六章 あなたのおかげで
いつもと変わらない日常を過ごしていたある日、望は仲間らしき人を二人連れてきた。
「見てーベガ」
「へぇーこの子が望の言ってたベガかー、かわいいねー!」
「ねー望、顔の傷は?」
「私もよく分からないけど、幼い時に母親に引っかかれたとか何とか。」
「可哀想に。」
そうか、ここはあくまで人の縄張り、望が仲間を連れてきてもおかしくないのか…
「ねぇ望、ほかにこの子以外の動物は、何がいるの?」
「んーいつもベガと会ってたからなー」
「ハハッ何それ」
「あそこにキリンが居るよー」
「よし行こ!」
なんと言うか寂しい気持ちになった、たしかに望にはその人たちがいるのかもしれない、俺に大野が居るように、もしかしたら望は、あいつらと居る方が楽しいんじゃ……
あぁ、クソ…考えてみれば、大野は西口のものになった、じゃあ俺は、俺は、望しか居ない……
漆黒の空に星が光を灯す、また寒い冬がやってきた、毛が生え変わり、大野の服も変わっていた。
「寒いねーベガ」
「恵那、これを着な、暖かいよ」
「ありがとう透。」
二人はいつものように会話を続ける、俺たちライオンとは違い、人はパートナーに不思議な輪っか〝ゆびわ?〟と言うものを相手に渡す、そしてこの季節になると人は首に布を巻き付ける。
「ベガも冬毛でフサフサだねー」
大野も西口も冬毛のような格好をしている。
「でも、恵那に気持ちを伝えられて良かったよ」
「何?今更」
「ほら、恋は難しいものだろ?」
確かに、西口の言うとうり人の恋は厳しいものだと良く聞く、傷つき、悔やみ、後悔し、別れを告げられた時はあたかも自分が悪いような考えにも着くらしい。
人の世界は、生活が充実してるほど、悲しみの反動が大きいと言う、それと優しい奴の方が傷をおう日が多いと言う事もよく耳にする、でもそんな辛い時も笑う、そんな奴らの考えが分からない、笑って感情を吹き飛ばしているだけか、それとも催眠か、自分を犠牲にしてまで生きたい世界ってなんなのだろうか、独りじゃないと言うのに。
「ベガ…」
か細く震えた声の先へ俺は首を向ける、そこには望の姿があった。
「ベガ、最近どう?私は…最悪。」
また悲しい感情を感じる、こいつは優しい、だから傷つきやすいのか…?
「私…分からないの…人の考えが。」
俺はよく望を見た、望は泣いている、周囲には誰も居なかった。
「学校の帰りにね、聞いちゃったんだ。」
キーンコーンカーンコーン
暁色に染まる空に黒い鳥が飛び交う中、聞き馴染みの深いチャイムの音が木霊する。
「じゃあ、私帰るね。」
「じゃあねー望ー」
今日もベガの所へ行く、そんなことを考えながら歩く望。
「あ、忘れ物」
階段を降り終えたすぐ、教室に筆記用具を置きっぱなしのことに気づく、目の前の昇降口を後にして、教室へ戻った。
「ごめん忘れも……」
「ねぇ、望ってキモくない?」
「根暗だしいつも一人だしまじ消えろって感じ!」
「ホントよね、ハハハッ」
軽蔑する笑い声が廊下まで響く、望は目を見開き、言葉を失った、その場に立ち尽くす。
「はぁーてか、ウチら偉くね?」
「な、あんなやつ誰も相手しねえよ」
「てかあいつずっと動物園に居るらしいじゃん、多分あのライオンが友達なんでしょ!」
「それ、なんかあそこの動物臭いし、何がいいんだか。」
「気色悪い者同士で仲良くやってるんじゃね」
「……!」
望の抑えていた感情が限界に達した。
「ベガを馬鹿にしないで!!」
「…!望…」
「私のことはどう思ったっていい!でもベガだけは悪く言わないでよ!」
「あ"ーうるせえんだよ、ウザイんだよその根暗が!!キモイんだよ!死ねよお前!!」
拒絶する言葉を望へぶつける。
「なんか言えよ!」
強い蹴りが望の溝をつく、望はその場に膝を着いた。
「うっ…」
「やっちまおうぜ」
望は恐怖を覚えた、何とか力を振り絞りその場から逃げ出し、昇降口へ駆け出した。
「こんな事があってね……」
望の話や、人の話を聞いて行くうちに、この世が綺麗なものではないことを知った。
俺はそっと望へ近づく。
「ありがとう…ベガ……」
「おい」
「……!」
「やっぱりここに居たよ、キモイんだよガスが!」
女は望の頬を叩いた、望は崩れ落ちる。
「お前なんか居なくなればいいんだよ、ちくられる前にやっちゃお。」
何故こいつらは望の優しさを貶すのか、何故こいつらは望を殴るのか、何故望から恐怖を感じるのか、何故こいつらは生きているのか。
「グルル…(お前らなんかより望はずっと良い)」
「な、なんだよっ…!」
「グルルル…!」
ベガは飛びかかる。
ガシャン!(檻が大きな音とともに砕ける。)
「ひっ…!(こ、こわくなんか!!)」
「グルルル…!(これ以上望に近づくな!)」
「お、おい!行くよ!」
「ちょっと待な、君たち」
そこに立っていた人を見て俺は威嚇をやめた、西口だ、西口が奴らを止めた。
「見たよ、望ちゃんを叩いたところ」
「いや、あの!」
「言い訳は事務所で聞きます、まずは望ちゃんに謝りなさい」
西口は冷静に事を進めているが、心の奥底からふつふつと湧き上がる怒りの感情が今にも飛び出しそうだ。
「ご、ごめん望…」
「君たちに望ちゃんの答えを聞く権利は無い、事務所に行くよ」
西口が奴らを事務所へ連れて行った、こっぴどく叱られるだろう。
「ありがとう…ベガ、ほんとうに…ごめんね」
望は涙をうかべ、笑っている、その表情はずるい。俺はまたその笑顔に魅了され離れることができなかった、望の笑顔はとても綺麗だ、あぁ、ずっと見ていたい――