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胸がない!  作者: 本知そら
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よんぶんのさん

   よんぶんのさん



「……で、なんで俺がここに?」

 放課後。僕の部屋にやってきた卓は開口一番に言った。

「なんでって、さっきも説明しただろ?」

 小夜子から借りてきた雑誌、そして器具を机に並べる。小夜子め。素っ気ない振りをしておきながら、何気に僕と同じかそれ以上に頑張ってるじゃないか。しかし……これ、どうやって使うんだろう。二叉に分かれた先にローラーがついたヤツや、透明なカップ二つにチューブが繋がった機械。「もう使わないから」と言うから借りたけど、さっぱり分からない。

「いや、だからなんで? なんだが……」

 卓が居心地悪そうにソワソワと部屋を見回す。物色しても、僕の部屋は男の頃と特に変わっていないぞ。クローゼットの中はそうもいかないけど。あとベッドの下とか。

「説明が足りなかったか? 卓におっぱいを大きくするのを手伝って貰いたいんだよ」

 小夜子から借りた吸引器とやらを突きつけて再度卓に今日の役目を伝える。小夜子曰く、この雑誌の特集に記載されている方法の中に、一人では出来ないものがあるらしい。僕としてはとりあえず一通り試してみたかったので、卓の出番となったわけだ。

 それに、一人じゃ侘しいし。

「だからなんでそれが俺なんだって言ってんだよ!?」

「お前以外の誰に頼むんだ?」

「……へっ?」

 真顔で返したらきょとんとされてしまった。何か間違っているだろうか。

「小夜子や靜は女子だから頼むわけにもいかないし、男子は男子で頼みづらいだろ? 卓しかいないんだって」

「え、いや、小夜子とか靜は同性だから頼みやすいんじゃ……」

「同性って言っても感覚的には今も異性だし……それに、アイツらに頼んだら絶対ベッタベタとあらぬところまで触ってくるからなあ」

 体育前後の更衣室でのことを思い出して、思わず苦笑が漏れる。

「あ、あらぬところ……?」

「脇腹とか太ももとか背中とか。おっぱいも揉まれたな。おもちゃにされてるみたいで結構嫌なんだよ。触られると体がゾクゾクして勝手に跳ねるし」

「は、跳ねる……」

「そうそう。ビクンッて魚みたいに……って卓、目が充血してるぞ。大丈夫か?」

「あ、ああ、だ大丈夫。鼻の代わりに目に血が回っただけだ」

 意味が分からん。でも卓が大丈夫と言っているのだから大丈夫なのだろう。

「まあとにかく、そんなわけだからよろしく。はぁー、よいしょっと」

「お、おう。って、座るときにうちのばあちゃんみたいな声を出すな。しかもあぐらかよ」

 机を挟んだ対面に座りながら卓が母さんと同じセリフを吐いてくる。

「いいじゃん別に。家だから気が抜けるんだよ」

「俺がいるんだから少しは気を……って太ももを掻くな」

「ニーソのゴムのところが締め付けて痒いんだって。あーもういいや。脱ごう」

 部屋は床暖房が効いていて暖かい。ニーソを脱いで素足になる。

「開放感っ」

「だらしねぇ」

「女なんてこんなもんだって」

 足を伸ばしてばたつかせる。我ながら小さな足だ。

「お、おい……見えてるぞ」

「ん? ああ、ごめん」

 いつの間にやらスカートがずり上がり、上からでも少しばかり白のパンツが顔を覗かせていた。

「卓はパンツに興味ないんだったな。ごめんごめん」

「いやそういうわけでは――」

「やっぱりおっぱいだよな!」

「いやそこまで力入れるほど好きでも――」

「じゃあ同じおっぱい好きとして、協力してくれ!」

 小夜子から借りた雑誌を開いて卓に渡す。

「お前って本当に人の話聞かないな……」

 あれ、睨まれた。しかし受け取ってくれたということは協力してくれるということなのだろう。うん。

 話を進めることにする。

「んじゃとりあえず読んでみるか」

「はあ? お前まだ読んでないのかよ」

「どうせなら卓と読もうと思ってね。さてさて……」

 丸いテーブルに沿って卓の隣まで移動し、横から雑誌を覗き見る。

「お、おい。なんで隣に来るんだよ」

「隣じゃないと見づらいだろ。僕小さいし、そんなに邪魔にならないから気にすんな」

「そういうことじゃなくて、近すぎ――」

「えーとなになに」

 ぐだぐだと五月蠅い卓を無視して読み進める。

 おっぱいを大きくする方法にはいろいろとあるらしい。外からの刺激で大きいする方法、中からの作用で大きくする方法、生活習慣や食べる物で大きくする方法と様々。牛乳を飲むと大きくなるということだけは知っていたが、こんなにあるとは……というか牛乳は効かない? マジで?

「うーむむ……。うん?」

 やたら視線を感じるので顔を上げてみれば、卓と目が合った。

「さぼってないで卓も読めよ」

「べ、別にさぼってねーよ。ええとその……コ、コンタクトしてるんだなって」

「コンタクト? あぁ、カラコンのことね。なんで分かった?」

「近くで見れば黒目の周りの白目のところにコンタクトの輪郭が見えるんだよ。奈月って目が悪かったのか」

 ほうほう。コンタクトは近くで見られると入れてるかどうか分かるのか。たしかにコンタクトを入れた後で鏡を見たら線があったような気がする。

「目が悪いんじゃないよ。これカラコンで度は入ってないし」

 卓には見せても良いだろう。勝手に判断してカラコンを取り出す。……あ、鏡ないと難し、って痛っ! 指が目に刺さった!

 多少苦戦しつつもなんとかカラコンを外して顔を上げる。卓が息を飲んだ。

「……凄いな。緑に赤。猫みたいだ」

「目からビームとか出せそうだろ?」

「中二病かよ」

 猫よりビームの方が格好いい。

「親が目立つから隠しとけってさ」

「納得。これは目立つわ」

「目立つのがいいのに」

「目立ちすぎるのも考えものだと思うぞ」

 一理ある。だからカラコンなんて面倒な物をしているのだ。

「……ところで、その目は他の誰かに見せたのか?」

「ううん。家族と病院以外では卓だけ」

「そ、そうか。俺だけか。俺だけ……」

 うん? なんだコイツ。ぶつぶつ呟きながらニヤニヤとして。

「まあ、その、なんだ。……カラコン外すのは俺の前だけにしとけよ」

「言われなくてもそのつもりだけど?」

「そ、そうか。……それなら良かった」

 はにかんだ卓の頬が赤い。暖房が暑いのだろうか。設定温度を下げよう。

「よし、それじゃ頑張って奈月の胸を大きくするか」

 リモコンでエアコンの温度を下げていると、卓が嬉々として雑誌のページを捲り始めた。何この突然のやる気。別に良いけど。


 ◇◆◇◆


 一通り雑誌を流し読みした僕は顔を顰めた。

「どれも面倒そうだなあ。なんかこう一発でバッと大きくなる方法はないのか?」

 雑誌の特集に載っていた方法はどれも一朝一夕で出来るものではなかった。どれも毎日の繰り返しで少しずつ効果を期待するものであり、中には短期間を売りにしているものもあったが、それでも月単位を要した。

「簡単にできるなら女子も苦労してないって」

「ふーむ。まあ、そりゃそうか。誰だってすぐ出来るなら世界中の女子が巨乳だもんな」

「いや、誰も彼もが大きい方がいいとは思ってないと思うが……」

「ボインへの道は遠く険しいって事か」

 腕を組み唸り声を上げる。もちろんなんとなくはそんな気はしていた。しかしそれを目の当たりにすると理不尽だと叫びたくなる。元からボインの人とナインの人。格差社会ここに極まり。

「諦めるのか?」

「冗談。おっぱいを手に入れた僕は最強無敵。その夢目指さずして何を目指すのかっ」

「来年のセンター試験とか」

「ぐっ……」

 嫌なことを思い出させる。この前の模試の結果が芳しくなったのであまり考えないようにしていたことをよくも……。

「先月の模試、ギリC判定だったんだろ?」

「な、なんでそのことを……」

「お前頭良いんだし、ちょっと本気出せばA判定なんてすぐ取れるだろ。こんなことしてないで勉強した方が有意義――」

「しゃーらっぷ! クラストップのA判定め! 悩みがない奴には分からないんだよ! この受かるかどうか微妙なラインの結果のせいで絶対無理ですと言われるよりもむしろ気になって気になって仕方なくておっぱいを大きくすることで気を紛らわせようとしている僕の気持ちが!」

 机に置いてあったマッサージ器を手に取り卓に突きつける。彼は呆れ顔だった。

「途中まではまともなのになんだそのオチは……」

「模試の結果は気になるけどまだ一年あるしなんとかなるだろってこと」

「気にしてないじゃねーか」

「そうとも言う」

 いちいち気にしてたら髪の毛がいくらあっても足りないのだ。

「そんじゃまあ、一つ一つやっていきますかね」

「やってくのかよ」

「一つ一つは効果が薄くても、やれるもの全てやれば相乗効果で早くなるかもしれないだろ?」

「やらないよりはマシか……」

「そうそう。ということで一つ目から……大豆を取る、と」

 大豆にはイソフラボンが含まれていて、女性ホルモンに似た働きを期待できる。そのためおっぱいが大きくなるらしい。

「女性ホルモンがおっぱいを大きくするのか」

 つまり僕には女性ホルモンが少ない? 納得なようなそうでもないような。

「大豆ってことは……納豆か」

「ノー! あんなネバネバして腐った臭い豆なんて食べられるか! ここは西日本だぞ!?」

「匂いは分からんでもないが、味は結構いいぞ? って、西日本にどんな意味が……」

「卓は味はいいからとくさややシュールストレミングが食べられるのか?」

「くさやはともかくシュールなんとは食べたことがないが、たとえが極端すぎるだろ」

「微妙なものを比較対象にしても首を傾げられるだけじゃないか。納豆と沢庵とか」

「あー、まあ、たしかに。沢庵も嫌いなのか?」

「僕は浅漬け派だ」

 袋に入れたきゅうりに液体を入れて揉むだけ簡単出来上がりという方が好きだ。

「沢庵の方が手間も時間もかかってるっていうのに」

「時間かけたら上手くなるってもんじゃないんだよ。ラーメンなら麺がのびる」

「茹でると漬けるは違うだろ」

「汁に浸すという意味では同じだ」

「期待する効果が違う」

「そんなことよりおっぱいの話をしよう」

「そ、そうだった。悪い。……ん?」

 卓が首を捻る。無視して雑誌に目を落とす。

 大豆を摂取するには、納豆以外に豆腐や豆乳を飲んでも良いらしい。

「豆乳か。母さんに買ってきてもらおう」

「豆乳な」

「豆乳の方が効果がある気がするんだよ。目指せプラシーボ」

「効果ないじゃねーか」

 そんなことを言ったらプラシーボさんに失礼だ。彼は有能なのに。

 ページを捲る。

「キャベツを食べるのも効果あり、と。キャベツは美味しいからこれなら簡単そう……って一日一玉かよっ!? あほか!」

 思わず雑誌を叩いてしまった。雑誌を置いてある木製のテーブルの容赦ない反撃に手のひらが痛む。

「生で一玉か。これはキツイな」

「この記事書いたヤツ、絶対アホかスローフードマニアだ!」

「それを言うならベジタリアンだろ」

「ベジタリアンだとベ○ータのファンみたいじゃないか。僕はピッ○ロ派だ。ハゲで葉緑体持ってそうなのに格好いい」

「微妙な評価だな」

 居酒屋メニューの生キャベツでも二皿くらい食べたらお腹いっぱいになるのだ。一玉なんてどう考えても食べられるはずがない。

 さっさとページを捲る。

「猫背を治す? 僕は犬派で姿勢がいいからパス」

「犬はまったく関係ないが、まあ奈月は猫背じゃないから関係ないか」

「ホルモンの分泌を促すため十時までに寝る? だいたい九時には寝てるからパス」

「早いなっ!? 今時小学生でももっと起きてるぞ?」

「若い内から夜更かしすると老けるのも早いというのに……次は、と。マッサージか」

 モノクロのページにはいくつかのイラストと共に、特別効果的だというバストアップ法が紹介されていた。マッサージの他にも体操や筋トレ、ツボ押しによる方法なんてものもある。

「うーん……なんか面倒そうだ」

「胸を大きくしたいんじゃないのか?」

「一応一通りやるけど、さすがにこれ全部を毎日は無理かなあ。……ツボは風呂に入りながらが効果的、か。じゃあ毎日風呂でこれをしつつ腕立てでもしといて、他のを交代で試してみるか」

「マッサージはしないのか? これとか簡単そうだが」

 卓がとあるイラストを指差す。さらっと見たところ、おっぱいを持って揺らすマッサージのようだ。これなら簡単そうだし毎日……ん、揺らす?

「揺れるほどあるかぁー!」

 危うく机をひっくり返しそうになるのをすんでの所で堪える。

「そ、そうか。そうだったな。悪い」

 卓がそそくさとページを捲る。次からはカラーのようだ。モデルがたいそうな笑顔を貼り付けて変な器具を持っている。それは二叉の先端にローラーが……って、これ小夜子から借りた物にあったような。

 顔を上げてそれを探し、手に取る。やっぱりこれだ。

 雑誌には、これをおっぱいの上で転がすだけでマッサージになり、おっぱいが大きくなる、と書かれている。

「おっ。それ、このマッサージ器だよな?」

「うん。小夜子から借りてきた」

「ほーう。これ全部小夜子の物か……」

「そうだよ。あれ、言ってなかったっけ?」

「初耳だ」

 初耳とな。……あ、これってもしや、ダメなパターン? 後で小夜子に怒られる流れ?

「ええと、卓。今のは聞かなかったことに……」

「分かってるって。小夜子には言わない」

「さすが卓! 持つべき者はブラックコーヒーが飲める友達だよなっ。エメラルドマウンテン買ってやろうか?」

「それ砂糖ベッタベタじゃないか……」

 僕的にはあれでもかなり苦いのだけど。

「それで、このマッサージ器はどう使うんだ?」

 興味津々といった風に卓がマッサージ器に目を向ける。

「んー。ちょっと待って」

 雑誌に使用方法が書いてあった。それを読む。

「胸の上を転がせばいいみたいだ。よし」

「ほー、それなら簡単そうだし、続くんじゃ――ってなにしてんだ!?」

 卓が慌てて僕の制服を掴んだ。

「おいこらっ。服が伸びる!」

「お前こそ何脱ごうとしてんだよ!?」

「脱がないとできないだろ?」

「脱がなくても見様見真似はできるだろ!?」

「なんでそんなことするんだよ。実際やってみれば――」

「いいからとにかく脱ぐな!」

 なんで卓はこんなにも焦ってるんだ……? しかしこれ以上服を伸ばされるわけにもいかないので、大人しく従うことにする。制服から手を離すと、卓もほっとした様子で僕から離れた。

「まったく……。……やっぱり服の上からやってもイマイチ」

 コロコロとマッサージ器に取り付けられたローラーを胸に当てて転がしてみるが、予想通り刺激をほとんど感じない。

「それプラスチックだろ? 錆びないし、ツボ押しと一緒に風呂でやったらいいんじゃないか?」

「風呂か。なるほど、そうしよう」

 風呂でまた一つやることが増えてしまった。今日から長風呂にならないよう気をつけないと。

 このマッサージ器については他に特別な使い方もないようだ。

 続いては専用の吸引器を使ったマッサージ法。先ほどのマッサージ器同様に、またカラーページで大きく取り上げられいた。さっきといいこれといい、何か金の匂いがする特集だ。

「えっと、カップを胸に当てて吸引させることで胸を大きくします、と……。あ、これかな。変な機械だと思ったら、吸引器だったのか」

「吸引って、引っ張り出すって事か? 凹んだ車じゃあるまいし、ひっぱってでかくなるものなのか?」

「誰がカルデラおっぱいだっ!」

「一言もそんなこと言ってねーよ」

 ちなみにカルデラとは火山の噴火によってできた窪みのことだ。有名なところだと阿蘇山が世界最大級のカルデラを有している。つまりカルデラおっぱいとは、一般的に膨らみを持つはずのおっぱいが膨らまず小さいままのそれが、むしろ抉れているんじゃないかと皮肉った言葉なのだ。だから決しておっぱいの小さな子には言ってはいけない。言ったが最後、仏の顔が般若になるだろう。

「トイレのカッポンだって中に詰まったモノを吸い出すんだ。だったらおっぱいだって吸い出されるはずだ」

「その理屈はおかしい」

「小さなおっぱいは本当に小さいんじゃないんだよ。ただ発展途上なだけなんだよ。何か刺激を与えれば、きっと大きくなるんだ」

「誰にだって個人差はある。奈月、現実を見ろ」

「夢を見ることを忘れて、人は生きていく意味があるのだろうか」

「誰が哲学しろって言った」

 卓があまりにも夢のないことを言うからだ。まったくノリの悪いヤツ。

「じゃあ大きくなるかどうか、実際に使って――」

「ストーップ! だから脱ぐなって! 機械任せなら特に難しいことはないだろうし、試しにやる必要もないだろ!?」

「いやでも吸引されるとどんな感じか知りたいし」

 吸引する必要のないものを吸引するのだ。痛みを伴うかもしれない。痛いのは嫌だ。

「後でやれ後で。ほら次」

「強引だなあ。あーもう、はいはい」

 渋々次のページに進む。次が最後のようだ。

 でかでかと『効果抜群!』なんて書いてある。これが本命らしい。いったいどんな物を売りつけようというのか。

「……揉む? それだけ?」

 最後のバストアップ法はとてもシンプルだった。胸を揉むだけ。それだけでおっぱいが大きくなるらしい。さっきのマッサージ器と吸引器の立場が……。

 と、よく読めば続きがあった。ただ揉むだけじゃ効果はなく、『男性』に揉まれる必要があるらしい。しかも性的に。

 なるほど、だから僕一人じゃ出来ないのか。これなら服を脱ぐ必要もないし、卓に拒否されることもないだろう。

「よしっ、卓さっそくやってみ――って顔赤っ!?」

 卓の顔はゆでだこのように真っ赤に染まっていた。外に出たら頭から湯気が出そうなほどに。

「温度下げたのにまだ暑いのか?」

「い、いや、そんなことは」

 会話もしどろもどろ。視線も定まっていない気がする。

 ……これはまさか、熱?

「ちょっと失礼」

「ひょ!?」

 奇声を上げる卓の額に手を当てる。ううん……分からない。

「さらに失礼」

「ひょえ!?」

 両手で卓の頭を固定して、額と額を合わせる。

 卓の額大きいな。額というか顔? 額が大きい、広いだと卓がハゲてるように聞こえてかわいそうだ。

「ちょ、ちょちょ、おまっ」

 卓の壊れたラジオのような反応的には熱があって然るべきなのに、くっつけた額の温度は僕とそう変わらない。ちょっとだけ温かくはあるけど、熱というには低い。

「奈月、なんでこんなことっ」

「ん? 熱を計ってるんだよ。うちでは昔からこうやって計ってるから。お前んちではやらないのか?」

「や、やらねーよ。体温計で計るに決まってるだろ」

「一応うちもそうなんだけど、欲しいときに限って近くになくて、とりあえずこれでって済ませるんだよ」

「へ、へー。……それより、そろそろいいんじゃないか? 計れただろ?」

「あ、うん」

 両手と額を離し、卓を解放する。やはり熱はない。しかし卓の顔は依然として赤かった。

「なんで赤いんだ?」

 訳が分からず首を傾げる。

「いや、奈月も気づけよ。普通分かるだろ?」

「なにを?」

「はあ……」

 失礼にもため息を吐かれてしまった。

「そんなんだから神経図太い鈍感野郎って言われるんだよ」

「言ったのは卓じゃないか」

「俺が言わなくても誰かが言ってただろうよ」

 そんな馬鹿な。

 卓は僕を一瞥した後、言いにくそうに口を開いた。

「……じ、女子の部屋で二人きり、しかもこんな近くに座られ、胸の話で揉むとか揉まないとか。あげくにベタベタ触ってこられちゃ、健全な男子なら誰だって緊張するだろ」

「あーなるほど。そりゃたしかに――」

 …………うん?

「はい?」

 納得しかけて、よくよく考えると納得できなかった。

「落ち着け卓」

「俺は落ち着いてる」

「顔を真っ赤にして落ち着いてると言われても困る」

「頑張って落ち着こうとしてるんだよ察しろ!」

「そんなこと言われても」

 睨まれてまたため息を吐かれた。さっきより深く。

「奈月。お前、自分が女だってこと、忘れてないか?」

「忘れてないよ。だからこうしておっぱいを大きくしようって話してるんだろ?」

「やっぱり分かってねぇ……」

 卓ががっくりと肩を落とし、項垂れた。と思いきやすぐに顔を上げて僕を指差すと、

「お前、女」

 次に自分を指差し、

「俺、男」

 そして交互に指差して、

「俺とお前、男と女で、異性」

 一音一句はっきりと区切ってそう言った。

「……ううん? だからそれぐら――」

 唐突に頭の中で何かが弾けた。きっかけは異性という言葉。なんのことはない単語。その単語が、ふいに今までの卓と繋がった。

「な、なるほど……そうか。そういうことか」

「やっと分かったか」

 卓の表情が幾分緩むと同時に赤味を増した。そんな彼を指差して声を上げる。

「つまりお前は僕に欲情してるのか!?」

「そうだけど違ぇ!!」

 今までで一番力のこもった否定を返された。僕は自分の体を守るように両腕を胸の前で交差する。

「こんなかわいい僕と二人きりで興奮しないはずないもんな! って二人きり!? 襲われたら誰も助けてくれないじゃないか! まっ、まさか卓。いや、間違いない、卓!お前僕にあんなことやこんなことをするつもりなんだろ!?エロ同人誌みたいに! エロ同人誌みたいに!!」

「やるか! んなこと!! 凹むぞ!」

「あ、それは後々面倒なのでストップ。冗談だって」

 若干本気で怒っているような気もするのでここまでにしておく。

「しかし、まさか卓が僕のことを異性として見ていたとは驚きだ」

「外見が完全に女なんだぞ? 見ない方がおかしい」

「いやいや。ただの顔見知り程度ならいざ知らず、一年の頃から付き合いのある卓なら男友達としていた期間の方がずっと長いから、むしろ女として見られないんじゃないかと思ってたんだけど」

「俺もそう思ってたよ。でもほら……見た目はそんなだろ? 女にしか見えないんじゃこうなっても仕方ないだろ」

「ふーむ。そんなものなのかな」

 自分のことじゃないからどうもピンとこない。誰かに聞いてみたいところだけど、同じような状況下になった人がいるとは思えない。比較対象がないのであれば、卓のことを信じるしかないだろう。

「まっ、そういうことにしておこう」

「しておいてくれ。だから俺の前でも 行動には気をつけろ」

「二人きりになって卓に襲われないように?」

「違う! 下着とか見えないように工夫しろってことだよ!」

「あーはいはい」

 ちぇっ。家と卓の前でくらいは気を張らなくていいやと思ってたのに。でも仕方ないか。卓からしてれば目のやり場に困るのだろうし。……ああそうか。それで最近よく目を逸らしていたのか。ガン見してやればいいものをまあ……。なんて純情なヤツだ。

 ……よし。

 僕はこっそりニヤリと笑う。

「よし、そんじゃ一段落ついたところで揉んでみようか。ほれっ」

 卓に向かって胸を突き出す。

「ちょっ、おまっ、人の話聞いてたか!?」

「ほれほれ。小さくてもちゃんとしたおっぱいだぞ。靜にも形と感度はバツグンと褒められたおっぱいだぞ」

「かっ、感度……。いやいやいや! だから無理だって言ってるだろ!」

「あははは。ほんと卓は女に対して免疫ないな。純情まっしぐら! 童貞野郎!」

「最後のはやめろ!」

 慌てふためく卓が可笑しくて、僕は声に出して笑った。


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