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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第62章 愉快な今世

 アドネは四方を岩盤に囲まれているこの場所までやって来ても優位とは思えなかった。

 岩盤を操作して獣が走るのを妨げていた。それでようやく追いつかれないで済んでいる。だが、引き離すことはできなかった。


 獣は壁や杭を無視して突き進んだ。どんな物でも今の彼を止める事は不可能だろう。


 最終手段をアドネは残している。

 機会を窺っていた。【岩の王】で岩石を操る事が出来るアドネはこの街の全域の地質を調べている。硬い岩質をアドネは望んでいた。そしてアドネはそこへ向かっている。


 獣はアドネを追い続けている。地下道の大きさは獣の身体には適さなかった。そこを無理やりに進んでいく。獣の身体は削れはしなかったが徐々にその地下道の径に適した形になっていた。怒り狂った獣は自分で身体の形を整える冷静さを持っていない。ただただ怒りに身を任せて突き進んでいく。


 アドネは勝機を感じた。だが、【勝利への道】は逃げろと告げている。逃げ続けるのにもこれは有効のはずだと踏んでの事だった。


 岩盤が地下道の補整された側面を突き破って迫って来た。

 アドネの思惑通りにその岩質は硬かった。飛び出て来た壁に獣が激突するが今度の壁は砕けない。


 獣の半身は岩に囚われた。だが、腕が伸びてくる。アドネは【渾身の一撃】を再び見舞う事を考えた。その隙は十分にある。


 獣の動きを止める事には成功した。まだ硬い壁にはヒビ一つ入っていない。


 それなのに【勝者への道】はまだ彼に逃げろと告げている。

 もう一度、一撃を見舞う事が出来れば情勢はアドネに有利に進むに違いない。と彼は形勢判断をした。


 岩盤で獣の全てを覆った。

 先ほどよりも数段上の力を込めてアドネは最後の一撃を準備した。


『囚われている』

『先ほどと同じだ』

『少し硬いな』

『だが、問題にはならない』


 獣は雑に蠢いていた身体を中心部に凝集させた。空洞が出来上がったがその空洞を埋めるように岩石群が迫って来ていた。


 燃えている。今までで最も熱く、大きく燃えている。何もかもを燃やそうとしている。痛みを、怒りを、憎悪を、ありとあらゆるものを焚べられた炎がうちにある。獣を構成するほとんど全ての魂がこの痛みの報復を望んで合力した。


『行くぞ』

『この一撃をあの男に!!』


 アドネが【死闘領域】を展開させた。


 囲う岩壁を打ち崩すために獣が力を込めた。大地が揺れている。

 岩壁にヒビがはいる。亀裂が広がり、左右に割れた。


 アドネの顔が見えて来た。

 右拳を引いている。打ち込んでくる気だろう。だが、獣も負けていない。すでに身体は少年の物に変えている。そして右拳を引いていた。


 2人の間にあった壁ががらりと崩れた。そして阻む物が無くなる。瓦礫が辺りに転がっていた。


 アドネが拳を振るって来た。ミケルはそれを僅かな身のこなしでアドネの身体の内側に潜り込む。アドネの一撃は凄まじいものだった。もし前回と同じように身体に受けていたら致命傷となっていたかもしれない。


 アドネの懐に潜り込んだ獣は渾身の力を込めた右拳をアドネの左胸元に叩き込んだ。


 アドネは避けなかった。いや、間に合わなかったと言った方が正しいかもしれない。さっと反射的に身を反らしたが彼自身が作り出した岩の壁に阻まれてしまったのだ。


 凄まじい音がした。それで全てが終わった。


 アドネの身体は獣の方へと傾いた。受け止める事をしない獣は沈むアドネの身体を避けて地面に転がした。


 微かにぴくぴくと動いている。


 獣はそれをゆっくりと包み込んだ。


『ここはどこだ?』


 アドネは暗闇である事に慣れていないのかもしれない。


 スーツを着ている中年男性だった。


『事故に会う前の姿だ』


 自分の魂の姿に驚いている。それが正しい形なのだ。それでアドネだった男は生きてきたはずだ。


『名はなんという?』


「末広志門だ」


『前世は楽しかったか?』


『いいや、楽しくなかったな。思い出したくもない』


『そうか。なら、今世はどうだった?』


『今世は………』


『今世は楽しかったさ。とてもな』


『それももう終わる』


 アドネこと末広志門は覚悟を決めているようだ。

 スーツを着ているが彼の鍛え抜かれた身体は分かる。


『どこに逃げるつもりだったんだ?』


 獣が尋ねた。


『お前は転生者を探していると言っていたな』


『そうだ、転生者を探している。そして殺す。今のお前のようにな』


『ふん。もう俺の場合はどうでもいい。ここには更なる地下がある。そこに行こうとしていた』


『なるほどな。更なる地下か。そこに仲間が居るんだな?』


『転生者は山ほどいるぞ。この街の中にも外にもな。その全てを殺して回るつもりなのか?』


『そうするさ。このうちの炎が消えない限りはな』


 獣の背後に大炎が燃えている。


 末広志門は恐れてそれを見た。


 そして彼は獣に飲み込まれていった。


 獣のうちにアドネこと末広志門が持っていた【岩の王】と【死闘領域】、【渾身の一撃】、【武神】が残った。

 またひとつの魂が去っていく。


 この先の旅路は長い。まだまだ旅立ちを望む者は多い。獣はアドネの言った地下の方へと向かった。

 アドネは真っすぐにこの道を進もうとしていた。だから、ミケルはその道を進み始めた。

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