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強くてニューゲームはハーレムを確約する  作者: 岩瀬隆泰
第4章 小学4年
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4-4.金井家、それぞれの想い④

「うん!いい感じ♪」


 弓道着に着替えた静枝さんが、道場の壁に据え付けられた鏡で自分の姿を確認しながら頷く。

 3時の休憩を終えた俺たちは道場内に戻り、静枝さんが着替えている間は実さんと千代子さんが試合の準備を進めていた。みずきは終始そわそわしていたが、緊張よりも期待の方が勝っているように見えた。


「じゃあ早速始めましょうか」

「はい!」


 みずきの返事に静枝さんが笑顔で頷くと、射場の方へ歩を進める。その後ろをみずき、さらにその後ろから俺たちも続く。


「ルールはさっき話した通りよ。立射一手をみずきちゃんが2回、私が1回。大前がみずきちゃんで、落が私。ただし片方が射法八節を終えたところで、もう片方が始めること。みずきちゃんは近的で、私は遠的ね。勝敗は得点制で決めるけど、もし同点だったら的中制で決めるわね」

「はい!」


 射場に到着すると、静枝さんが試合のルールを確認する。


「えっとお、つまりどういうこと?」


 隣にいる結乃が首を捻りながら俺に問いかける。凛と七海も頭に疑問符を浮かべながら俺の方を見る。


「片方が2本の矢を射終えたら、もう片方に交代する。順番はみずきが先で、後が静枝さん。みずきは左側の近い的で、2回、つまり4本の矢を使える。ただし静枝さんはハンデとして、右側の遠い方の的で、1回分、2本の矢しか使えない。得点が多い方が勝ちで、同点だったら的に当てた本数が多い方が勝ちだな」


 3人にルールをかみ砕いて説明する。今回は遠的にも近的用の小さい的を使うため、実質これもハンデになる。


「じゃあみずきちゃんの準備ができたら、初めて頂戴」

「はい!」


 みずきは返事をすると、弓立てから自分の弓を、矢立箱から矢を2本取り出し、本座まで移動する。そして一呼吸置いて的に向かってお辞儀、揖をして射位まで移動し、立射の動作に入る。


「体配もしっかりできているな」

「ええ」


 辰之介さんが感心しながら呟くと、隣にいる静枝さんが短く返事をする。リラックスしている2人とは対照的に、実さんと千代子さんは緊張の面持ちでみずきを見守る。

 

 グッ。


 胸を開きながら弓を引き、引き切ったところで狙いを定める。心なしか、みずきはいつもより目を見開いているように見える。


 ヒュン!ボスッ。


 先ほどと同様に、放った矢は盛り土に刺さる。しかしその位置は、先ほどより的に近づいている。

 みずきはそのまま射法に則って2本目の矢を番え、再び弓を引く。


 ヒュン!カラン、カラン……


 一瞬の気の迷いがあったか、放った矢は的に辿り着く前に中庭に落ち、乾いた音を立てながら地面を這う。しかし、みずきは集中力を切らさず、放った矢を見つめながら所作を続ける。


 パチパチパチ。

「うん、OKよ!お疲れ様」


 みずきが両足を揃えたところで、静枝さんが拍手をしながら立ち上がり、声を掛ける。


「体配も立射も正しくできてるわ。普段からちゃんと稽古している証拠ね」

「ありがとうございます」


 静枝さんに褒められ、みずきは安堵した表情でお礼を言う。


「次は私の番ね。見えづらかったら正面に回ってきてもいいからね」


 みずきは自分の弓を弓立てに置くと、静枝さんのお言葉に甘えて静枝さんの正面が見える位置に移動する。俺も興味があったので続いて移動すると、凛たち3人も一緒についてきた。


「じゃあ始めるわね」


 俺たちが着座したのを確認すると、静枝さんは本座に立って的に向かい、その場で目を閉じる。


 フッ……


 ん?空気が変わったな。

 みずき始め、他のみんなも感じ取ったようだ。だが、いわゆる強者が放つような威圧的な空気とは違う。張り詰めてはいるものの、どこか身を委ねたくなるような安心感を覚える。まるで無人の神社の境内にいるような感覚だ。


 スッ……


 その雰囲気の一部のような佇まいで、静枝さんは所作を流れるようにこなしていく。素人目から見ても、一切無駄がない洗練された動きであることがわかる。


 ヒュン!ボスッ。


 1本目の矢はみずきと同様、盛り土に刺さる。しかし、刺さっているのは的から右に数センチの位置。遠的用の的であれば的中している位置だ。


 スッ……


 静枝さんが2本目の矢の立射に入る。無意識だろうが、みずきは上体を前のめりにして静枝さんの所作に見入っている

 

 ヒュン!パシッ!

「!」


 紙が弾けるような音ともに、矢が的を貫く。遠くて正確な位置はわからないが、中心と端の中間くらいの位置に刺さっているようだ。


「うーん、ちょっと惜しかったわねえ」


 所作を終えて開口一番に、静枝さんが首を捻りながら呟く。


「じゃあもう一度みずきちゃんの番ね」

「はい!」


 静枝さんに促され、みずきは再び弓と矢を取りに向かう。返事の声色と表情は先ほどと少し違う。緊張感に加え、高揚感、あるいは焦燥感から来るようなうずきが感じられる。静枝さんの所作を見て、何か掴んだか?


 スッ……


 射位まで移動したみずきが立射の動作に入る。先ほどより動きがスムーズになっており、明らかに静枝さんを意識していることがわかる。


 グッ。


 再び弓を引くみずき。しかし最初とは異なり、目の開き方が自然体に近くなったように思える。

 

 ヒュン!ボスッ。


 放った矢は、的のすぐ横の盛り土に刺さる。まるで静枝さんの1本目の再現だ。


 スッ……

 

 次の2本目で勝敗は決する。しかし、今のみずきには勝敗への気負いは全く感じられない。自分が掴んだ感覚を確かめるように、ただ自分の立射に集中しているようだ。


 ヒュン!パシッ!

「!」


 2本目の矢は、みずきの集中力に応えるように的を貫いた。しかも、位置は間違いなく静枝さんの2本目より中心寄り。みずきの勝ちだ。


「みずきちゃん!」


 みずきが所作を終えるとすぐに凛が、それに続いて結乃と七海がみずきのもとに駆け寄る。


「すごいよみずきちゃん!ほぼ真ん中!」

「動きも今までで一番きれいだったよ!」


 結乃と七海が興奮しながら褒めるが、みずきはまだ信じられないのか3人に囲まれながらあたふたしている。


「うんうん。最初より格段に所作がよくなったわね」

「平野先生……!」


 静枝さんがみずきに声を掛けると、みずきが静枝さんのもとへ向かう。


「今の所作をモノにすれば、もっと質の良い立射ができるはずよ。さっきの感覚、忘れないようにね」

「はい!ありがとうございます!」


 みずきがお礼を言うと、静枝さんはうんうんと噛み締めるように頷く。


「よし、次は俺の番だな」


 声がした方を向くと、辰之介さんが立ち上がってニヤリと笑っていた。




「この竹刀握るのは将吾に稽古つけたとき以来だな。何年ぶりだ?」


 面をつけた辰之介さんが、子ども用の短い竹刀を握りながら言う。


「将吾さんが小さかった頃というと10年ぐらい前?」

「将吾が今15で、小学校入る前に剣道を始めたから、確かにそれぐらいだな」


 俺の質問に、辰之介さんが顔を上に向けて思い出しながら答える。

 将吾さんは辰之介さんのお孫さんの1人で、今年中学3年になる。他に美穂ちゃん含め3人のお孫さんがいるが、剣道を習っているのは将吾さんだけだ。

 そこへ弓道着から剣道着に着替えたみずきがやって来た。


「準備終わりました」

「よし、じゃあ始めるか」


 辰之介さんが試合場へ向かうと、みずきもついて行く。試合場では既に実さんが審判旗を持って待っている。

 辰之介さんが指定したルールはこうだ。試合時間は無制限。みずきは辰之介さん相手に一本取れば勝利。対して辰之介さんはみずき相手に五本取れば勝利。だが、みずきに対する有効打は面のみで、竹刀は子ども向けの短いものを使用する。さらに、辰之介さんは試合開始時の位置から一歩も移動できない。ただし、正面を取るためにその場で回転することは可とする。

 

 スッ……


 2人が試合場の境界線に立つと、提げ刀して立ち礼の位置まで進む。そして互いに礼をし、帯刀して開始線まで進み、竹刀を抜き合わせつつ蹲踞する。いずれの動作も、みずきが普段の稽古や試合で繰り返してきたものと同じだが、今日はどこかぎこちなく見える。


「……」


 みずきの竹刀が、辰之介さんのそれよりも明らかに震えているのが見て取れる。辰之介さんの威圧感に対する緊張が半分、強者との試合への渇望から来る武者震いが半分、といったところか。


「始め!」


 実さんの号令を合図に、みずきの辰之介さんへの挑戦が幕を開けた。




 みずきは深く息を吸い込み、目の前の辰之介に集中した。静寂に包まれた道場内で、自身の心臓の鼓動が耳に響く。

 

(絶対に一本取る!)

 

 決意を胸に竹刀を握り直す。目の前の辰之介はほとんど動かず、短い竹刀をゆるく握っているように見える。だが、その自然体な佇まいが逆にみずきの足を重くする。


 スッ……

 

 みずきが一歩踏み出した瞬間、視界が一気に狭まるように感じた。竹刀を構える辰之介からは、まるで神社の正殿を目の前にしたかのような荘厳さを感じる。距離は数歩しかないはずなのに、その空気が自分を近づけさせまいと押し返しているようだった。

 

(負けない……!)

 

 みずきは気持ちを奮い立たせ、次の一歩を踏み出す。竹刀を構えたその腕に力を込め、思い切り面を狙って振り下ろした。


 スパッ!パシッ!


 しかし次の瞬間、みずきの竹刀が払われ、辰之介の竹刀が彼女の面へ軽く触れた感触が伝わる。


「面あり!」


 有効打突を告げる実の声が響く。

 みずきは竹刀を下ろしながら顔を上げた。目の前には相変わらず動じることのない辰之介が立っている。一瞬の出来事だったが、攻撃を仕掛けた瞬間から面を取られるまでの全てが脳裏に鮮明に焼き付いていた。


(全部読まれてた……)


 竹刀を握る手に力がこもる。もう一度深呼吸して心を落ち着けると、みずきは再び姿勢を正し、じっと辰之介を見据えた。先ほどの攻撃で、自分のどの動きが読まれていたのかを必死に思い返す。体を前に動かした瞬間、わずかな癖さえも見透かされたに違いない。だが、それを恐れて止まるわけにはいかない。


(次こそ!)


 みずきは竹刀を握り直し、再び一歩踏み込む。今回はスピードを落とし、様子を探りながら間合いを詰めていく。


(もう少し、もう少し……!)


 みずきは後一歩踏み込めば面に届くところでストップする。辰之介も腕を伸ばせばみずきの面に届く位置だが、相変わらずみずきを見据えて竹刀を構えたまま全く動かない。


(もっと素早く、もっと鋭く……!)


 意識を集中させながら、再び全力で面を狙う。


 スパッ!パシッ!


 しかし、みずきの竹刀はまたしても軽く払われ、辰之介の竹刀が正確に面を捉える。


「面あり!」


 実の声が響く中、みずきは少し息を乱しながら竹刀を下ろした。2回目の失敗が、頭の中をざわつかせる。


(だめだ。真正面から向かって行っても意味がない。何か作戦を考えないと……)


 みずきは呼吸を整え、一旦間合いを取って辰之介を見据える。そして先ほどと同様に少しずつ間合いを詰めていき、後一歩踏み込めば面に届くところでストップする。


「……」


 みずきはすぐには打ち込まず、じっと辰之介を見据える。対する辰之介も、みずきと同様にみずきを見据えたまま動かない。そこでふと、ある考えがみずきの頭をよぎった。


(もしかして……私が動かなければ、藤堂先生も動かない?)


 みずきは敢えて先ほどよりも長くその場に留まる。動きを止めている間、相変わらず辰之介もまた一切の動きを見せない。しばしの膠着状態の後、みずきは先ほどと同様に、辰之介の面を狙って再び一歩踏み込んだ。


 スパッ!パシッ!


「面あり!」


 実の声が道場内に響き、みずきは肩で息をしながら竹刀を下ろした。


(やっぱりそうだ。私が動いたときだけ、藤堂先生は動いてる……)


 攻撃のたびに面を取られ続けて三本目。みずきはその間の全ての動きを頭の中で反芻し、確信を得た。辰之介は相手が攻めてきた瞬間に動き出し、逆にその動きを自分の攻撃に利用して反撃する。自分から仕掛けることは一切ない。


(まだ焦る時じゃない。まずは藤堂先生の動きをもっとしっかり見極めないと……)


 みずきは竹刀を軽く構え直し、静かに一歩を踏み出す。その動きはあえて単調なものにした。今までと同じように正面から間合いを詰め、面に打ち込みを仕掛ける。


 スパッ!パシッ!


 瞬間、辰之介の竹刀がみずきの竹刀を払い、面を捉える音が響く。みずきはその洗練された動きを短時間でくまなく観察し、これまで辰之介が見せた動きとともに頭に叩き込んだ。


「面あり!」


 実の声が道場に響き渡った。四本目を取られ、これでみずきももう後がなくなった。だが、みずき自身はいたって冷静だった。


(よし、行ける……!)


 みずきは姿勢を整え、静かに構え直す。その目には迷いが消え、確固たる決意だけが宿っていた。

 試合場に緊張感が漂う中、みずきはじりじりと間合いを詰める。今度は勢いに任せた攻めではなく、全てを計算し尽くした動きだ。辰之介を見据え、あえて焦らすような間合いを取る。


(焦っちゃだめ。慎重に……)


 次の瞬間、みずきは竹刀を振り下ろす。その打ち方は正確だが、その攻撃はあくまで辰之介の動きを引き出すための囮だ。


 スパッ!


 辰之介の竹刀が再び動き、みずきの竹刀を払う。その動作のわずかな癖が、みずきにははっきりと見て取れた。


(今だ!)


 竹刀が払われた瞬間、みずきは素早く動きを切り替える。勢いよく足を一歩踏み出し、体を低く構えて辰之介の懐に飛び込む。次の瞬間、みずきは竹刀を大きく振り抜いた。


 パアン!


 道場内にひときわ大きく乾いた音が響く。みずきの竹刀が辰之介の胴を捉えた瞬間だった。

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