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第二話 いざ、未知の花園へ



 「は~い、いらっしゃいまし」


 縁起のいい名に惹かれ、勇気を振り絞って売春茶屋「招福屋」に入った代之助に、店の女が声をかける。


 彼の方を振り向いた店の茶汲み女は、いかにも垢抜けない、遊び慣れていない風の勤番侍の代之助の顔を一瞥すると、すぐにニッコリと営業用の笑みを浮かべた。



 「お侍様、どうぞおかけくださいまし、すぐにお茶を・・・」


 「・・・あ~・・・し、少々遊びたいのだが・・・」


 「あ、はいはい、そちらの方でございますね・・・それではお侍様、どうぞ奥へ・・・」


 招福屋は、はたして表向きは普通の茶屋であるが、裏で私娼を置いている「あいまい茶屋」であった。

 早速女が手配をしようと二階に上がりかけるところを、代之助は慌てて止める。


 「い、いや、ちょっと待ってくれ・・・」


 「・・・は、はい・・・なんでございましょう?」


 「この茶屋のご亭主と、そ、その・・・娘達を全員集めてくれないか」


 「は?主人と・・娘全員でございますか?ま、まさかこの茶屋の娘を総仕舞・・・ってわけでもなさそうでございますが・・・おほほほっ!」


 「いっ、いや・・・そうではないが、とにかく頼む!」


 「はいはい、よろしゅうございます、ただいま主人を呼んでまいりますので少々お待ちを」


 一見して、金などあまり持っていない勤番風情の下級侍と判る彼の身なりをみて、女は彼の意図が判らず首をひねる。

 それでも奥にいる主人の所へ行ってその旨を伝えたようだ。



 「これはお侍様、いらっしゃいませ、手前がこの招福屋の(あるじ)でございます」


 そう低い落ち着いた声で挨拶をしたのは五十を少し過ぎたくらいの恰幅のいい初老の男だった。

 彼もまた最初の女同様、この田舎侍が売春茶屋にやってきて、自分を呼び出した理由を腹の中で探っているようだった。


 ・・・この頃は中間(ちゅうげん)はおろか、三一(さんぴん)侍などにも、なにかと因縁をつけて強請(ゆす)りをはたらくような性分(たち)の良くない者も少なくない。


 「忙しいところ済まぬが、ご亭主・・・折り入って頼みごとがあるので、この店の女を全員集めてきはくれまいか?詳しい事は人払いをしてからお話し申すから」


 「ほう、この店の女共を、全員でございますか?・・・はいはい、承知いたしました、幸いまだ日が高いので二階にはお客様はお一人もおりません、いま店の女共を集めてまいりますので・・・おい、お文、こちらのお侍様を二階の大座敷にご案内してくれ」


 さすがに主人ともなると落ち着いたもので、この田舎侍が何を言い出すのかは判然としないものの、彼の言ったとおりお膳立てをしたのだった。



 代之助が一人、不安な面持ちで二階の座席で待っていると、ほどなくしてガヤガヤとかしましく二階への階段を上ってくる声と足音が聞こえてきた。



 「お待たせいたしました、お侍様、この店の女はこれで全て揃いました・・・八人でございます」


 二階の大座敷に集められた娼婦達は、歳は下は十八くらいから、上は三十路を少し超えているらしい大年増まで様々だった。

 その美醜も千差万別だが、岡場所の娼婦などに目を見張るような美人などいない。

 それでもみな精いっぱい化粧をしているのが、女慣れしていない代之助にはひときわ妖艶に、まるで弁天様のように美しくに映った。


 彼は女達の濃厚な髪の油と白粉(おしろい)の匂いに酔いながら口を開く。


 「さて、ご亭主、そこの女子(おなご)達も・・・そなたたちは口は堅いかな?」


 「はい、お侍様、手前共もこのような下賤な商いをいたしてはおりますが、お客様の信用が一番でございます、お侍様の身の上に差し支えるようなことは一切他言いたしません、この女達も同様でございます・・・なあ、お前達、そうだろう?」


 主人が鋭い目で女達に促すと、どの顔もおずおずと首を縦に振った。



 「そうか、ならば・・・いや、他でもない、拙者、ある藩の勤番で相原 代之助と申すもので今年二十七になる・・・が、妻もいなければ・・・自分の恥を申すと・・・この歳になって、まだ女子(おなご)との、その、ま、まつりごと(性交渉)を致したことがないのだ」


 代之助は彼等の前で自分の恥を晒すことに激しい抵抗を感じたが、言葉に詰まりそうになるたびに先ほど参詣した観音様を思い出しながら言い切った。


 二十七で嫁がないのはともかく、童貞とは・・・よほどの変人か、女嫌いが、儒教に凝り固まったお堅い侍などは別として、それはこの時代としては大変奇異な事である。


 ましてや代之助は醜男(ぶおとこ)などではなく、むしろ男ぶりの良い、決して悪くない顔立ちなのだ。


 「・・・はあ・・・」


 「・・・・」


 主人もどういう反応をしていいのか困ったように押し黙り、普段は口さがない娼婦達もチラチラと横目で同輩達と顔を見合わせている。

 代之助は、この重苦しい雰囲気に耐えられなくなったように正座していた膝を崩す。



 「手前がこの歳まで嫁の来手もなく、女子の味も知らないのは・・・この忌まわしいモノのせいなのだ!」


 彼は思い切って着物の裾をはだけ、胡坐(あぐら)に座り直して(ふんどし)をずらし、陽物を主人と女達の前にさらけ出した。




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