一章 聡明なライオン
ある小さな町の市営動物の一角で、大きな檻の中で過ごす黄金のたてがみを携えた生き物が居た。
今日は良い天気だ、黒がかり散らばった雲の間から、太陽が顔をのぞかせ、ジリジリと弱い熱を飛ばしながら体を温める、人間が居なければもっと素晴らしい景色だろう、人間とは低俗な生き物だ。今まさに、この人間どもに観られている真っ最中だ。
「ベガーご飯だよー」
俺はこの〝動物園〟と言う所で産まれた、名前はベガだ、今檻の中にいる。
冬毛になったとは言え、石でできた床は氷のように冷たい、いつか俺はこの檻から出て、ここに居る人間どもを食ってやるのだ。
「ベガー?あ、居た」
こいつは〝飼育員〟の大野、こいつもそろそろ群れから独り立ちする頃だろう、俺は大野とずっと一緒に居る、〝くされえん?〟ってやつだ。
今日も大野から出される肉を食う、だがとても頭がいい俺は気づいているのだ、囚われていると、それに俺は人間の〝言葉〟と言うものも覚えた、なぜならとても頭がいいから。
「あー!ライオンだ!!」
静かにしてくれ、食事中だ、このちっこい生き物は数日間前にここへやって来てから、何度も立ち寄っている。
「望、ライオンさん今ご飯中だから静かにしなさい?」
「ちっちゃいねーかわいいねー!」
こいつはそろそろ自分で狩りをしだす時かもしれん。だが俺は独り立ちの時、群れから出ていく時期だ。
まったく、その歳でその活発さとはな、非常に末恐ろしいガキだ、俺はそのガキをまじまじと見つめると、なんとも言えない、優しい目を向けてきた。
「(何のつもりだ、なんだその目は!)」
と、俺はこいつと同じように目で訴えた。
少し歯に違和感を覚えた、間に肉が挟まったかもしれない。俺は口をごもごもと動かす
「お母さん!この子私に何か言ってるよ!」
「そうなの?良かったわね〜」
何を言っているんだ?こいつは自分を中心に事を考える癖がある、〝じこちゅう?〟と言うらしい。
こいつはただずっと俺の目を見つめる、何を訴えているのかは俺には分からない。
「ほら、行くわよ望」
「はーい」
あいつの背中を見送ると、俺は疲労と眠気に襲われ、その場に横たわる。
その日の夜、俺はあいつを忘れようとしたが、忘れることは無かった、忘れることが出来なかった、俺の脳みそにこびりついている、不快な気持ちと共に俺は寝転ぶ。
あのガキはまた来そうだな……
「大野さん、ベガって他の動物と違って大人しいですよね、三歳の割には…体は小さいですけど、他の子とは、何か違うものを感じるんですよね…あ、顔の傷はどうしたんですか?」
「男の子だからじゃない?それにライオンだし、顔の傷はね、生まれた時に、お母さんに引っかかれたの、拒絶されちゃってね、ベガは大人しいよ、もしかしたら人の言葉を理解しているかもね、そして誰を食べようか考えてるとか…!」
「えぇ、そんなこと…」
「ふふっ冗談よ、ね、ベガ」
大野は他の人間より勘が鋭いのだ、俺の考えてる事が分かるようだ。まぁ、俺を育てた奴だ、ディナーのメインディッシュと言ったところか?俺は夜の静寂を肌で感じならがら、そっとまぶたを閉じた。
「おやすみ、ベガ、いい夢をね」
冷たい風が毛の隙間を通り、体から体温を奪っていく、俺は少し震えた、寒くて震えている訳では無い、武者震いだ、もうすぐ落ち着くだろう。
だが思考とは裏腹に、体はさらに震える、寒くは無いぞ、決して寒くは無い。
そして俺は最近あることを発見した、鉄の棒の近くにある色の変わった石の上は、温かいのだ、これはいい、俺はその石の上で香箱座りをして腹を温める。だがここはいつもいる所より人間が近い、目の前にいるのだ、少しの嫌悪感と腹が温められる幸福感に包まれていた、温かい。
「あ!ベガ暖房の上に乗ってる!」
大野が目を光らせて俺を見ている、勢いに全てを任せたような口調だ。
「良かったーずっと乗ってくれないから心配してたよ」
俺は心配などかけた記憶は無い
「あ!ベガちゃんが近い!」
あぁそうか、ここは鉄の棒が近い、人間に近いにということは、このガキとも近いという事だ、盲点だった。
俺はその場から立ち去ろうとしたが、暖を求めているこの腹は石に根を張って動かない。
あぁ、困ったな。
腹の温もりが眠気を誘ってくる、今にも意識を失いそうだ、人間の声が遠くなる、俺はそっと眠りの海に落ちた。
鼻につく態度をとる時もあるベガですが、最後まで読んでいただけると嬉しいです!