五章 孤独、重く、散り積もる
あれから、大野と西口は共に行動する事が増えた、だがやる事は同じだった。変わったことといえば〝大野〟や〝西口さん〟などの他人行儀では無くなった感じがした。
「恵那、キリンの餌を置いてきてくれ」
「はーい」
今日も平和だ、俺が檻から出た次の日はあまり人が訪れなかったが、今は以前よりも多くの人が見に来る。
「ベガ」
俺は無意識に望の方へ歩み寄った。
「今日も平和だね」
なんだが、いつもより望が大人っぽく見えた
「私はもう中学生だがら、今までよりは来られなくなっちゃうんだ、でも安心して!空いてる時間を見つけてはここに来る。」
俺は首を縦に振る
「あはっまるでベガと本当にお話してるみたい」
今日も望の笑顔が心地よかった。
「最近ね、思うの、ここで働けたらいつもベガに触れられるなーって」
望が檻の隙間から手を差し出してきた、俺はその小さな手にそっと触れた、無意識に目を閉じる、まったくあんな事があったのに檻の隙間は以前と同じままだ。
「高校生になったら、十八になったら、ここで働く、そしたら毎日ベガと会えるね。」
なぜか、望からは寂しいという感情が感じられた、俺は鼻を望の手にあてた。
「心配してくれてるんだね、ごめんね、最近寂しくてさ、慣れてるはずなんだけどね、あんまりクラスに馴染めてなくてさ。」
望の目から涙が溢れてきた、泣いているのだ、
望は会った時より、大人になっていた。だが心は繊細になって行ったようだ、脆くて綺麗な心だ。
「(俺が居るだろ、だからもう泣くな)」
「ベガは優しいライオンだね。」
望は笑顔になり、涙を拭った、その些細な表情は俺を魅了して離さなかった。
「それじゃあベガ、またね。」
最近ふと思うことがある、何故こんなにずっと望を頭の片隅に入れてるのか、何故望を見ていると、温かい気持ちになるのか、俺には理解できなかった。いや、理解しようとしていないのか?
「透、終わったよ」
「あぁ、次はベガだな」
今日も大きな肉塊が大野の手によって運ばれた、だが、いつもと匂いが違った、俺は大野の手に鼻をつけた。西口だ、彼の匂いがした、大野の匂いと混じりあった、二色の絵の具を混ぜあわせたような。信頼している二人だ、嫌な感じはしなかった。
「ベガ、ご飯だよ」
ここは毎回美味い肉をくれる、だがここの檻は狭かった、このままだと体が訛ってしまう、もうちょっと広かったらな。なんてことを思いながら俺は肉を食う。
「よし、いい子」
大野が去っていく。
俺は人の発する声を聞いて、言葉を勉強した、でも人と言う生き物に対しては何一つ理解できなかった。
安心できる場所で、未知の生き物の会話を耳にする、ずっと寂しかった、ずっと心細かった、俺は仲間が欲しかった、いつも体に穴が空いた感じがしてた、だが望が居るとその穴は消えた。
この穴、孤独は気まぐれだ、現れては消えていく、まるで砂埃のようにサラサラと消えていくのだ、いくらの少量でも長い年月をかければ山を作る、それは孤独と同じなのかもな。
望は孤独と幼い時から戦っている、あの時の悲しい感情はこういう事だったのか。
あぁ自分が情けない、望を罵ってしまった、あの子は俺よりも強いのかもしれないな、困ったな。
俺は自分の身に降り注ぐ劣等感の雨を振り払う、だが心の奥底に巣くった物までは振り払えなかった。