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胸がない!  作者: 本知そら
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よんぶんのよん

   よんぶんのよん



「ぐぬぬ……」

「どうした? そんな苦虫を噛みつぶしたような顔をして」

 読んでいた雑誌から顔を上げてそう言った卓にキツイ視線を送る。

「……あれから一週間も経つのに、全然おっぱいが大きくならない」

 吐き捨てるように言うと、卓が「やっぱり」と言いたげな顔をして苦笑した。

「そりゃ残念だな。でも、そうそう効果が出るもんじゃないらしいし、気長に――」

「あと生理痛が酷い」

「……ええと、薬は飲んだか?」

「さっき飲んだばかり」

 卓は「そうか」とだけ言って、こちらのことを気にしつつも視線を戻した。素っ気ないが、生理痛と言われても男には分からない痛みだし、その反応も仕方ない。

 ……でもやっぱり気にして欲しいのでいろいろと言ってみる。

「股から血が出そう」

「えっ!? そ、それは大丈夫なのか!?」

 卓が雑誌を投げ捨て慌てふためく。血なんて出るのは当たり前だ。何を動揺してるのか。……と思いつつ、実は僕も始めて生理になったときは軽くパニックになったので、卓の気持ちは痛いほど分かる。生理痛なだけに。

「大丈夫。でもちょっと背中をさすってほしいかも」

「わ、分かった」

 卓は素直に背中をさすってくれた。やがて痛みが引き、もう大丈夫と伝えると、卓はほっと胸を撫で下ろして僕から離れた。

「おっぱいが小さい」

「そこに戻るのか……」

「生理よりも重い問題だからな」

「堂々と生理って言葉を使うなよ。男としては反応に困る」

「こっちとしては月一で来るから身近なものなんだよ」

 卓が押し黙った。たしかに反応に困っている。この話題はやめておこう。やはりおっぱいだ。

「おっぱいが大きくならないんだよ」

「気長にやるしかないんじゃないか?」

 真っ当な答えが返ってきてしまった。

「そうなんだけど……こう、ウンともスンともしないと不安になるというか」

「そもそも胸なんて大きくなったところで利点があるわけでもないし、別にいいじゃないか」

「別にいい? お前はチ○コが小さいままで別にいいとか、日本の男性諸君に言えるのか!?」

「女子が堂々とチ○コとか言うな!」

 むっ。今のはちょっと下品だったか。以後気をつけよう。

「奈月も少しはデリカシーというものを覚えろ」

「うむむ……。じゃあ、お前は男性器が小さいままで別にいいとか、日本の男性諸君に言えるのか!?」

「それはそれで卑猥さが……って、そのたとえ自体がおかしいんだよ!」

「はっ!」

 卓の言うとおりだ。そこに気付くとは、なかなかやるな。どうでも良いけど。

 机に頬杖をつき、ため息を漏らす。おっぱいが大きかったら、この時机におっぱいが乗るんだろうな……。靜が羨ましい。

「まったく……。これじゃ誰もお嫁に貰ってくれないよなあ」

 ぼやっと天井を見つつ呟く。すると、ふいに卓が頬を掻きながらそっぽを向いた。

「ま、まあ心配するな。……誰ももらい手がいなかったとしても、そんときは…………お、おお俺がもらってやるからさ」

「はっ? 嫌だよ。僕女の子が好きなのに」

「へっ?」

 ご遠慮しますと顔の前で手を振る。するとはにかんでいた卓の顔が一瞬にして凍り付いた。

 数秒の沈黙。その後、氷解した卓の口が動く。

「だ、だってお前、今嫁に貰われないって」

「一応僕も女だから、旦那ではなく嫁だろ? 嫁に貰ってくれる嫁がほしいんだよ」

 そう言い放つと、再び卓はぽかんと大きく口が開けたまま凍り付いてしまった。

 え、そんなにもショックなこと? 僕としては普通に特に何も考えず当然と思って返したのだけど。僕のナリはこんなでも中身は男だから、もちろん女の子のことが好きだというのに。

「は、はは。ははは。そうだよな。奈月だって男だったんだから、そりゃそうだよな」

 乾いた笑いが部屋に響く。なんとも微妙な空気。

 生理痛も気にならなくなるほどの空気を纏ったまま、僕は複雑な気持ちになってしまった。


 ◇◆◇◆


「寒いと思ったら雪が降ってたのか」

「予報じゃ夜から降り始めるって言ってたのに。これじゃ明日は一、二限は休講かもな」

 何か飲み物を買ってこようという話になったので、そして部屋に充満した変な空気を振り払うため、僕と卓は家を出て近くのコンビニを目指していた。

 師走も瞬く間に過ぎ去り、クリスマスまであと三日。年の瀬もすぐそこまできていた。

 所々を雪化粧した道を踏みしめ歩く。白くなった空を見上げ、ふと、この一ヶ月余りを振り返る。

 今年の12月は師走という名に恥じず、いろいろとあった。まさか僕が女になるなんて思いもしなかった。というか誰だって思わないだろうこんなこと。一ヶ月前の僕は信じるだろうか。たぶん信じないだろうなあ。

 ほんと未来はどうなるか分からない。

 はあ、と吐いた息が白く染まり消えていく。小さな手は赤くなっていて、少し震えていた。

「そういえば、卓ってカイロ持ってたよな?」

「ああ。こっちのポケットに――」

「よいしょと」

「なっ!? こら!」

 卓のポケットに手を突っ込む。たしかにそこにはカイロがあった。あったかい。

「……お前の手、冷たいな」

「そうだろそうだろ。ほらっ」

 カイロと一緒にあった卓の手に触れる。相変わらずコイツの手は大きい。

「あ、歩きにくくないか? 寒いならこのカイロやるぞ?」

 卓の顔が寒さとは別の今で赤くなる。それを見て見ぬ振りをして、ぎゅっと手を握りしめる。

「まあまあ。もらっちゃったら卓に悪いし、このままでいいよ」

「でも――」

「あーもう、うっさい。男なら素直にこの状況を喜んどけば良いんだよ。純情すぎるのも後々面倒だぞ?」

「うぐっ」

 思い当たったらしく、反論はしなかった。その後は何も言うことはなく、赤い顔そのままに前を向いて歩き続けた。僕はほくそ笑み、隣で歩調を合わせる。

 こっそりと見上げる卓は大きく、その差は25から30センチといったところ。大きく差がついた物だと感慨深くなる。

「そういや卓はクリスマスどうするんだ? また今年もノリ達と馬鹿騒ぎか?」

「いいや。どいつもこいつも彼女とだってよ」

「ああ、文化祭でナンパしたあの子か。まだ続いてたんだな」

 予想では一ヶ月と持たずに別れると思っていたのに、意外と続いているらしい。

「そういう奈月はどうなんだよ。小夜子達とか?」

「一応誘われてる。返事はしてないけど」

 小夜子主催のクリスマスパーティー。行ってみたいのは山々だけど、行くとおもちゃにされるのが分かっているのでいまいち乗り気がしないのだ。

「うーん。どうしようかな」

 空を見上げ、隣からの視線を感じつつ逡巡する。その視線が何かを願っているように見えるのは僕の気のせいだろうか。

 ……さっきの卓の言葉。もらってやる、か。

 純情な卓のことだ。あれでもアイツなりに頑張って言ったのだろう。でも残念。僕は女の子が好きで、おっぱいが好きだ。だから男にはまったくもって興味がない。彼の想像したような未来になることはないだろう。

 しかし、

 未来はどうなるか分からない。

 僕が女になるなんて誰が予想しただろうか。きっと誰も予想どころか選択肢にさえ入っていなかったと思う。

 一パーセント以下の奇跡。そういうことだって起こるのだ。未来の自分に何が待っているかなんて、誰にだって分からない。

 だったら、『そういう選択肢』も完全にゼロではなく、僅かながらもあるのだと思う。むしろ僕が女の子になったことよりも確率的にはありえるじゃないだろうか。だって未来は分からないのだから。


 だから。

 もしそうなったら。


「そんじゃ僕と寂しく二人で、ケーキでも買って食べようか」


 ……まあ、それはそれでいいんじゃないかな。


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