4
ここに常駐する世話役だという、若い黒人の大男がカートに載せて運んできた食事(ジャム付きバターロールにハムエッグ、サラダ、コーヒーというオーソドックスなものだった)を食べ終えて一息つくと、男にややぎこちない口調で言われていたとおり、トレイを持って食堂の下膳口まで運ぶことにした。
俺がいるのは、小規模なホテルのような建物の三階で(というのは、トイレに行く際に自分の部屋番号が“306”であることを確認して把握していたことだが)、アンゴラ出身のリカルド・アクワと名乗った世話役の男によれば、一階に食堂がある、食べ終わったらそこに食器を返しに行け、昼からはそこで食べろ、時間はいつでもいいが夜は一一時を過ぎると食べられない、朝は七時半からだ――とのことだった。
そして一階に降りていき、案内板に従って食堂に近づくにつれ、大きくなっていく話し声があることに気づいた。
「……だもんで、俺、マジビビって……」
声も口調も得意じゃないタイプだな、と思いつつ食堂の中を覗くと、そこにはまさしく俺と――今の俺と同じくらいの、つまりは一五歳くらいの少年が三人、プラコップを片手に談笑している姿があった。
「あ、ども、ちーす……あれ、もしかして、噂のミナガワさん、スか?」
俺が中に入ると同時に声をかけてきた、ひときわ声も背も大きい、赤茶色の髪と青緑色の瞳をした少年が、興味深げな目をこちらに向ける。
「……ああ、いかにも、俺がミナガワだ……察するに、あんたらも“F”で死にそこなった連中か」
さすがっスね、と、何に対するのかわからない賞賛を浴びつつ、俺は三人の脇を素通りして、奥にある下膳口へ向かった。
「あ、ども、俺、ヤスオ・テイラー・デイヴィッドソンっス」
「コウタ・エルナンデスです」
「ミノル・タカラヅカです」
そのまま踵を返し、出口に向かいかけた俺を取り囲むように三人は立ち、順々に名を名乗ってきた。
「……ヒロキだ。ヒロキ・ミナガワ。新参だが、よろしく頼む」
「ひゅーッ、かっけーッ」
素直に感心しているのか単に茶化しているのか、もうひとつ読めない口ぶりでオーバーなリアクションをするヤスオという男に若干の苛立ちを覚えつつ、俺は半ば強制的に食堂のテーブルに着かされていた。
「お茶とかいりますか。あ、あそこの自販機が、お金を入れなくても好きなだけ飲めるんで」
ミノルに言われ、十代の頃に行った献血ルームみたいだな、などとぼんやり思いつつ、何か炭酸を、と頼む。
「俺、二八歳なんスよ。まあ見た目は一五歳っスけどね。ミナガワさん、確か七五歳っスよね。何かこう、外見は同じ一五歳でも威厳があるっつーか、人生の大先輩って感じっスね」
「……そうか……」
気のない返事をしていたところに、ミノルがメロンソーダを持って戻ってくる。
「僕は四八歳です。コウタさんは五六歳、でしたっけ」
「そう」
他二人に比べると少し太り気味のコウタが、艶やかな口元を緩めてにこやかに肯く。言われてみれば、それぞれの服装のセンスには本来の年齢が感じられるようにも思える。
「まあそんな感じで、ミナガワさんはここで最年長ですね」
メロンソーダのプラコップに口をつけつつ、ふと湧いて出た疑問を口に上せる。
「ん……ここにいる四人で、全部なのか?」
「あー……」
「リックもいるっスよ、あの、黒人の」
厨房で新聞を読んでいる世話役のリカルドを指さしてヤスオが言う。
「いや、そうじゃなくてな……」
よく喋るわりに話の流れが追えていない奴だな、と呆れていたところ、少々言い出しにくそうに口ごもっていたミノルが口を開く。
「実は、もう一人いることはいるんです。ただ、やたら浮世離れしてるというか……裏の森にテントを張って、自給自足に近い生活をして、めったに顔を見せないんです」
「あー、タカハシさんスか。俺、マジ素で忘れてたっス」
「一応、あの人がここの最古参なんだけどね……」
けらけら笑うヤスオと、どこか神妙そうな顔つきの他二人とを見比べて、俺はますます興味を引かれていた。