1-1.転生のち再会
「……」
ふと気が付いて、白い天井と円形の照明が目に飛び込んできた。
「!」
ガバリという効果音そのまま、仰向けになっていた俺は上体を起こし、周りを見渡す。
「……実家の寝室だ」
そこは正に、実家の2階にある寝室だった。自分の部屋にベッドが来るまで、俺はこの寝室で家族と一緒に寝ていたのだ。
今度は自分の体を確かめる。血管が浮き出ていないこじんまりした手。すね毛が一切生えていない足。立ち上がって見上げれば、かなり高い位置にある天井。
「本当に体が小さくなってる……」
にわかには信じられないが、確かに過去に戻ったらしい。
「……いや、本当に過去なのか?」
体だけ小さくなって実家に送られただけじゃないか?
一瞬疑念がよぎるが、その疑念は次の瞬間には打ち砕かれることになる。
ガチャ。
「あ、隆ちゃん起きたの?」
「!?」
お袋だ。
お袋・明子が寝室のドアから顔を覗かせながら訊ねる。だがその顔つきは、最近見たものとはまるで違う。白髪は生えていないし、ほうれい線や小じわ、肌のくすみも無い。まさに若かりし頃のお袋だった。
「……うん。おはよう」
「おはよう。朝ごはんできてるから降りてらっしゃい」
上機嫌なお袋はそう言いながら階段へ向かう。
「……本当に過去に戻ってる……!」
小さくなった自分の体、若返ったお袋を見て確信した。
神様が本当に自分を過去に戻してくれた……!
俺は慌ててお袋の後を追って寝室を出た。階段を降り、台所を通過して食卓に向かう。
「おはよう、隆一」
声がした方へ目を向けると、若かりし日の親父・衛が食卓についていいて新聞を眺めていた。俺が親父の隣の定位置につくと、親父が俺の頭を撫でる。
「よく眠れたか?」
「うん」
「そうか」
すぐに親父は新聞に目を戻す。その親父の奥の壁に掛けられているカレンダーは、俺が生まれて7年後の4月のもの。
間違いない。小学1年の4月に戻ってる。
「はい」
お袋が食卓にチーズトースト、キウイ、ヨーグルト、牛乳ココアを並べる。
『いただきまーす』
俺たち3人は同時に朝食を食べ始めた。
「美味しい?」
「うん」
「そう。よかった」
嬉しそうな表情のお袋の顔を見ながら、俺は心の中ではまだ不思議な感覚に囚われていた。
「入学式は9時からで、隆ちゃんは8時半までに教室に入ってないといけないから8時には出たいわね」
「クラスはまだわからないんだっけか?」
「そう。玄関前にクラス分けを掲示するって案内に書いてある。知っている子が多いと安心なんだけど」
「なに、隆一なら大丈夫さ。すぐにクラスの人気者になれる」
親父が俺の頭を撫でながら言う。気持ちは嬉しいが、俺はみんなでワイワイよりも気の合う仲間数人と過ごす方が好きだから、クラスの人気者になるつもりはない。
そう。うまくいっていれば、俺の理想とする第二の人生を送れるはず……
チーズトーストを頬張りつつ、俺は神様に提出した「転生条件一覧」を思い浮かべるのだった。
午前8時過ぎ。俺とお袋は小学校の玄関前にいた。小学校の名前は「緑山町立河台小学校」。その名の通り、緑山町の河台地区に住む子どもたちが通う小学校だ。親父は席の確保のため、先に入学式会場の体育館へ向かった。
「隆ちゃんは……1組ね!」
小学校の玄関に貼られた組み分け表を見ながらお袋が言う。俺も一緒に組み分け表を確認する。
……よし、うまくいってるな。
顔には決して出さないが、心の中でほくそ笑む。早速、神様に感謝だ。
その後、お袋に連れられて1年生の教室に向かう。
あ~そうそう、こんな感じだったわ。懐かしい~
約20年ぶりの学び舎。教室の配置や校舎内の雰囲気は今も大体覚えているが、改めて見ると懐かしさがこみあげてくる。
「1組はここね。ええと、隆ちゃんの席は……ここね!あ!結乃ちゃんが近くにいるわね!」
お袋が教室の扉に貼られた座席表を指さしながら言う。
「窓に一番近い列の前から3つ目ね」
お袋が俺の手を引いて教室に入る。既に教室には何人かの同級生がお行儀よく席についている。
「『かたやま りゅういち』これね。じゃあ隆ちゃん、お母さん行くからここで先生を待っててね。先生の言うことをちゃんと聞いくのよ?」
お袋は俺が席に着くのを確認して教室の出口に向かう。
「あ、片山さん!」
示し合わせたかのように、教室出口でお袋が知り合いと遭遇。って、あれ?
「村中さん!おはようございます~近くの席ですね~!」
「ええびっくりしました~でも隆一くんがすぐ後ろにいてくれて安心です~」
やっぱりだ。
「隆一く~ん!」
俺の名前を呼びながら右手を大きくこちらに振る女の子。俺が手を振り返すと、パッと花が咲いたような笑顔でこちらに駆け寄ってきた。
「すぐ後ろの席だね!よろしくね!」
「うん。よろしく」
彼女が俺の斜め前の席に座ると同時、彼女の母親がこちらに向かってくる。
「おはよう、隆一くん。隆一くんが結乃の近くで嬉しいわ~結乃、隆一くんと仲良くね?」
「うん!」
「じゃあ、お母さんたちもう行くからね」
そう言うと、母親たちは連れ立って教室から出ていった。
「隆一くんのお洋服すごく似合ってる!かっこいいよ!」
「結乃のワンピースもかわいいよ。お嬢様みたいだ」
「えへへ~///」
お世辞でもなく実際にかわいらしかったのでそのまま言うと、彼女は照れながら顔を緩ませた。
彼女は村中結乃。幼稚園の頃からの幼馴染で、俺の初恋の相手でもある。
成績優秀で、小さい頃から新体操をやっており、運動神経も抜群。才女という言葉がぴったりな彼女だが、それ以上に俺が惹かれたのは彼女の人柄だった。
明るく真面目で、誰に対しても分け隔てなく優しく接していた。当時は嫌なことが大半だった俺は、彼女の優しさに何度となく救われた。
だがわかりやすくチキンだった俺は、結局彼女に想いを伝えられぬまま小学校・中学校を卒業。その後一切会うことが無かったため、俺にとっては実に10何年ぶりの再会となる。
「あ、あれ由伸くんだ!実穂ちゃんもいる!あの子の髪飾りかわいい!」
彼女がキャッキャしながら指差す先を追っていると、入口に見知った顔の女の子を2人発見した。
「あ、すご~い!みずきちゃん、凛の後ろの席だわ!」
「ほんと!みずき、良かったわね!」
「うん!」
それぞれの母親に連れられて教室に入ってきた2人の女の子。2人はそのまま俺や結乃と同じ列の席にやってきて、1人は俺の隣に、もう1人はその後ろの席に着いた。
「ねえねえ!2人のお名前教えて」
結乃が早速2人に話しかける。
「あ、あの、えっと……///」
結乃に突然話しかけられ、俺の隣の女の子がとっさに言葉が出ず赤面する。
そうそう、こんな感じで恥ずかしがり屋だったなぁ。
俺はその女の子の反応に懐かしさを感じざるを得なかった。
彼女は佐藤凛。小中と同じ学校に通い、小学校では6年間同じクラスで過ごした同級生。
大きな垂れ目と、茶が混じった黒のミディアムヘアが似合っていてとてもかわいらしい。容姿もさることながら、引っ込み思案で恥ずかしがり屋な性格も庇護欲をそそり、ついつい構いたくなるタイプの女の子だ。
しかし、当時の俺は結乃しか眼中に無かったこともあってその魅力に全く気づけず、後々すごく後悔した。まぁ気づいたところで、当時の俺だと結乃の二の舞になることは確実だっただろうが。
「この子は凛ちゃん!私はみずきよ!」
凛が返答に窮していると、その後ろの席に座った女の子が代わりに返答した。
彼女は金井みずき。彼女も凛と同じく、小中と同じ学校に通い、小学校では6年間同じクラスで過ごした。
つり目でショートカットであり、本人は自覚していなかったが凛とは違う方向の美人さんである。実家が剣道と弓道の道場を営んでおり、彼女もまたその両方を嗜む武道少女でもある。凛とは家が近所同士、保育園が同じと、典型的な幼馴染で仲が良い。
「凛ちゃんとみずきちゃんだね!私は結乃!凛ちゃんの隣にいるのは隆一くんだよ」
「よろしく」
「うん!よろしくー!」
みずきはすぐに挨拶を返してくれたが、凛はまだこちらに目を合わせずモジモジしている。
「無理しなくていい。緊張してるだろ。一緒に頑張ろう」
なるべく顔の位置を下げ、怖がらせないようにゆっくり優しく話しかける。
「!……うん、ありがとう……///」
穏やかな話しかけが功を奏したのか少し緊張感が解けたらしく、ようやくこちらに柔らかい笑顔を見せてくれた。
てか、やっぱかわいいな……
また彼女らと小学校生活を送れることを喜びつつ、俺らはしばし小学生トークを交わした。
式本番、その後のホームルームも滞りなく終え、今日は午前中で下校となった。
結乃が積極的にコミュニケーションを取ったことが功を奏し、凛とみずきとはすっかり打ち解け、ホームルーム終了後は一緒に校舎を後にした。
玄関では新1年生の保護者たちが我が子の帰りを待っていた。
「あ、みずき!凛ちゃんも」
「お母さん!」
みずきの母親がこちらに気づいて近寄ってくる。凛の母親も一緒だ。
「凛、大丈夫だった?」
「うん。みんな優しくて仲良くしてくれたよ」
母親も凛の性格を知ってか少し不安げな表情だったが、凛の返答を聞いて安堵の表情に変わった。
「新しいお友達もできたよ!隆一くんと結乃ちゃん!」
「こんにちは!」
「こんにちは」
みずきが結乃と俺を紹介してくれたので、2人で挨拶する。
「あ、凛ちゃんの隣と前に座ってた!」
「ほんと!お友達になってくれてありがとう。みずきちゃんと凛をよろしくね」
それぞれの母親がしゃがみこみ、視線を合わせて俺らに話しかける。
「はい」
「凛ちゃんもみずきちゃんもかわいくて大好きになっちゃった!」
結乃がそう言いながら2人を抱き寄せると、一瞬驚いた顔をしてから照れくさそうに微笑む。
「良かったわ。本当に良かった……」
凛の母親が頷きながら、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
転生前の入学式でも、凛の母親は同じ心境だったのだろうか。だとしたら、当時の彼女は今と同じくらい、入学式当日に安心できていただろうか。
当時の俺は凛と話を交わした記憶は無いし、いわんや彼女の母親においてをやで、実際のところはわからない。だが少なくとも今は、凛と一緒にいることで彼女の母親を安心させることができる。
…………こういう未来を心掛けないとな。
自分にとって都合の良い過去に転生してきた以上、独りよがりの人生を歩むほど落ちぶれるつもりはない。
自戒の念を込めつつ、俺は目の前の優しい空間を目を細めながら見つめるのだった。