四章 君が笑う、星が輝く
今日も俺は望と話していた。
「ベガ、西口さんってあなたを育てた人?」
「(そうだ、大野と一緒に居るやつだ)」
「ねぇ西口さんって大野さんといるといつも楽しそうだよね、まるで私とベガみたいに!」
望はそっと微笑みかける、今日も暖かい笑顔が俺を包んだ、ふわふわする。
「あ、君が噂の望ちゃん?」
「こんにちは西口さん!」
「僕の名前を知ってくれてるなんて嬉しいな」
大野から聞いたのだろうか、望の名前を知っているなんて。
「たしか、天崎望さん…だったよね?大野さんから聞いているよ、ベガとお話してくれているって、ありがとうおかげでベガが寂しくしないで居れるよ。」
大野は世話焼きだ。
「よし、今から檻の点検するから、望ちゃんは離れてな。」
「分かったー」
最近、檻が錆び付いて付け根が不安定になっていたようだ。
「よし…ん?……あ」
西口が檻に手を添えた時、俺は目を見開いた。鉄の棒が折れてしまったのだ、俺はその瞬間を見逃さなかった、その隙間は小さい体の俺には抜けれるほどの大きさだ、その瞬間に俺は外へ飛び出した。
「うわぁあ、ライオンが外に出たぞ!」
まだディナーには早いが、仕方がない。
俺を見ていた人達がたちまち逃げていく、悲鳴を上げ、恐怖を叫び、絶望を顔に浮かべながら走り回っている。だが小さな少女、望だけは逃げなかった。
「ヴゥゥ(お前、俺が怖くないのか?)」
ベガは低い唸り声をあげ、望に近づく。
「ベガちゃん」
「?」
望は、その場にしゃがみ、威嚇しているベガの鼻にそっと触れた
「やっと触れたー」
また優しい笑顔を向けた、望の手はとても暖かかった。望はだいぶ体が大きくなった、しゃがまなければ俺と目を合わせられない。
「でもベガちゃんは、外に出ちゃいけないんだよ?」
狼狽えない、ただ真っ直ぐに俺を見つめる望を見ていると、自分のしている行動が愚かに感じてきた。華奢な体には似合わない程の肝が据わってる。
「望ちゃん!危険だ!」
「どうして?ベガは危険じゃないよ?」
俺がどんなに威嚇しても、望は俺を怖がらない、怯えない、逃げ出さない。それが故か、気づいた時には、威嚇をやめていた。
「ハァー、ハァー…天崎さん!」
「大野さん」
「こっちに来て!」
大野が望の腕を強く引く、それを望は拒んだ
「やめて!ベガと離れたくない!」
その光景を見た俺は、意識をする前に行動していた、気づけば望の前に立ち、大野を威嚇していた。
「ベガ…?」
「大野」
西口が大野の肩にそっと手を当てる
「望ちゃんはベガを信頼し、ベガは望ちゃんを信用してる、下手に手を出せば、ベガは本当に人を襲う、この子を人殺しにしてはいけないよ。」
「ベガ……」
「ありがとうベガちゃん、でも貴方は檻に戻らなきゃ行けない、良い?いい子いい子」
望はそっと俺の頭を撫でた、夏の青い風に乗る声を聞くと、俺は檻へ踵を返した。
望には頭が上がらなかった、他の大人はみんな俺に怯えていたのに、望は俺を真っ直ぐ見つめ、檻へと返した。
「またいつか近いうちにもう一回撫でてあげるからね!」
夜になり、また寝苦しい暑さに睡眠を遮られた、額に流れる汗を床に擦り付けていると、人の声が聞こえてきた。
「ごめんなさい、西口さん、私、何も出来なくて……」
大野が西口に泣きながら謝っていた。
「良いんだよ、大野はベガを悪者にしたくなかった、そうだろ?走って駆けつけた時、望ちゃんを離そうとして、必死さがとても伝わってきた、大丈夫だよ、誰も責めたりしないさ、貴女は優しい人だから。」
「西口さん…ベガに威嚇されたのは初めてで、どうしたらいいか分からなくなってしまって…ごめんなさい。」
西口は大野の頭を撫で、抱きしめた。
「大野、大丈夫、俺がついてる、君の行動は仲間を守ろうとしたひとつの手段、ベガが本当に望ちゃんを襲っていたら、ベガは殺されていた、いくら望ちゃんだからといって、ベガは獰猛な肉食獣だ、人を襲わないわけが無い、君の行動は正解だよ」
「うぅ…西口さん……」
「やっぱり、僕の見込んだ通り、ベガは望ちゃんを襲わなかった、それに望ちゃんはベガから逃げなかった。万事休すと言うか、不幸中の幸いと言うか、まぁ、良かったよ」
「はい…!」
西口の手から汗のにおいがする
「ベガと望ちゃんの関係、憧れるなー、羨ましいなー」
「そうですよねー」
「あのさ、大野、俺たちもさ…」
「待って」
西口が言おうとしたことを大野が遮った
「え?……」
西口から恐怖の顔が見て取れた、嫌われるのではないか、これで終わってしまうのかという恐怖が。
「その言葉は、私から言わせてください。」
大野から笑顔がこぼれる
「透さん…私と付き合ってください、ずっと、貴方のことが好きでした」
「僕も貴女のことが好きです。」
二人からフェロモンのいおいがする、そして高揚感と幸福感が感じられる、ようやく番合わせになるのか。
全く人の恋は面白い、近くて遠いと言うか、難しい恋を望むのだな。
今日も星が綺麗だ、昔に大野が星を教えてくれた時、俺は星を見るのが好きになった、なんと言うか、何にも気にならなくなるのだ、望にも見て欲しい、この場所は無数の星たちが夜空を彩っている、今にも落ちてきそうな、今にも消えそうな、綺麗な星たちが……