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碧に呑まれた世界にて  作者: いづな
1/3

崩壊と未来への兆し

「――――はっ……はぁっ…………はっ……!!」


 生物という生物が眠る深夜の森の中には、一人の少年が息を切らす音のみが響いている。

 口の中を満たす血の味や体中の擦り傷、体力が底を尽きて尚走り続けた結果に起こった酸欠、それによる頭痛など、そんなことを気に留める様子も無く、ただただ走っていた。


 そんな少年の表情は、耐え難いような、悲愴な恐怖に溺れている。


「ッ……ぅあ、げほっ…………はっ…………はぁ…………。」


 勿論、既に少年はまっすぐ走れるような――――否、動けるような体ではない。

 吐露した自身の血なんかを気にしている必要はない――。

 そう言わんばかりに、倒れかけた体を残り少ない自制心で無理やりにでも起こす。


 否、起こさなければならない。


 ――いや、彼の後方には、決して未知の生物が居たわけでも、ゾンビが追いかけてきたわけでもない。そもそも森に響くのは本当に少年によって発される音のみ。それ以外の音は何もない。

 しかし、少年は追われていた。

 それは謂わば、人類には耐えがたい悲劇を産んでしまった――――苦痛の『塊』。

 人々の死と未練を運び、確固たる意志を以て世界への浸食を繰り返す、妖しく光り輝く碧色の『塊』。


 ――――その数年後、『死晶体(ペークシス)』と名付けられるもの。


「……うあっ…………!!」


 最早彼の憔悴しきった心身では、碌な明かりも届かない夜の森に潜む足元の起伏などは分からない。

 そのまま少年は足を大樹の根に取られ、抗う術もなく、無様に地面へと転がった。

 その弾みになくなった集中が、不幸に彼の体中の神経という神経を一瞬のうちに活性化させ、全ての感覚を鮮明なものにしてしまった。


 痛い。

 辛い。

 苦しい。

 死にたい。

 楽になりたい。


 体のそこかしこから大量の血が溢れ出り、震え、指一本すら力が入らないまま、多様な苦しみが体を支配していく。


 ――これが、今まで見てきた『あの塊に呑まれた人達』が体感した感覚なのだろう。

 このまま自分も、この不気味な『碧』に呑まれて朽ちていく運命だろうか。

 生を授かり16年間、今までの少ない人生でできなかった数々の後悔も晴らせず、このまま両親や兄姉(きょうだい)のように、命を宿さない、ただの塊へと成り果てるのか。


「――――嫌だ」


 気づいた時に少年は、潰れきったはずの喉を振り絞り、そう呟いていた。

 未だ草木を、鳥を、ありとあらゆる生命を呑み込みながら向かう塊を、『碧』を睨みつける。

 もうこれで最後だ、終わりにしようと。

 言い聞かせた途端に動き始めた体を繋ぎ止めた意識一つで操り、立ち上がる。


「――――俺はまだ、生きていたいんだ!!!」


 決して恐怖に背を向けず、そして抗え。

 いつかこの我が身で、人の温もりと愛情を感じるために。

 救えなかった愛する人を救うために。

 そうして少年は『碧』に呑まれ――――。


 再び世界は静寂に包まれた。

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