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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第61章 勝者への道

 

 アドネの打撃は凄まじい一撃だった。

 ミケルの肉体は多くのスキルによって能力向上の恩恵とダメージカットの補助がある。それらを通してミケルの身体にこれまでにない大きな損傷を与えて来た。


 ダメージ、激痛、困惑。

 身体が抉れるような感覚を初めて味わった。

 それでも死には至らない。


 ミケルは笑った。それは獣の笑みであり、決して人間らしい笑みではなかった。

 肉体の損傷は激しい。彼らの魂の結合による肉体の構築が千切れてしまっている。その強い結合を引きはがしてしまうほどの一撃だった。


 胴体部分が空洞になっている獣をアドネは見た。彼の【渾身の一撃】で威力の高まった右拳は通常の人間なら間違いなく絶命に至ったものだったが獣が相手では分からない。


「お前はなんだ?」


 血が出ているわけではない。その空洞から臓物が流れ出るわけでもない。野性の中で身を置いていた経験のあるアドネは自然を知っている。自然の中の住人ではない。


 獣でも、人間でもない。


 アドネは本能的に退いていた。

 彼の【勝者への道】は追撃を告げていたがアドネはそれをしなかった。


 すると、ミケルの全身から絶叫が響いた。老若男女の声という声が、獣の絶叫で辺りは満たされた。


 ミケルを作る全魂たちが痛みに悶え、叫んでいる。痛みから逃れようと身体から手を、足を、頭を出している。ミケルの身体は凡そ人間とも獣とも言えない形となった。


「化け物め………!」


 無数の手足と頭が飛び出ている。男、女、獣のいずれかが見えていた。


 獣たちは冷静さを欠いていた。敵を討つ。この痛みを与えて来た敵を。

 獣の絶叫に心の底からアドネは恐ろしさを感じ、鍛え抜かれた身体はそれに震え上がった。


 ミケルの身体がぐわんとたわんで上体が揺れたかと思うとその勢いで身体は沈み込んだ。人とも獣とも動きが違う。アドネはそれがどういう姿勢なのか判断しかねた。


 とつぜんミケルの腕という腕がアドネの方へ伸びて来た。それは彼の千切れかけた上体から伸びた腕にまた別の腕が生えて、さらにそこからまた別の腕が生えて伸びていく。

 その歪な黒々とした無数の腕はアドネを掴もうとしていた。


 前転して避けるとアドネは岩盤を操作して獣に更なる追撃を与えようとした。あの千切れかけの胴体をぶった切ってしまおうと思った。

 それに彼の【勝者への道】が追撃を告げている。これに従ってさえいれば彼は勝者となれるのだ。


 岩盤が尖った棘となり、獣の胴へめがけて伸びていく。獣の千切れた箇所から伸びた別の腕がそれを打ち砕いた。

 獣が身体を振った。周りを囲んでいた岩石群がそれだけで砕け散ると解放された獣は天へと咆哮した。びりびりと響く獣の声。アドネの展開した【死闘領域】はたったそれだけで破壊されそうになっている。


 腹から伸びた岩の棘を砕いた腕が下半身を掴むと上半身の方へと引き寄せた。ぶらりぶらりと脚が垂れ下がって揺れている。かと思えば脚はクモのようにいくつも長さがまちまちで出ているのだ。


 鹿の角が飛び出ている。竜の牙が出ている。蛇の頭、人間のあれやそれが出ていた。


 正真正銘の化け物、神からの遣いとコードは言った。

 アドネは宗教を知らない。聖典を読んだのは十年以上前だ。祈りもその時に少しだけした程度だった。

 この街にやって来た時には既にインガルがいて話が合った。ここには数人の転生者がいる。


 アドネは前世でも今世でもこのような化け物は見た事がない。


 また岩石を取り出して放り投げた。打ち砕かれた。悪手だった言えよう。また一つ二つと投げる。また砕かれる。ほとんど無意味だ。時間稼ぎにもなりはしない。なぜなら岩石を投擲するアドネの腕は2本だけなのに獣の腕は無数にあるのだ。


 彼は武闘家であり、攻撃の手段は徒手になる。岩石系の攻撃も出来るがそれは決定的な物とはならない。相手をそれで拘束し、渾身の一撃を与えるスタイルでやって来たし、それが正しかった。


 だが、彼は触れたくないと思っていた。近づきたくない。致命的な恐怖心だった。それは攻撃の放棄につながる。


 アドネの頭に浮かんできた。アドネの【勝者への道】が彼に告げた次の一手は全力の逃走だった。

 このお告げに彼は従った。待ってましたと言わんばかりに駆け出していく。


 それを獣が許すはずがない。

【死闘領域】を解除して彼は自宅の奥へと走った。

 地面の岩盤を操作して地下道へと逃げ込んだ。獣は閉じていく穴に瞬時に入って行った。


 身体を細く鋭くさせて穴を下る。閉じ行く穴の中で獣は完全に獣と化していた。


 そこは地下道だったが獣が知る地下道とは別の場所だった。まず明るい。誰かがそこを通るために灯りがついているのだ。


 どさりとアドネは着地した。

 そして次には獣も着地する。


 アドネは走り出した。逃げているがそれはただそれから離れると言う逃げ方ではない。なにか目的があるような走り方だった。


 だが、獣にはどうでもいい事だった。やる事は変わらない。


 無数には生えた腕と脚を使って獣は虫のようにそこを這って進んだ。


「俺では無理だ。だが、奴ならどうにかできるかもしれない!」


 アドネは走っている。

 獣の方が脚は速かった。

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