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フローズン  作者: 志野 友一
第一部 ハカセの異常な環礁 または俺はいかにして病死するのを止めて隣人を愛するようになったか
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 簡単な身の上話などをしているうちに昼時になったので各自食べ始めたが、三人は食後も話し足りない様子で、俺を囲んだままだった。何せ「外」から同じ境遇の人間が新しくやって来るのはおよそ一年ぶりらしく、特にコウタ以外は俺と同じく東京周辺に住んでいたということもあって、地元はどんなところかとか街の様子は今どうなっているかといった話で質問攻めに遭っていた。しばらく話したところで、そろそろ疲れてきた旨を申し出ると、三人は特に嫌な顔をすることもなくめいめい部屋に戻っていった。

 俺は食器を下膳口に戻すと、自分のいる建物を出てみることにした。

「ホーム」と呼ばれるこの建物は、一階にロビーと食堂、二階に大浴場とランドリーと娯楽施設、三階に「生存者」各人の個室があるという造りで、フロア案内から察するに個室は全部で一二部屋あるようだった。一階のエントランス前にはマンションのようなポストが設置されており、試しに「306 ミナガワ」のボックスに掌をかざすと、カチャリとロックが外れる音がして扉が開いた。もちろん中は空だったが、隣の「305 デイヴィッドソン」(ヤスオ)のボックスには何やら分厚い封筒のようなものが入っているのが隙間から見えた。「304 タカラヅカ」(ミノル)「303 エルナンデス」(コウタ)から一つ空けて、「301 タカハシ」のボックスも一応設置はされていることに気づく。

 その真裏には、エントランスの扉と隣り合うような形で投入口が並んでおり、どういう人間がどう運んでくるのかはわからないが、とにかく「外」から取り寄せたものはそこに届けられる仕組みらしかった。

 建物の外観は内装から想像がついたようにシンプルではあったが、思ったほど年季が入っている様子はなく、どちらかといえば小綺麗なものだった。背後には南国らしい森が続いており、その向こうには小高い丘が伺える。

エントランス前からはそれなりに手入れされた芝生の庭が広がっており、タイル敷きの遊歩道が伸びた先はアスファルトで舗装された広い道路に続いていた。沿道にはヤシの木がずらりと並んでおり、道路の向こう側には砂浜と海が見えた。

 ゆっくりと遊歩道を歩き、道路を渡って(つい癖で左右を確認してしまったが、もちろん車など通っていない)堤防の階段を下り、砂浜を踏む。ティナが言っていた珊瑚礁だろう、赤茶色の模様がまばらに見える海は穏やかに凪いでいて、空は雲一つない快晴だった。日本ではそう見られない、くっきりとした水平線を見つめながら、俺は砂の上に腰を下ろした。

 照りつける太陽を少しだけ疎ましく思いながら、俺はここ半日ばかりの間に起きたことを反芻する。

 死ぬはずなのに生きていた。死んだ妻に瓜二つの少女に会った。しかも彼女に、自分が不老不死になったことを宣告された。そして見知らぬどこかの島で、外界との連絡を絶たれたまま、いつ終えるとも知れない長い永い余生を過ごさねばならなくなった。そして、そこには自分以外にも同じ境遇の人間がいて、和気藹々と暮らしていた――。人生最後のつもりで遊び呆けた二ヶ月間よりも、明らかに密度の濃い数時間だった。まったくもって、俺の理解を超えている。

 強い日差しを浴びていたこともあって軽い目眩を覚えた俺は、いったん「ホーム」に戻ることにした。


 水分を摂り、念のためミネラルウォーターのペットボトル(これも食堂のフリー自販機で手に入った)を持つと、俺は再び「ホーム」を出た。

 改めて見渡してみると、裏手の森の向こう、丘の中腹あたりに、何やら人影のようなものが動いているのが見えた。

 おそらくあれが、タカハシと呼ばれていた、残る一人の生き残りだろう。この極小のコミュニティでどこか疎外されたようなその存在に何となく惹かれるものを感じ、俺は()に会いに行ってみることにした。


 しかし、背の高い草を掻き分けて獣道を進んだ先、訪れた灰白色のテントの前で鉢合わせした相手は、少年ではなく()()だった。

「……何ですか、あなたは」

 怪訝そうに俺を睨め付ける彼女の顔は、頬のあたりを中心に泥か何かで薄汚れていた。うっすらと汗の筋が浮かぶ紺色の半袖Tシャツに茶色のハーフパンツ、革サンダルという出で立ち。胸元に光る四角いペンダント以外に飾り気は皆無で、セミロングのストレートヘアも埃にまみれている。ただ、小柄ながらにどこか大人びた雰囲気があって、顔立ちも比較的整っているように思えた。

「……ああ……今日、ここに来たばかりのミナガワという者だ。よろしく」

 何をどうよろしく頼むのだろう、と自分の言葉に違和感を覚えつつ、当たり障りのない挨拶でお茶を濁しておく。

「そうですか……ようこそ、と言うのも妙ですけどね。私はミオ・タカハシ。あまりお会いする機会もないでしょうけど、どうぞよろしく」

 警戒心を隠そうともせずにそんな口上を述べると、彼女はそれ以上何も話したくないというようにテントの中へと姿を消した。


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