノに時間を持っていかれ、半分以上が手つかずの状態だ。そこで、数日時間を確保してまとめて一気に片付けるために、この辻中の家での合宿を企画したのだ。
「早く掃除が終われば、その分宿題を早く始められるからね。さあ、入ってちょうだい」
「「おじゃましまーす!」」
ばあちゃんが玄関の鍵を解錠して引き戸を開けると、結乃たちが連れ立って中に入っていった。
中に入って各自の荷物を置くと、俺たちは早速掃除に取り掛かかり始めた。いつも掃除しているのは3分の1程度の領域だが、人手がいること、数日間そこそこの人数が生活することから、今回は家の大部分を手入れする。
まず各部屋の棚や箪笥などの大型家具の上を掃除し、徐々に下に降りていく。最後にシンクや浴槽、便器などの水回りに手をつける。なるべく楽にするため、掃除道具は洗剤や掃除機、フローリングワイパー、ハンディタイプのシートクリーナー、粘着クリーナーなどを惜しみなく活用する。
「学校の掃除でも掃除機とか使えればいいのになあ」
「な!いまだにほうきと雑巾だもんな」
結乃が客間の箪笥の上を掃除しながら放ったつぶやきに、藍がすかさず反応する。
「隆ちゃん、なんでか知ってる?」
「う~ん……わからん」
「え!?隆くんもわからないんだ」
七海の質問に俺は短く答えると、結乃が目を見張って驚きながら言う。
「俺だってわからないことはあるさ。まあほうきと雑巾に拘る何かしらの理由はあるんだろうけどな」
俺はそう言って再び掃除に戻る。結乃たちはどこか納得していない様子だったが、仕方がなくまた手を動かし始める。
口ではああ言ったが、実際はほうきと雑巾を使った掃除の理由について、大まかな見当はついている。だが俺の憶測でしかないし、それを話したところでみんなのためになるわけではないから、あえて何も言わないようにした。できれば直接の関係者に実際のところを訊いてみたいが、藪蛇をつつくだけな気がするし、何も詮索しないのが最適解なのだろう。
大型家具の掃除が終了し、今度は床および水回りの掃除に移る。客間に掃除機をかけていると、結乃、みずき、七海、藍の4人がフローリングワイパーを持って縁側の端に集まった。
「行くよー。せーの!」
シャーーー。
「いい感じいい感じ!」
結乃の掛け声を合図に、4人が縁側の端から端まで一斉にフローリングワイパーをかける。1人だと何往復も必要な縁側の掃除も4人でかかればなんてことはない。
「凛ちゃんすごいわね!シンクがピカピカ!」
その後ろから聞こえてきたのはばあちゃんの声。振り返ると、台所のシンクの前で凛、ばあちゃんが並んで立っている。どうやら、シンクにこびりついた水垢汚れを凛がきれいに落としたようだ。
「ありがとうございます///」
凛は顔を赤らめて照れながらもお礼を言う。その顔から、うまくきれいにできたことへの安堵感が見て取れる。
ここのところ、凛は料理だけでなく、掃除や洗濯などの家事全般に興味を持ち始めていた。そこで俺が家事のコツが豊富に載っている本を紹介したころ、これが見事にハマった。凛はその本にすっかり夢中になり、料理以外の家事スキルもぐんぐん伸ばしていったのだ。
「凛ちゃん、もう家事のプロね!いいお嫁さんになれるわよ!」
その言葉に、凛の顔がさらに赤く染まる。
「そ、そんな……まだまだです!///」
うつむきながらも、凛はどこか嬉しそうな様子だった。その後も、ばあちゃんは凛が手柄を上げる度に褒め続けた。凛は終始恐縮していたが、恥ずかしがりやな凛が自分に自信を持てるきっかけになってほしい。
「さあみんな!これからが本番だよ!」
午後3時前に掃除を終え、休息兼おやつを終えた俺たちは、客間に集合していた。音頭を取る結乃の顔を、他の女子たちが真剣に見つめている。
「よし、じゃあまずは終わっていない宿題を全部広げて見せてくれ」
俺の指示で結乃以外の4人が各々の宿題を机の上に広げる。
「凛はドリルが数ページだけ。みずきはドリルが半分、それに読書感想文と工作。七海もドリルが半分で、交通安全ポスターと工作。藍はポスターと工作か」
各々の進捗状況を確認し、頭の中でスケジュールを練る。こういったことも神様チートのおかげで簡単にできるようになったので非常に便利だ。
練ったスケジュールは下記の通りだ。
〇第1段階
・初日午後~2日目午前
・凛、みずき、七海:ドリル(サポート:俺)
・藍:工作(サポート:結乃)
〇第2段階
・2日目午後
・みずき:読書感想文(サポート:俺)
・七海、藍:交通安全ポスター(サポート:結乃、凛)
〇第3段階
・3日目午前~3日目午後
・みずき、七海:工作(サポート:俺、結乃、凛、藍)
帰宅するのは4日目であるため、最終日には持ち越さないようにした。早ければ3日目の午後の途中で終わるだろう。凛は残りわずかであるため、終了した時点でサポート側に回るよう要請した。
「なるべく早く全部片づけて、少しでも一緒に遊ぶ時間を増やそう!頑張るぞっ!」
「「おおーー!」」
結乃が右手の拳を突き上げると、他のみんなも呼応して鬨の声を上げる。結乃の言う「本番」、宿題合宿の開始だ。
「隆ちゃん、ここ教えてくれる?」
七海からヘルプを受け、ドリルの問題を確認する。次に七海が途中まで書いた解答を見て、どこで躓いているかを探る。
「この問題はちょっと複雑だから、2つにわけて考えた方がいい。こことここを別の問題と考えて解いてみ?」
「ええっと……あ、そういうこと!?」
俺のヒントをもとに閃いた七海が、一気に解答を書き上げる。その隣では、みずきが何度も消しゴムで自分の解答を消している。
「隆くん助けて~計算が全然合わない~」
最終的にギブアップ宣言を出したみずきのもとに行き、問題とみずきの解答を確認する。
「みずき、ここをよく読んでごらん?」
「え?……あれ!?単位が違う!?」
みずきが自分のミスに気づき、再計算すると「やっと解けたー!」と両腕を上に伸ばした。
一方、結乃は縁側で藍の工作を手伝っていた。
「ここを固定しておきたいけど、接着剤が乾くまで時間かかるなあ……」
「それならここに切れ込みを入れておくといいよ。こうすれば接着剤が乾いていなくてもずれないから」
「そうか!そういう手があったか!」
結乃のサポートを受けて、藍の方もどうやら順調そうだ。
2日目の午前中の途中には、合宿は第2段階に移った。俺はみずきの読書感想文を見ながら、彼女にアドバイスを送る。
「この本で一番印象的だった場面はどこだ?」
「主人公が友達を助けるシーン! すごく感動した!」
「じゃあ、その気持ちをもう少し具体的に書いてみな」
みずきが本の内容を思い出しつつ、すぐに鉛筆を動かし始める。
一方、結乃は七海と藍の交通安全ポスターを見ていた。
「2人とも、何かヒヤッとした経験、思い出せる?そのときのことを絵にするといいよ」
「前に横断歩道を歩いてたら、車が急に近づいてきたことがある!」
「私は自転車で坂を下ってたら、急に飛び出してきた車にぶつかりそうになった!」
藍も自分の経験を話し、2人でポスターの構図を練り上げていった。
凛はどうしているかというと、今はばあちゃんたちと一緒に裏庭の物置にいる。宿題が早く片付いた凛に、ばあちゃんが物置の掃除と整理の手伝いを要請したのだ。予定よりも前倒しで合宿が進んでいたこともあり、俺は凛が良ければと了承した。ばあちゃんは完全に凛を重要な戦力と見ており、凛もばあちゃんに頼られて嬉しそうだった。
みんなの頑張りもあり、2日目の夕食後には最後の第3段階に入った。残りはみずきと七海の工作だけだったが、2人ともかなりの集中力を発揮し、周囲のサポートもあってみるみる作品を仕上げていった。
そしてその翌日、3日目のお昼前には2人は工作を終わらせ、全員の宿題の完遂に成功した。




