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6、宿願

 廊下の突き当たりにある実睦の部屋。しかしそこには実睦の姿は見当たらなかった。


(そのまま部屋にいるはずがない。奴はどこにいる。そもそも金剛の部屋に用もないのに何故慎理は結界を分解したがっていた?)


 ふと、慎理は義旺との取り引きで礎石を引き合いに出した。義旺が求めているだけではなく、慎理の目的には何かしら礎石が関係していたのではないか。


(だとすれば、やはり礎石は当主の部屋ではなく、屋敷の中心にある中庭か)


 義旺はまた走った。中庭ではまだ戦いが続いている。使用人達はもう早い段階に皆が逃げ出したのだと分かった。それはおそらく実睦が指示を出したから。


 中庭に繋がる戸を開くと、普遍的な枯山水が広がっていた。けれどもそこには当主の部屋と同じ結界が張られている。もう一度術符を使う。そして結界の中に入ると先程とはまるで違う景色が広がっていた。


 敷かれている白い砂利は赤く染まり、血の海が広がっている。その血溜まりの真ん中に倒れていたのは長い白髪の女。


 そしてその傍らに、刀を持って背を向ける男と、その足元で項垂うなだれ座り込む慎理が居た。


「慎理!」


 倒れて死んでいたのは百合香だった。獣化したまま殺されたようで、髪が変色し、白目を剥き、牙をむき出しにして死んでいた。


 そして慎理と百合香の傍で、刀を持った男が義旺に背を向けたまま問いかける。


「やはり手を貸していたのはお前か、義旺」

「実睦、貴様!宣旨五家の当主を殺して、タダでは済まないぞ!」


 ようやくこちらを向いた実睦は返り血を浴びながら不気味に笑っていた。普段の彼から想像もつかないような表情だった。


「君は当主の座について間もないから知らないかもしれないが、術士がまともに床の上で死ねることはないんだよ。それにこれは百合香への報いだよ」

「百合香はお前を愛していただけじゃないか」

「いいや、慎理を殺そうとした。黙って報われない愛に夢想していればよかったものを、とうとう一線越えてしまった」

「お前だってとうの昔に道を踏み外した。金剛を殺したのは実睦、お前だ。そうだろ慎理」


 慎理はようやく項垂れていた顔を上げる。その目には涙の跡があった。


「そうよ。私の両親を殺したのも、金剛の死体を操ったこの男よ。でもこの男は()()()()()()()()

「何だと」


 慎理は射殺すような目で実睦を見やる。


「この男は礎石の邪念よ。代々紫錠家の当主に取り憑いているの。普段は息を潜めているけれど、依代がこの結界の中に入った時に深層心理から完全に現れて、金剛の死体を下僕しもべに表の人間を引っ掻き回して面白がっていたのよ。礎石の邪念を倒すにはこの結界の中に入る必要があった」


 すると実睦は興味深そうに目をきらめかせた。


「いつから気付いていたんだい?僕が金剛の死体を操って君の両親を殺したと」

「金剛の姿を見た時からよ。人間離れした空気だった。誰かが操って糸を引いていることは確かだった。黒幕が礎石の邪念だと気付いたのは兄様が私に婚約を申し込んできた時。兄様は礎石と同じ霊力を纏っていた。前当主の金剛が握っているはずの礎石の霊力を、兄様が纏うのはおかしい」

「驚いた、君はそこまで詳細に霊力を見分けられたんだね。だから夢で僕を殺そうとしていたのか」


 義旺はハッとした。金剛がすでに死んでいる以上、実睦に呪詛を飛ばしていたのは別の人間だ。そしてそれは慎理だったのだ。


「夜中に眠る兄様を見た時、お前の霊力を感じた。そして夢の中でお前が存在していられるのだと気付いた。でも毎夜うなされて、本当はずっと前から私が呪っていると気付いていたんでしょう?」

「確証は無かったけどね。てっきり僕が金剛の孫だからかと思っていたよ」


 実睦は薄ら笑いを浮かべて慎理の顔をぐっと掴む。慎理は歯をむき出して実睦を睨んだ。


「どうして私を止めなかったの」

「この僕に呪いをかけられる実力の持ち主なんてそうそう居ないからね。すぐに潰すのは勿体ないから素性を確かめるまで泳がせていたんだ。でも呪っていたのが君だと知って、僕は逆に君がいじらしくてたまらないんだ。これが恋というものなのかな?」


 慎理は目を剥き、実睦の手を打ち払って後ろへ飛んだ。


「気色悪いこと言わないで!やっぱりお前は妖だ!まともじゃない!百合香さんだって殺す必要はなかった!お前の本性を見ればお前への恋慕も消え失せたはずだ!」

「でも本当の僕を見せたかったのは君だけだった。本当の僕を受け入れて貰うためにね」


 すると実睦は術符を取り出して霊力を込める。そこから小鬼が三体現れ、義旺へと襲いかかった。義旺は金剛から奪った刀で応戦するが、小鬼のすばしっこさに手こずる。


「義旺!」

「お前は実睦から気をそらすな!」


 ハッとした慎理、目前には新たな手を繰り出そうとする実睦が迫っていた。


 慎理は懐刀を取り出し自分の手を切った。そして自分の血を実睦に浴びせる。


 するとその血が突如炎となって燃え盛った。


「僕を焼き殺そうと言うのか。だが甘い!」

「!」


 実睦はすぐに炎を消して、霊力を固め槍の形へと変形させ慎理を突き刺そうとした。しかし慎理は術符を握り結界を張って食い止める。


「強い結界だね。さすがは迅宮家当主の手製だ。だがまさか僕を殺そうとしていた君がこれで手詰まりなはずがないよね?」


 すると慎理はニヤリと笑った。


「私の強い霊力を含んだ血がそう簡単に振り払えたと思ったら大間違いよ」

「何っ」


 先程消え去った炎の後から金属の棘のようなものが飛び出した。


「うぐっ!」

「その棘はお前の身体を徐々に蝕み、やがては覆い尽くして息の根を止める」


 しかし苦しそうなのは慎理も同様だった。


「ははは!自分の命を犠牲にして僕を殺そうって言うのか!いいだろう、一緒に地獄に落ちようじゃないか!人間とはどこまでも哀れだな!アッハッハッハッハッ!」


 高笑いする実睦に、慎理は目に涙を浮かべる。


(いやだ、こんな奴と一緒に死にたくない!)


 すると、突然実睦の首がポロリと床に落ち、ゴトンと鈍い音がした。


「え……」


 実睦は自分の首が落ちたのに気付かずまだ笑っていた。しかし一秒後、息が止まり動きが止まった。そして実睦の身体から棘が蒸発するように消えた。慎理の息苦しさも消えた。


 実睦の首をはねた男を見やる。


「義旺……」

「お前がとろいから代わりに殺させてもらったぞ」


 虚ろな目をして死んでいる実睦。実睦が義旺に殺されたことで呪いは成立せず、慎理は助かった。


(でも──)


 助かったのに、慎理は瞳からこぼれたのは涙だった。


「どうしてあなたが手を汚すのよ。そうやって自分から鎖を背負い込む。三年前のあなたはもっと自由な人だったじゃない」






 義旺は慎理の言葉の意味が分からず困惑する。この女と三年前に会った覚えはない。


 ふと実睦の遺体から何かが飛び出す。


「何だ!?」


 蛇に足が生えて不気味な歩き方をしているがとても素早い。


「あの蛇、礎石を抱えているのか?」


 慎理はハッとした。


「生き物じゃない。あれは礎石の元となった妖の邪念の化身よ!実睦の身体を捨てて逃げ出したのよ!」


 すると蛇のような妖は実睦と百合香の死体をパクリパクリと次々飲み込む。


 驚き、言葉も出ない義旺と慎理。今目の前で何が起こったのか分からなかった。そして蛇は最後に礎石を飲み込み、突如として巨大化した。


(まずい!)


 逃げなければならないと本能が叫んだ。


 義旺は慎理を見やると驚いて固まっていた。


「来い!」


 意識を引き戻された慎理だが足元がおぼつかない。義旺は仕方なく慎理を抱えて走って外に出た。


 蛇は巨大化を続け、とうとう高さが建物五階分ほどの大きさになった。


 屋敷を出ると、紫錠家での騒ぎを聞きつけた雅子と遭遇した。


「あなた達!」

「雅子さん!」


 雅子は二人を見て目を丸くする。


「義旺、あなたがどうしてここに!慎理まで!二人とも怪我は無い!?」


 慎理は義旺に降ろされこくりと頷く。


「私たちは大丈夫です。それよりどうしてここに雅子さんが?」

「紫錠家で騒ぎになっていると藤郷本家に通報が入ったの。でもまさかこんなことになっているなんて。あの蛇は礎石の化身じゃありませんか!」

「分かるんですか?」

「何十年も藤郷家当主を務めていますからね。実際に目にするのは初めてですけれど、それにしてもあんなに大きくなるなんて」


 義旺は雅子に尋ねる。


「あの蛇を殲滅する方法は無いのですか?」

「礎石とは元々強い霊力を持った妖を練り固め、結界の基礎にしたもの。妖達にとってそれがどれだけの屈辱と恨みであったか。それは歴代の宣旨五家当主たちですら、生贄を捧げる他どうにもならないほどのものだったわ」

「つまり手立ては無いと」

「残念ながら。……あの様子だと実睦は死んだのですね。当主から離れた礎石が暴走したなど過去に例がありません。ここからどんな大変なことになるのか、あたくしも想像もつきません」


 雅子の隠していた情報量はともかく、その雅子ですら手がないというのが問題だった。


 ふと、雅子が引き連れてきた藤郷家の術士が後ろでヒソヒソと話しながら慎理を見ていた。


「やはり三年前に生贄を殺してしまったから」

「まだここに嵩薙の出で紫錠に養女に行ったあの娘が居るじゃないか」

「今ならまだ間に合うのでは」


 慎理の顔から一気に血の気が引く。皆の視線が慎理に向いていた。


「──己の一族から生贄を出すつもりがないなら口を出すな!」


 一喝して黙らせたの義旺だった。その言葉に慎理は驚いて義旺を仰ぎ見た。その横顔は険しかった。義旺の言葉に雅子も頷き同調する。


「そうです、生贄なんてものに甘んじて問題を先延ばしにしてきた罪は宣旨五家にあります。それを慎理に押し付けるのはお門違いです」


 当主にダメ押しされ、とうとう術士たちは何も言わなくなった。


 巨大な蛇は紫錠の屋敷を踏み潰しながら大きな鳴き声を発している。屋敷も燃えて、炎の中に居るのにビクともしていない。まるで炎の盾に守られているように見えた。


 誰もが手立てがなく手をこまねいていた。


「──私が生贄になります」


 そう言ったのは慎理だった。


「慎理!」


 雅子が血相を変えて引き止める。


「そんな考えはよしなさい!」


 しかし慎理の決意はすでに固まっていた。


「元々亡き母が生贄として『務めを果たす』はずだったのが、私に受け継がれただけ。きっと私が今まで生きながらえたのは今日この時まで力を蓄える為だったんです」

「バカおっしゃい!短い期間とはいえあたくしはあなたを実の娘のように育てました!娘をむざむざ生贄に差し出せるものですか!」


 雅子の目には薄らと涙が滲んでいる。慎理は微笑んだ。


「藤郷の家で育てられた御恩を忘れた日はありません。だからこそ私にやらせて下さい。放っておけば藤郷の敷地にも影響が出ます」


 雅子は唇を噛み、義旺を見やる。


「義旺!あなたも何かおっしゃい!」


 だが、今度の義旺は止めなかった。


「務めを果たすと言ったな。生贄としてただ死ぬつもりじゃないんだろ」

「ええ」

「手を貸してやる」


 慎理は目を瞬かせ、雅子も義旺の言葉に驚いていた。


「私はあなたとの取引をふいにしたのに?」

「お前には借りがある。俺は借りを残すのが嫌いなんだ」


 慎理はニッと笑った。


「じゃあその借り今返してもらうわ。任せて。これは我ら嵩薙家の宿願。必ず礎石を鎮めてみせるわ」






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