理由
「それだけでもないようだな」
仲間がたくさん現れている。いや、俺たちの喧嘩がなくとも、最初から待機していたのだろう。
「そうだね」
クウは適当に答える。
ランチェスター戦略。簡単に行って相手の人数より自分たちの人数のほうが大きければ有利というもの。3対8以上。これだけ用意すれば勝てると踏んできたのだろう。頭の悪い戦略に見えるが、戦いの際によく使われる。勉強時間が多ければ頭がいいのと同じようなもの。
よくよく見てみると、相手には家で出会ったフォールとクリアがいる。
「ソラの言う通りだったのかもな……。ソラ、敵の特徴を」
「ダイチ、あの茶髪の攻撃に気をつけて。めちゃめちゃ強いけど、がまんしてればダイチはじめつする。代償。他にも、炎だけじゃなくて、風にあたると痛いから気をつけて。水に当たると、毒みたいに体力を奪われる」
何もない空中から岩が現れ、悠真に向かってくる。しかし、相手は苦しそうな顔をしている。代償なのだろう。
もちろん、それだけで攻撃が止まるわけではなく、クリアが自分は痛みを感じないという能力を駆使して、炎、水が風に乗ってやってくる中をくぐり抜けて、格闘技を仕掛けようとしてくる。さらに、マリオネット、アンデッドの攻撃を仕掛けてくる。特に凝った作戦はないが、普通に厄介。
「本当に、デタラメかよ。術……優香ですら倒せてないじゃねーか」
一瞬で決着がつく。
「だから、その言い方やめてほしいな」
「ほざけ、運ですべて決まったくせによ」
「実力も運の内。その言葉好きだぜ……なぜ、こんなことしているのか少し教えてくれないか?」
「……この世の中は生きづらいと思わないか?」
「……そうだな」
なんともありきたりなセリフを言っているのだと悠真は思うが、とりあえず相手に同調する。
「術と術はなんで区別されているんだ?」
「そもそも性質が違うからな」
「ああ。でもそれじゃないと思う。術はその人の過去を。術はその人の親を表しているようなもの。術にはユニークなストーリーがある。なんで、当たると痛い風という術をもっているのか? なんとなく想像つくだろ? それに加えて、経験を表す髪、価値観をあらわす目を見れば、更に想像がつく。生まれるときは真っ白でも、多くの人が黒髪になるなんて面白いよな」
「そうだな。それは共感できる」
自分も含めて。
「~家の人間。血を引き継いでいるやつは。特別な術である、術をというものを使うことができる。それは術とは違い、最初から持っているもの。練習をせずに、一回も転ばずに、自転車にのることができるようなものだな。
なぜ、これに抵抗しないどころか、それを見て、かっこいいと思ってしまうのか。本来なら、これを否定すべきなのだろう。もし、否定をしなかったら、権力者を肯定することになる。政治家の息子だから、貴族の息子だから、この幼稚園に子どもを入れてあげよう。特別な扱いをしてあげよう。そんな事が起きる。それどころか、昔はもっとひどい貴族社会だったはずだ。
往々にして、物語には、用いられ、自分たちは受け入れる。それどころか「かっこいい」「あんな風になりたい」と思う。決してなれないのにそんなことを思ってしまう。僕も含めて」
「なにが言いたい?」
悠真はそう応える。
「術を身に着けたとしても、寝る間も惜しんで、好きでもないが、成功するためにそれに取り組む、努力の話が美化される。エジソンの『99%の努力と1%のひらめき』という名言を僕たちは、努力を偉大だという意味でとらえる。努力をしたとしても、1%のひらめきがないと、結局何も意味がないという意味では考えない。努力し、努力し、努力する。ただ、現実はお金持ちの家に生まれたほうが成功する。睡眠時間を削らずに、楽しみながら、なにかに取り組んでいる人のほうが成功する。それどころか、睡眠時間を削れば体を壊すし、寿命が短くなる。命を削る代わりに成功を手に入れるか、命を削らずに成功を手にする。なのに、そんな理不尽をたたえ、尊敬・称賛する」
クウは愚痴る。
「ああ。そうだな。もし、努力をすれば、成功すると思い込めば思い込むほど、失敗したら、その人のせいにされる。成功と同様に、失敗も運とか確率の問題なのに。実力主義の闇側の側面だな。アメリカの格差になるかもわからない。だったら、もとから人には才能がある。それを認めて、大多数の凡人は才能がある人をほめ、高い税金を収めてもらって、そのおこぼれにありがたく、預からせてもらえばいいんじゃないか?」
「そうだな」
「君がやっているのは、ただの復讐だ。言っていることとやっていることが違う。君はソラという才能がある人をたたえ、才能に預かればいいんじゃないか?」
「復讐。そんな単純なものじゃないよ。才能がある人は、ない人を助ける義務がある」
「まあ」
「それが果たされていると思う?」
「完璧には思わないな」
「そうだろうな、君は術なんだろ? 誰か人に還元しているのか?」
俺は思わず黙ってしまう。
「だろうな。どこか、いい家の出身なんだろうな。術が親の世代から、氷の家系か? うらやましいよな。かっこいいもんな。強そうだもんな」
「親はいない……いたとしても、俺は親から術を引き継いでいない」
悠真は少し震えながら答える。
正確には親はいる。親はいるが、あんなやつ親だとは認めたくもない。
「あ? 聞こえなかったんですけど」
「違う」
否定する。
「僕も同じだね」
「……なら、なんでこんなことしている? 社会への復讐のつもりか?」
怒りの感情から他の感情になり、戸惑いの感情を見せる。
「術を使ったって、現実世界に復讐なんかできないさ。政治家を見てみろ。国の中枢の人ですら、術というものを知覚することはできない」
クウは、決して国を馬鹿にしているわけではなく、それだけ重要な人ですら、存在を知ることすらできない。いや、具体的には術は誰にでも話せるし、実践してみることもできる。しかし、術の性質上、基本的に現実世界に影響をおよぼすことはできない。及ぼすことができたとしても、ソラのように、それは個人のソフトスキルなど、コミュニケーションスキルが高いと判断されるだけだ。だから、お前中二病なの? と思われるだけだし、実際に思われたことがある。研究者に話しても、たしかに面白いけど、論理がまったくないんじゃ信じてもらえない。というか、論理なくて信じてもらえたら、研究者ではなく、ただのオカルトの人になってしまうだろう。
とにかく、術というものは、お金持ちの人が貧乏な人に向かって、努力すれば誰でも億万長者になれるよ。というくらい胡散臭いもので、術使いではないもので、心の底から信じているものなどいない。
「ただ、社会への復讐……それもありかもな」
「そうか、後悔しないことを祈るぜ」
復讐は無駄だというのは簡単だ。それよりも、復讐をすることによって後悔するという事実がある。死ぬときに後悔するのは、もっと勉強すればよかった、働きすぎなければよかった。それ以外に、もっと自分のために生きればよかった。復讐は他人のために生きるということでもある。
「そうだな。ソラがいれば、もっといい未来が来るだろう」
「ソラは術の持ち主だ。術を憎んでいるなら、ソラを憎む理由にはならないはずだ」
しかし、クウは動揺を見せない。それは、もとからソラは術だと知っていたからだろう。
「ああ、でも、あんなの運だろ。ソラは勝者だ」
その瞬間、悠真は理解する。運……確率……。それには、勝者と敗者が生まれる。
もし、クウがソラと同じような過去を経験しているとしたら?
「空」
ただそうつぶやく。空っぽ。
なぜか涙が出てくる。
「なぜ泣いている?」
「 」
「感情移入でもしたか?」
「君の術は相手のことが何となく分かるんだろ? 感情・本心・術・考えていること等」
「ただ、それは完璧じゃない」
「なら、俺の気持ちを察してくれないか?」
「完璧じゃないんでね」
「ソラを利用しようっていうんだろ?」
「ああ」
悠真はその言葉に反応してしまう。
「そうか。なら、一旦頭冷やしてみるか?」
敵を殺そうとする。
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