03
小旅行のようなデートが終われば、フィンは堅苦しい学生生活に戻る。二人で一緒に遠出をした休日から、二週間ほどが経っていた。
(次の休みは会えるだろうか)
有名商社のマーケティング戦略を聞きながら、フィンはすでに昔のことに思えるあの日のデートを思い返していた。
存在を知らなかったミラの双子の妹に会いに行った。ミラと一緒にこの世に生まれながらも別々に育ったユリアは、姿かたちこそミラに似ていたけれど、目つきや口調、表情の動かし方はまったくの別人だった。
(当たり前だろう、別の人間なんだから。それとも育った環境が同じなら、性格も似ていたりするのだろうか)
初めて目にする双子という存在。同じ顔を向かい合わせて会話をしていた二人だけれど、一歩道が違えば、二人のうちの一人は生まれてすぐに命を絶たれていた。背筋に震えが走り、フィンは無意識に自分の腕をさすった。
(ぼくなんかが考えても仕方のないことだけれども、悍ましいな)
不快な感情に蓋をするように、教会のことを頭から締め出す。マーケティング戦略は、二商社目の話に移っていた。一商社目と比較しやすいよう、ノートのとりかたは工夫している。
(それにしても、また会えなくなった)
ペンを回して考えるのは、ミラのこと。一足先にミラが就職してから会う回数が激減していたところに、このたびさらに、会えない理由が一つ加えられたのだから堪らない。
――ごめん、ユリアと約束しているから。
このところ三回連続で聞かされている断り文句だ。
(そりゃあ、生き別れの妹なんだから、離れ離れになっていた時間を埋めたいのもわかる。男のぼくがいないほうがいい話もあるだろう。姉妹水入らず、いいじゃないか)
何度も自分にいい聞かせたセリフはスラスラ出てくる。だけれど。そう、だとしても。
(ミラは一月近くも、ぼくに会いたいと思わないのだろうか)
一方、生き別れの妹と再会したミラはといえば、非常にパンパンの日々を送っていた。
(ひとかけらも記憶にないのだもの。再会したというよりも、出会ったに等しいのよね)
ヘアゴムを歯で挟みながら、まとまりの悪い髪を頭の高い位置で結ぶ。気持ち程度に化粧を施して、白いブラウスと淡いスカートを合わせたら、五センチばかりのヒールを脚に引っかけて家を飛び出す。
(ブーツならあと五分は寝れるのにっ)
ミラの仕事は電話窓口だ。電話は、数年前に一般に広まったサービスで、離れた場所にいても電話機を使って相手に声を届けることができる画期的なシステムだ。それまでは国や軍部にしか解放されていなかったが、ここ数年で裕福な店や一般家庭にも電話機が置かれるようになった。とはいえ、直通電話は機密事項を扱う国や軍部しか使えない。ほかは電話窓口を経由して回線を繋ぐ必要があった。秘密裏に通話記録を国が管理しているのではないか、盗聴されているのではないかという不安も根強いことから、電話を嫌う層も多い。ちなみに、ミラとフィンの家は家長の判断で早いうちから電話を設置している。
通話を希望する相手先を聞いて、そこに回線を繋ぐ。それがミラの仕事だ。誰に見られるでもないのに、暗黙の了解で女性にだけ定められている服装規定がミラには理解できない。ふわっとしたかわいらしい洋服は好きだ。だけど、ミラの趣味でいいのなら、ここは二センチヒールの茶色いブーツを合わせたい。こんな固い素材でクッション性のないヒールは長時間履きたくない。脚がむくれる。
(女性はスカートにヒールって、いつの時代を生きているのよ)
その上、事務所の清掃は女性職員の仕事なのだから、せめて汚れてもいい格好でいさせてほしい。女性だけに課せられた清掃が終われば、下っ端のミラは職員たちのお茶くみに回る。そのタイミングで電話が鳴れば、これまた下っ端のミラが率先して電話に出る。
(あーもう! 茶くらい自分で用意しなさいよっ!)
朝からイライラして過ごし、皆が食事に出払った昼休憩も電話番としてミラは席に着いたまま。せめてもの反抗に、終業時間になればすぐに退社するようにしているけれど、それも仕事が仕事だ。終業時間直前に電話が鳴れば残業確定だ。
溜まったストレスと乳酸。帰り道はいつも脚が悲鳴を上げている。パンパンに張った脚を引きずって帰宅するころには、もうくたくただ。念入りにふくらはぎをマッサージして、どろぼうねこのグッズを眺めて癒されて泥のように眠ればもう朝だ。
(脚も心も時間もパンパンよ)
同じ日々の繰り返し。発狂しそうになりながらも、仕事に慣れれば平気になるはず、余裕ができるはずよと自分にいい聞かせる。
(お母様に愚痴ろうものなら、女性が会社になんて勤めるからよって、なぜかわたしのほうが責められるのよね)
女性の社会進出は、国際的にスローガンが掲げられているものの、まだまだハードルが高い。女性は家業を手伝うもの。外に働きに出て貨幣を稼ぐなんてはしたないと、同性からの目もいまだ厳しい。
(それでもせっかく就職できたのだから)
昔、父に見せてもらった海外の映画。バリバリ働く女性がとてもきれいだった。
(キャリアウーマンへの下積みよ。せめて三年はここでキャリアを積むの)
そんな毎日だから、休日は目が覚めるまでとにかく眠っていたかった。とことんまで眠って、遅くに起きたらのんびり朝食兼昼食をいただく。深呼吸をしながら散歩ができれば、最高の休日だ。
そんなふうに休日は怠惰に過ごしたいミラだけれど、最近は精力的に休日も朝から行動していた。ひょんなことから出会った双子の妹、ユリアと話がしたくて、貴重な休みはすべてユリアと過ごすために費やしていた。
なんていったって話しやすい。馬が合う。こういってはなんだけれど、社会人は社会人といるほうが楽だ。
(フィンがどうってわけじゃないんだけど)
つい数日前の会話を思い出す。それこそ、今日会いたいという誘いを断ったときだ。フィンは、珍しく数秒黙り込んだ。
「ミラ、ぼくは早くきみと結婚したいよ」
「はい?」
急にどうしたというのだ。ミラは少なからず狼狽した。
「そうしたらずっと一緒にいられるのに……。ミラ、もっとぼくたち二人のことを考えてほしい」
とっさに浮かんだのは、反発心だった。
(自活もしていない人間が何をいうの? こっちは働いているのに、そんなふわふわしたことばっかり考えていられないわ)
なんと返したのかは覚えていない。喧嘩にならないように、うまくごまかしたはずだ。ただ、フィンのことをひどく子どもに感じて、落胆した。
学生のフィンに仕事の愚痴をいったところで、どうもならない。しかもフィンは卒業後、父親の会社に入り、後々は跡を継ぐことが決まっているのだ。就職活動すらしない。そんなお坊ちゃんが仕事を始めたところで、ミラと同じ苦労をすることはないだろう。そう思っているから、ミラは意識して、フィンに仕事の話をすることを避けていた。だけど、今のミラの生活の中心は仕事で、それ以外を探すのは難しい。当たり障りのない話題を探すとなるとそれなりに苦労する。
(いえ、ほんとに、フィンがどうってことじゃないのよ)
フィンは以前と変わりなく、家や学校の話を聞かせてくれるけれど、正直あまり興味を持てないのだ。それどころかたまに、甘ったれているな、と毒づきたくなることもある。結婚したい云々もそうだ。学生の頃のようにべったり一緒にいられるわけもない。環境が変わったのだと、いいかげんわかってほしい。
(多分、わたし、自分の話を聞いてほしかったのだわ)
同じ年頃で、ミラと同じように仕事をしている誰かに、話を聞いてほしかったのだと、ユリアと話すようになって自覚した。
「まったく、昨日もご飯を食べたの三時よ? 信じられる? 手の中に食べ物がありながら、空腹を我慢して三時。ありえないわ」
目の前で脚を大胆に組み替えたユリアがぼやいて、ストローを銜えた。手を使わずに、テーブルに置いたままのグラスに顔を近づけて、相変わらず行儀が悪い。けれど似合っている。
「あなた、いつも昼食摂れないのね」
「そうね。ワンオペだから」
「ワンオペ?」
「一人作業」
「ああ」
「店番は基本あたし一人。忙しい時間帯は母さんが入るけれど、あくまで応援要員ね。客が少なくなればすぐ裏に引っ込むし」
「それって初めから休憩をとらせる気ないじゃない」
「そうなのよ! わかる? 最初からおかしいのよ。家族経営ってこういうところあるわよね。なあなあで無茶させるの。嫌になっちゃう」
ユリアと会ってなにを話すかといえば、ほとんどが仕事の愚痴だ。お互いに不満をいいあって、同感して一緒に憤って、すっきりして別れる。フィンが思っているような、空白の時間の埋め合わせなんて全くない。同世代の女の子どうしのおしゃべりで終始する。
「あーあ。これが本の世界なら、一日入れ替わってお互いの仕事を交換したりできたんだけどね」
ミラは残念そうに唇を捻っているが、顔は同じでも二人の雰囲気が違いすぎる。まず無理だ。
「無茶ね。すぐばれるわ。体型から違うんだもの」
背丈や肩幅が同じだから、恐らく骨格は似ている。けれど、ふっくら柔らかな肉付きのミラと、肉なんてまったくついておらず、骨のラインがわかるほど痩せているユリアとでは顔色も違う。
「ユリア、もうちょっと太らない?」
「うちをなんだと思っているの。パン屋よ? 油断したらあっという間に太るんだから」
「バターたっぷりで?」
「チーズもね」
顔を見合わせて笑う。
「ねえ、ちょっとやってみましょうよ!」
たくさん話して、たくさん笑った休日、ミラはご機嫌に浮かれていた。自分がこんなにご機嫌だから、その裏でストレスを溜めている人がいるなんて、考えなかったのだ。
その日の夜、食事を終えたフィンは部屋に戻る途中、母親に呼び止められた。
「フィン、今日ミラに会ったわよ」
「え、どこで?」
今日もフィンの誘いを断ったミラだ。つい詮索染みた言葉が出てしまう。
「駅前で。どこかに出掛けた帰りじゃないかしら」
「そう」
(駅……ユリアかな)
聞いてみたものの、どうしようもない。ほかの男と会っているならともかく、妹に会っているといわれて責めることはできない。フィンの苦々しい内心を知らず、母親はニンマリと目を弧にした。
「フィンに伝言。来週、ランチをしましょうって」
「え?」
ウフフ、と揶揄う様子を隠さずに、フィンが待ち望んでいたデートの約束を母親が告げる。
「迎えはいらないそうよ。噴水広場に一時。現地集合。予定が合わないときは連絡ちょうだい、ですって」
「噴水広場、一時」
フィンはソワソワしながら、部屋に戻るための階段をのぼった。
「ウフフ、仲良しねえ」
母親の冷やかしも聞こえない。
そして待ちに待った週末。フィンは約束の時間よりも十五分も前に噴水広場に佇んでいた。
(少しつけすぎただろうか)
お気に入りの練り香水が香りすぎていないか、時々体を動かして確認する。
(久しぶりだ。どれくらいぶりだろう。こんなに会わなかったことは初めてじゃないか。いや、子どものころは父さんの仕事の都合で間があくこともあったか)
ソワソワソワソワ落ち着かない。汗もかいていないのに、ハンカチで額を拭ったり、広場を囲う歩道に待ち人を探してしまう。
そうして十五分。約束の時間、ぴったり。ついに……。
「お待たせ」
背中に掛けられた声は、ミラのものだった。
「ああ」
飛び切りの笑顔で振り返って、フィンは硬直した。
「え……? きみはユリア?」
つばの広い帽子を被って、クリーム色と若草色を合わせたふわっとしたワンピースに、大き目のショールで肩から二の腕までを隠している女性。目もとだけを露出させているけれど、目だけでわかる。ミラじゃない。
「え、なにしてるんだい。ミラは?」
動揺して動かした視線の先、噴水の裏から、目の前の女性とまったく同じ格好をした女性が飛び出してきた。キラキラ輝いた瞳がつばの下から覗く。
「はい、どっちがミラで、どっちがユリアでしょう!」
弾んだ声。わかりきったクイズを出すミラと、それにつき合うように、だけど楽しそうに頬を上げるユリア。
(ああ、なんだ……)
自分の心が急速に冷めていくのを、フィンは他人事のように感じた。
「ミラ、ユリア」
人差し指で軽く示せば、きゃあっと声が上がる。それから、いい当てたフィンの前で、ミラとユリアはわざとつまらなさそうな顔を作った。そうしながら、共犯者の親しみが現れた笑みを含んだ目で、視線を交わした。
「あーあ、バレちゃった」
「あっという間だったわね」
端から騙すつもりもないいたずらに楽し気に言葉を投げあう二人。準備段階から楽しかったに違いない。フィンは完全に蚊帳の外だ。
冷めたはずのフィンだけれど、はしゃぐ二人を見ているうちに沸々と湧き上がってくるものがあった。
「楽しいかい?」
冷静な声が出せたと思う。苛立ちを押さえて。みっともなく声を荒げたりはしたくない。そんな狭量な男にフィンはなりたくない。
軽口を叩いていた二組の瞳が、思い出したかのようにフィンを仰ぎ見た。忘れていた存在が音を出したから振り返った、そんな態度。なんの悪気もない、そんな態度。
(もう帰ろう)
疲れたんだと、頭にきているわけではなくて、二人の態度に呆れて疲れているのだと、自分にいい聞かせて、フィンは帰宅することに決めた。二人はこのあとも勝手に過ごすだろう。せっかくの休みを無駄にしてしまったけれど、幸い陽はまだ高い。
(本屋にでも寄って、なにか見繕おう)
スマートに辞去のあいさつをしようとして、だけど、どうしてもこの温度差をわからせたくて、気持ちを発散させたくて、フィンは声を発する直前に、言葉を変えた。ユリアの存在を無視するように、フィンはミラだけにつま先を向けた。
「――久しぶりに会おうといわれてぼくはうれしかった。――なんなの?」
問いかけつつ、返事を拒絶した。いい捨てるやフィンはすぐに体を反転させて二人の前から去った。
我ながら子どもっぽいいい草だったけれど、いわずにおれなかった。
(もうぼくからミラに連絡するのはやめよう。もううんざりだ)
自分ばかり会いたいのも、会えるのを楽しみにしていたことも、――フィンばかりがミラに恋していることも。
待ち合わせから数分。立ち去りながらの決意も、負け惜しみにしか感じられなかった。
「まったく、なんだっていうのよね」
こんなときまで姿勢のいいフィンのシュッとした後姿を見送りながら、ミラは声を発した。動揺なんてしていない。急に機嫌を損ねたフィンに驚いてはいるけれど、それだけだ。妙に鼓動が速いような気がするけれど、驚いたからに違いない。
フィンの背中が人混みに紛れていく。脚や背中が見えなくなっても、背の高いフィンの後頭部だけはある程度の距離まで見送ることができた。ほかの人より背が高いけれど、肩幅はそんなになくて、頭が小さくて、まるっとしていて形がいい。学生時代、女子生徒に人気のあるフィンを、なよなよしているだとか、ひょろっとしていて気持ち悪いだとか悪くいう男子生徒もいたけれど、一見細身のフィンの腕が案外太いことも、指が長くてきれいな手がどう見たって男性の骨格をしていることも、ミラは知っている。てのひらを合わせたら、大人と子どもの手かと間違うくらい、フィンは男性の手をしている。寄りかかった胸が厚いことも、スカートの裾を踏んづけたミラがフィンを巻き込んで転びそうになっても一緒に倒れるどころか、しっかり支えてくれるくらい足腰が強いことも知っている。
「追わなくていいの?」
「……」
ユリアの声に反応できないうちに、フィンの頭も見えなくなってしまった。まさか、本当に帰ってしまったのだろうか。
「勝手に怒って行っちゃったのは、あっちだもの。頭を冷やしたら戻ってくるでしょう」
「声、震えているわよ」
知らずに胸の前で組んだ手に力を入れて、ミラは唇を噛んだ。
その日、フィンがミラたちの元に戻ってくることはなかった。
(せっかく見つけやすいようにずっと外にいたのに)
フィンと別れた場所からあまり離れないようにしていた。見回せば探せる範囲で、店内に入ることもせず過ごしていたけれど、フィンは現れなかったし、キョロキョロと落ち着かないミラがフィンの姿を見つけることもできなかった。
「早めに仲直りしないと、拗れるわよ」
「わたしは喧嘩をしたつもりないわ」
「……まあ、あなたがいいのならいいけれど。嫌でも顔を合わせる学生と違って、社会人と学生でしょ。拗れた挙句に自然消滅もありね」
「それって実体験?」
「さあ?」
表情も変えずに肩をすくめたユリアから恋の話を聞きだすこともできず、ミラは唇を尖らせた。そして、せっかくもらったアドバイスを活かすこともせず、ミラはフィンと距離をとることになった。どうせあっちから連絡してくるでしょうと余裕があった数週間。一人を楽しんでさえいた。
二月もするとさすがにいなくなった存在に違和感のようなものが芽生えた。
(もしかしたら、フィンも気まずいのかしら。ここはわたしが大人になるべきね)
そうしてフィンに連絡を取ってみるも、タイミングが合わなかったらしい。予定があると断られた。その後も何度か連絡してみるものの、彼からの返事は「用事があるんだ」の一辺倒。それが続くと、さすがのミラも気づく。
(絶対嘘じゃない。わたし、避けられているのかしら?)
一方のフィンは、通話を終えたばかりの受話器を持ったまま、なんともいい難い表情を浮かべていた。
(ぼくからの連絡はもとより、ミラからの誘いもすべて断ってはいるものの、これ、いつまで続ければいいんだ?)
平たくいえば、フィンにとっての初めての反抗期。最初の数回は、ミラからの誘いを断るたびに、ぼくと同じようにがっかりすればいいのだと、スカッとする気持ちがあったものの、今や引き際がわからずに戸惑っているのだった。
(止めどきがわからない……)
あまり意地を張ると本当に別れることになる、とは、同級生からの知識だ。フィン自身は子どものときからミラのことばかり見てきたけれど、子どものときから婚約者がいる生徒はそう多くない。自由恋愛が主流のご時世だ。だから、学校に行けばいろんな恋愛話がおのずと耳に入ってくる。ピュアな片想いから、刺激の強いもの、ちょっと呆れてしまうようなものまでさまざまだ。実体験がなくとも、耳年増になる。
(次、ミラが連絡してきたら、ぼくも普通の態度に戻そう)
そう思いながらも、不安も過る。
(連絡、来るだろうか……。こんなことをしている間に、職場で好きな人ができていたらどうしよう)
そして、そんなふうに目を泳がせたフィンとミラは、ある意味とても気が合う。
「フィンから連絡が来るまで待ちましょう」
ミラとフィン、怖気づくタイミングが二人ぴったり重なってしまったのだった。
どちらも身動きがとれなくなって一月。こうなるともう、きっかけがなければアクションをとれない。このままお別れするのか、いやはや婚約者だし……。こういう場合はどうなるのだろう。このまま数年顔を合わせることもなく、適齢期に入ったら結婚するのだろうか。いや、その前に婚約破棄だろう。
(それはちょっと……)
痺れを切らしたフィンは、恋するあまりに愚かな行動を起こした。
「あのさ、ちょっと頼みたいことがあるんだ。――きみに、キューピット役をお願いしたいんだ」
フィンの『お願い』を聞いたユリアは、フィンが差し出した総菜パンを袋詰めしながら、本当につまらないものを見る目で姉の婚約者を見た。フィンが考えたミラに会うきっかけ、それはミラと仲のいい、双子のユリアに胸を借りることだった。