0.プロローグ
「……なんだここ?」
目が覚めると、俺は広大な綿の上に仰向けで倒れていた。
「……」
下は見渡す限りの白綿。しかし、上は新月を連想させる黒。だが不思議なことに、綿の白はしっかり目で認識できている。光が無ければ綿の白など認識できないはずだ。
「……現実じゃない?」
「おお、結構早く気付いたな?」
「!?」
背後からの声に振り向くと、そこにはわかりやすい格好をした神様らしきじいさんがいた。
「お前さんの想像通り、ここは現実の空間ではない。わしが作り出した幻空間じゃ」
神様は説明しながら自分の真正面に回り込むと、その場に胡坐をかいて着座した。
「さて、色々説明せにゃならんがまずは自己紹介させてくれ。わしは……うむ、お前さんが思うとるような神様でほぼ相違ないの」
神様が自己紹介をしようとすると、何かに気づいたように俺の目を覗き込んだ。そして納得したように頷きながら自己紹介を続けた。
「俺の心を読んだんですか?」
「左様。これくらいのことはできて当然じゃ。まぁわしのことはこれくらいで十分じゃから、早速本題に入ろうかの」
何か起きているのか知りたい俺の焦りを感じ取ったのか、神様は早々に本題に入った。
「まずの、お前さんは元の世界では突然死しておる。心臓発作での」
まずは俺の状態。やはり死んでいるらしい。
「そうですか……自分の部屋でですか?」
「うむ。ロフトのベッドで寝た状態のまま死んでおる」
「ならいいか。すぐ死体が腐敗する季節じゃないし、平日なら会社が異変に気付くだろうし」
少なくとも孤独死で放置され、腐乱死体で発見されることは無さそうだ。
「元の世界に未練は無いかの?」
「ですね。なんならやり直したいくらいでしたし」
偽らざる本音だった。
これまでの人生、正直ポジティブなことよりネガティブなことの方が、俺にとっては忘れがたい記憶として刻み込まれていた。そして生きていく中でそれらの記憶にずっと苛まれ続けていた。勉強だけは人並み以上にできて高校は進学校に進んだが、そこから先は大してパッとしない人生だった。あのときああしていれば、こうしていれば……結局過去ばかり振り返り、後悔し続ける人生だった。
そのせいか、大人になってから異世界転生もののノベル、漫画にどっぷりハマった。自分もチート能力を得て異世界に転生できたら、今の記憶を保ったまま過去に戻ることができたら……そんな妄想を幾度繰り返したかわからない。
「どうやら問題無さそうじゃの」
物思いにふけっていると、神様が笑みを浮かべながら言った。
「もう1つ本題じゃが、お前さんの願い通り、お前さんを過去に戻そうと思うておる。もちろん、今のお前さんの記憶を維持した状態での」
……マジ?
「マジじゃ」
俺の思考に神様が返答する。
「思うておるというか、やらねばならん、というのが正しいがの」
やらねばならん?
先ほどの「問題無い」発言も少しひっかかる。
「どういうことです?」
「すまぬがそれは教えられぬ。じゃが間違いなく、お前さんをお望み通りの条件で過去に戻してやる。これは約束しよう」
お望み通りの条件で?
「ふむ。お前さんがこれから戻る過去の世界を、お前さんが望む形に改変できるということじゃ。わかりやすい例で言えば、大富豪の家の跡継ぎに生まれ変わる、といったところかの?」
え?マジで?制限も無いのか?
「もちろん無制限じゃ。お前さんが思い描いた理想の過去からやり直すことができるぞ?」
……マジか……え、じゃあ、こんなこともありなのか?……いやこういうことも……?
その瞬間、俺の頭は欲望で埋め尽くされた。次から次へと願望が現れ、このままではせっかく思いついた願望が消えてしまうと焦りにかられた。
「焦らんでいい。この紙に書き出してゆっくり整理すると良い。時間も気にせんでいいからの。まとまったらわしを呼んでくれ。声に出さずとも、念じればOKじゃ」
神様はそう言うと紙とペンを目の前に残してその場から消えた。俺はすかさずペンを取り、思いつくままに白い紙を黒い欲望で埋め尽くすのだった。
「お、まとまったかの?」
どのぐらい時間が経っただろう?いや、そもそもここに時間の概念があるのかわからないが、俺の思考を読み取った神様が再び俺の前に姿を現した。
「ふむふむ……」
そして俺がまとめた紙を手に取り読み始める。
「……ふむ。では、これで問題無いかの?」
「はい」
俺の返答を聞いた神様が俺の真正面の空間に手をかざすと、俺の正面にわかりやすいホワイトホールが出現した。
「ここを通れば、お前さんの理想とする過去に戻れる。今一度聞くが、心残りは無いかの?」
「はい」
吟味に吟味を重ねた、理想の過去。もう後悔なんてしたくない。自分が望むままに生きられるなら、そのチャンスを最大限生かすまで。
「うむ、では行きなさい。達者での」
神様の言葉を瀬に、俺はゆっくりホワイトホールに入る。
「!」
刹那、体が浮き上がるような感覚とともに、意識がスゥと遠のいていった。