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碧に呑まれた世界にて  作者: いづな
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旅路の岐路、『二人』の終わり

 『死晶体』――――それは、言うなれば『世界崩壊の種』。

 西暦2503年、ダイヤモンドよりも硬度が高く、鉄ほどの融点を持つとして開発された『万能人工金属』。

 住宅やビル、道路、家具、インテリア――――様々な場所で活用され、さらには世界的な著名人たちもその性能を紹介し、世界的に有名な物質としてその名を轟かせた。ここまでが約5年間のこと。

 そこから500年近く経てば、『死晶体』が常識として浸透されるのはもはや自明だった。

 都から地方まで、街の至る所で碧く輝く結晶を見かけ、それは何時しか世界の『当然』へと化していた。

 そんな中、どうにかその『死晶体』を改良し、何時か我が物にせんと努める、一人の名も売れぬ科学者は、『災厄』へと繋がるものに手を出した。

 それが『AI』――人工知能。

 彼はそれを『死晶体』に埋め込み――そこから年月を重ね、結果、世界で初めての『意志のある金属』を生み出した。

 もちろんその成果は、世界から褒め称えられるようなものだった。

 その技術は鉱山、深海、未開の地――人の到達できぬ自然の境地で主に投じられ、人工知能はそこで学び、進化し、人間が要らずとも動ける物にまで成長を遂げた。

 そして西暦3411年、とある事件が地方の研究所で発生する。

 その時古今東西あらゆる所で、このことが報じられた。


 ――――『死晶体』が研究員を突然包み込み、殺害。研究員5名は全員死亡。研究所は全てのものが『死晶体』で覆われた――――と。

 『意志のある金属』は、遂に物を――人を飲み込み、その全てを『死晶体』へと変えてしまう、最強の人造兵器へと成り下がったのだ。

 その日から長い長い歳月を経て、ようやく世界は『碧』に染まり――――結晶世界(クリスタルアース)、通称『死晶期(ししょうき)』が到来した地球。

 長い間日光は指さず、そのため死晶体に呑まれず生き残った生物という生物も、余さず凍死させられた。

 しかし、今の地球の促進は、そんなことでは停滞されない。


 西暦は死晶期が到来する前の地球から数えるならば、6190年余。

 今この場所に生物がいるのだろうか、いるとしたら何だろうか。やはり生命力の高い生き物たちは、こんな劣悪以上の環境下でも生きていけるのだろうか。

 この燦然たる輝きで覆われた世界に、正しい光をもたらしてくれるのだろうか。

 そんな無音が定着した世界に、ふと1つ。


「…………ここもダメか……」


 厚いコートに分厚いブーツ、ネックウォーマー、手全体を覆う黒の手袋など、真冬通り越し北極地を感じさせる一人の青年が、沈黙を打ち破るように足音を響かせ、落胆混じりの息を吐く。

  と、その時青年の右手から一つ、青年の元に向かってくる人影が見えた。


「――(あるじ)、ここにもう生物らしきものはいないっぽい」


 その人影の正体は、青年を『(あるじ)』と呼称する小柄な少女。青年とは対象的に、真夏を思わせる白のワンピースのみの服装をしている。

 その少女の言葉に青年はふむ、と考え込み、やがて顔を上げた。


「あと2日はこっちの進路を行ってみる。いつも通り、何か見つけたら教えてくれ」

「はーい」


 少女の無邪気な声音の返事に一度頷くと、青年は白い霧が立ち込める正面の景色に目を向け、強く、青く固まった地面を踏みしめる。

 曇りや疲弊が見られる青年の顔に、密かに少女が心配の目線を向けながら。



 ◆  ◆  ◆



「ふむ…………位置的にここか。ここもダメ、と……」


 その夜、隆起した死晶体を掘り起こして作った簡易テントの中で、大きな紙を広げて青年はペンを走らせる。

 そんな青年の名は、蒼井(あおい) (しょう)。今この『死晶期』が終わった世界で、ただ一人――いや、一人と一体(ひとり)で旅をしている。

 刃物を連想させるような鋭い目をし、その奥の瞳孔は青色という、一般的に見れば少々変わった顔立ちをしているのだが。

 それ以上に変わっている点と言えば、そもそも彼は、人類を見たという記憶がない。

 端的に言えば、いつの間にか延々と死晶体が広がる世界にただ一人寝転がっていた、という感じだ。


「主ー、お腹すいたー。ご飯ー」

「おっ、すまんすまん。もう少し地図を書きたいから先に食べててくれ」


 と、焚き火を間に座り込んでいる少女の名は、セフィラ。

 白のワンピースが目立たないほど白くキレイな手足をしていて、普通の人が見れば思わずアイドルか何かかと思ってしまうほど整った顔立ち、体つき。さらには驚くほど可愛さが溢れる声をしており、まさに完璧超美少女と言った人物だ。

 ――――正確に言えば、彼女は人類ではない。

 触れてみても普通の人間と大差ない感触をしているが、その実、彼女の体は『死晶体』でできている。

 そのため実際に熊らしき生物に噛まれたこともあったが、さすがは自己再生できる『万能人工金属』、結局はものの二日で完治している。非常に特殊な体質の持ち主だ。


「…………キドリの燻製……」

「…………もうちょっとだけ待ってろ。」

「食べたい…………」

「……………………」

「…………食べたい」

「あー分かったよ!ちょっと待ってろバッグ持ってくるから!」

「わーい!主大好きっ!」


 そんな絶望のような環境で特殊な体を持ちながら先の見えない旅をする二人だが、中身はただの人間。

 ケンカこそしたことないが、多少なりとも言い合いを繰り広げたこともあった。

 それに、今のようにセフィラが好物をねだって翔が根負けするということもしばしば。


 そんな彼らの旅の目的は、他の人類を見つけること。


「それで、地図はどんな感じ?」

「ああ……。あの森から250キロぐらい離れたところだと思うが……」

「もうそんな進んだんだねー。それで、多分北に向かってる?」


 茶色く硬質な見た目の、先程ねだっていた『キドリの燻製』を齧りながら身を乗り出して地図を覗くセフィラ。


「そうだな。当初の予定よりも短いペースで来られてるから、当分はこのまま進むっていうのもありだが……」

「でもいつ食料不足になるか分かんないから、温存のために早めに拠点に戻るのもありだよね」

「まぁ最低でも2ヶ月保つように食料選びはしたし、『嫌な想定外』さえなければなんとかなると思うけどな」


 そう言いながら、翔はポケットから巾着袋を一つ取り出し、中の角砂糖をポップコーン感覚で口に放り込む。

 ちなみに日が落ちている間にこうして今後の予定を考えるのは、定着しきった彼らの日課だ。進行方向や引き返すタイミング、気候によって装備品をどう変えるか、こういう状況になったらどうするか――――話し合うことは山ほどある。

 もちろん全部を全部話していたらキリがない。それに、こんな精神が擦り切れるような環境の中では、何らかの影響で事前に決めた予定が振り出しに戻っても不思議ではない。

 彼らはこの『旅』を日常だと思い、二人で行動することによって、擦り切れそうなその精神を繋ぎ止めているのだ。


「はぁ~っ…………。私も人間になれたらよかったのに」


 大人の掌ぐらいはあるサイズの燻製をあっという間にたいらげると、しっかりと空に星が映るような時間帯、セフィラはため息を混じらせた。


「また柄にもないこと言うな。なんかあったのか?」


 その問いに首を横に振るセフィラを見て、翔はおもむろに目を伏せる。


「お前は確かに寝なくとも生きていけるし、食事を取らずとも人間よりかは長く生きられるだろ。しかも身体能力は人離れだし、何よりどこからともなく生成した金属で武器やら何やらが作れるし」

「んー…………確かに、そうなんだけど……さぁ…………」


(何やら一段と暗いご様子で)

 このネガティヴ加減はどうにかしたいところだな、と呆れ混じりのため息を、セフィラにバレないようにつく。

 

「いつか他の人間と出会って、主以外と生活するようになった時、『奇妙な物』扱いされたら……嫌じゃん……?」

「奇妙な物、ねぇ……」


 この発言で、昔は俺も『奇妙な物』扱いしてたとは死んでも言えなくなったな……。


「まぁ、そんときは俺も一緒に『奇妙な物』扱いされてやるよ。お前が俺以外と食ったり寝たりする光景は想像できないがな。」

「わぁ主がすっごいエモいこと言ってるーパチパチパチ」

「この雰囲気お前が作ったんならせめてノれよ!!」


 あはは、と柔らかい笑い声が、二人の世界の中で反響する。

 翔の求めるセフィラは、前向きで、明るい性格を持つ。彼はきっと彼女に落ち込むことがあってほしくないんだろう。


「はいはい、もう遅いから俺は寝るよ。見張りは頼んだぞ。」

「……うん、おやすみ」


 ――やはり、彼女が『死晶体』で構成されているという話は、にわかに信じがたい。

 そもそもこうして会話出来ていることが普通ではないと言うのに、人間のような悩みを抱えているのであれば尚更のこと。


 彼女の下がった声音でのおやすみは、翔の心に少し引っかかっていた。



「――じ――、―るじ――!」

「…………ッ――?」

「主っ!!」

「うぉっ!?」


 その翌朝――とおもいきやまだ暗い星空が目に入り、焚き火が残っていることを確認した途端、まだ日付は変わっていないと気づく。


「おいおいどうした……?時間ぐらいちゃんと見ろ……」


 さすがに理由もなしにこんな時間に叩き起こされるのは御免だぞ――と心配しつつもセフィラを見やると、当の彼女はそんなものに意を介さないほどに興奮した様子だった。

 

「いや、主! 見て!」


 何なんだ一体――。

 もはや呆れ混じりの心境で晶は仕方なく体を起こし、焚き火を消してからその上を乗り越え、入り口から顔を出した。


「…………」


 だが特に変わりはない。今日も辺り一面は青く輝いているし、星だって配置は平常なはず。景色の奥にうっすらと赤みがかった光がある程度――――

 ――――『赤みがかった光』――?


「…………灯りが、ある……?」


 決して眩しい星明かりではない。しかし死晶体に反射した青い光でもない。

 例えるなら『火』に似た色の明かりが、空に昇っているのが見えた。

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