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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第81章 操られる教徒たち

 

「インガル!!」


 水竜の叫びが聞こえる。


 唄が終わっていた。


 空の【水の宮殿】は巨大な水竜を覆う鎧と化していた。


「インガルはもういない」


「お前を殺す!」


 インガルを、ヨハナを、ローザモンドを、アドネを、ハドゥマを葬った。


 インガルに涼音と呼ばれたこの水竜も転生者の類だろう。


 オデュッセウスの中にはいくつかのスキルが増えていた。

【山を掴む手】、【獣の提供者】をオデュッセウスは得ていた。


 水竜が空でぐるりと身体を回転させた。背びれの鋭い切っ先から濁った色の無数の棘が放たれた。オデュッセウスはそれを防御もしない。回転した水竜へ向かって一直線に走る。


 山神ノ錫杖が水竜の腹の辺りに突き刺さっている。その輝きが目印のようになって空に光っていた。


 オデュッセウスは力を込めた。

 蛇鱗に覆われた手足、長い尻尾、竜の翼、鹿の角、身体は人間の大人より大きいが水竜よりは小さい。全身には力が漲っている。


 どんと勢いを付けてオデュッセウスは水竜に迫った。

 右拳で殴りつける。

 兜の面の上からではそれほどダメージを与えられない。水竜の腹に突き刺さる山神ノ錫杖を有効活用するべきだと思った。


 衝撃に首が動いた水竜だがそのままぐるりと横に動いて尻尾を振るう。水竜の一撃は【神域の一撃】によって神の一撃のように高まっている。


【水の王】によって尻尾は水の棘が作られている。尻尾を受けるとオデュッセウスはその尻尾を掴んで振り回して地面の方へと投げつけた。


 水竜は地面に激突する前に体勢を立て直してオデュッセウスへと水の槍を投擲した。鋭い切っ先はオデュッセウスが左手を振るうだけで消えていく。


「涼音、と言ったか?」


「わたしの名前を気安く呼ぶな!!!」


 オデュッセウスは笑った。怒りが見えるのは少なからず対象を不快にさせたのだろう。その不快が見られるようでとても愉快だった。


 思えばこの水竜は今やオデュッセウスの働きによって孤独の身である。その孤独に怯える転生者を見るのは面白いように思った。


「怒っているのか?」


 涼音という水竜は答えなかった。


 オデュッセウスは彼自身は認めないが涼音に興味を抱いていた。

 見るからに獣だ。魔獣の身に人の魂が入っている。

 なぜ、そうなったのだろう。そのままでこれまでどうやって保っていたのだろう。

 こんな歪な心身で自我を保って居られたのか。


 疑問は尽きなかった。


「答えないんだな。会話をする気はないのか?」


「お前を相手にするつもりがないだけだ!」


 叫ぶ水竜は空に浮くオデュッセウスに向けて水弾を放つ。

 豪速で迫る弾を避けながら降下して横に着くとその横腹に蹴りを繰り出した。


 鎧の上からでも衝撃は伝わっている。水竜は微かな呻きを漏らす。


 翻って今度は水の巨大な槍を出して突いて来る。それを掴みながらオデュッセウスは左腕を突き出した。


「虎狼の大牙」


 伸ばした左腕が巨大な狼の頭部となって涼音の頭部を噛み砕こうと迫った。

 涼音は迫る巨獣を避けるために繋がっていた水の槍を分離した。

 水の槍は涼音から離れた途端に支配を失って水として地面の土に染み込んでいく。


「化け物め」


 涼音が言う。


「俺は化け物じゃない。お前はどうなんだ?」


「わたしは化け物じゃない。わたしは人間だ!」


「人間?」


「そうだ、わたしは人間だ!」


「人間だと? どこが人間なんだ?」


 オデュッセウスは攻撃の手を緩めた。答えを促して。


「わたしが人間だと思っている以上にそれを証明するものはない!!」


 それはいつかオデュッセウス自身も言ったような言葉だった。それが似た境遇の者の口から出るとオデュッセウスは変な同族意識を抱くのだった。情けが湧いて来るような気になって力が緩む。


「わたしだけが知っていれば良い。わたしを理解してくれる人だけが知っていてくれれば良いんだ!!」


 大地が震えている。


「お前を殺す!」


 涼音が迫る。

 オデュッセウスは彼女を迎え撃つために構えを取った。


 涼音は吠えた。

 すると、ぎこちない動作で教徒たちがぞろぞろと集まり始めた。涼音を囲って守る陣形を組んでいる。だが、その様子は勇んで戦場へと言うよりも抗いがたい力によって無理やりに連れて来られたと言うのが正しい表情を浮かべていた。


「ふん。水の力か」


 オデュッセウスが指摘したように教徒たちは水に濡れていた。涼音は【水の王】の力を駆使して傀儡のように身体を支配して戦場へ連れて来ていた。


 何かぼそぼそと言葉を言っているようだがオデュッセウスには届かない。興味もないので聞こうともしないが表情とその抵抗する口は助けを求めていた。


 当然ながらオデュッセウスは全く助ける気がない。


「あああ」


「いやだあ!」


 などと言いながら腹の辺りに大きく鋭い水の棘を生やして走って来る。何人もそうしてやって来るのだった。


 オデュッセウスは飛び上がってそれを避けた。


 涼音が飛び上がったオデュッセウスへ向かって口を大きく広げて泣き始めた。


 すると、凄まじい波動が空中にある雨の水とオデュッセウスの身体に付いた水が振動して大きくなっていく。


 その振動はオデュッセウスの自由を奪うほどの振動にまで増幅されていた。


 開けられている口の先に水が溜められていく。それは離れたオデュッセウスにも最高度の危険を持った練度になっていた。

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