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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第55章 ローザモンド

 


「セシルを描く?」


「ああ、セシルを描くのさ」


 ヨハナは嬉しそうに笑っている。


「じゃあね、ミケル。裁判所には資格のある者しか入れない。もし裁判中のセシルの様子を聞きたければ夜に私の家においでな」


 ヨハナはミケルの頬に触れた。ゆっくりとした動作だったが優しくはなかった。ヨハナの手は驚くほど冷たかった。


 それからヨハナは裁判所の中へと入って行った。


「そうか、セシルの裁判が始まるのか」


 ぼそりとミケルは呟いた。


 するとヨハナと入れ替わりにレーアが戻って来た。


「聞いてきた。もう面会は出来なかったから係の人に面会者の欄を見せてもらったの」


「誰か来ていたか?」


「うん。ルイーゼ派の教徒たちやクロイン派のあの画家・ヨハナが来てたみたい」


「なるほどな」


 ミケルは納得した。

 次に調べるのはあのヨハナだとミケルは思った。


 そして良いチャンスだった。

 ヨハナは裁判所にいる。つまり彼女は家を留守にしているのだ。


 使用人たちが居るだろうが彼女が良く使うアトリエを調べるには良い機会だった。


「ヨハナの家に行くぞ」


 ミケルとレーアは彼女の家へと向かった。


 ヨハナの家は死んだように静まり返っていた。人がいる気配は微かにある。使用人たちのものだろう。動いている気配ではなく寄り集まってひそひそと話し込んでいるような薄気味の悪さが建物の壁を通り越して外まで出て来ている。


「ここで待つか?」


 ミケルはレーアに尋ねた。


 レーアは首を振って言った。


「ここで待ってる。気を付けてね」


 レーアに送り出されるとミケルは蛇の姿に擬態してヨハナの家へ再び忍び込んだ。


 アトリエまで真っ直ぐに向かう。しゅるしゅると滑らかに進む。ヨハナの家の廊下は絵の具の染みがたくさんあった。調度品は少なく、絵を描く事には不必要な物を除けば物は限りなく少なかった。


 アトリエの中に入った。ミケルは人型の姿になって物色するが転生者の証拠となるような物はひとつとして見つけられない。


 1枚の絵がミケルの気をひいた。それは暗い絵だった。それなのにミケルの気をひいたのはそれに描かれた様子が彼の誕生したあの場所に似ていたからだった。


「ここで何をしているの?」


 入り口の方から声が聞こえた。透き通るような声だった。聞き覚えはあるがそれはヨハナの声ではない。


 振り向くとそこにはあの日、ヨハナとこのアトリエで会話をしていたあの女だった。


「ヨハナに来てくれと言われたんだ」


 ミケルは答えた。嘘ではない。夜に来てくれと言われただけだ。


「そう。今、ヨハナは裁判所に行ってるの。夜まで帰ってこないと思うな」

 ミケルは答えなかった。


 その女は使用人には見えない。ヨハナの友人だろう。今、ミケルはヨハナに転生者の疑いをかけている。そのヨハナの友人と言うのならこの女もそれらしい違和感を覚えた事があるかもしれない。


「忙しいみたいだよ。いつも帰りは遅くなる」


「良いんだ。ここで待つ」


 待つと言ってもまだ数時間も先の事だった。


「絵のモデルになってるんだね。ヨハナがとても嬉しそうにしてた」


「ああ、今日もきっと描くのだろう」


「ええ、きっとね。彼女にはそれしかないから。退屈じゃない?」


 女はゆっくりとミケルへと近づいた。アトリエの中央の方へと歩いてくる。


 ミケルはまだあの絵の前に立っていた。


「私はローザモンド。きみは?」


「ミケル」


「よろしくね、ミケル」


 ローザモンドはミケルの隣に立った。


「その絵が気になるの?」


「どこか懐かしい気がする」


 率直な感想だった。確かにミケルはこの絵から何かを受け取っていた。他の絵から受け取れない何か。


「喜ぶと思うな。ヨハナが。彼女はその絵を描いていた時に苦しんでいたから」


「どんなふうに?」


「うーん、悩んでいたのかな。何を描くべきか、どうするべきなのかって。ずっと題材を探して散歩をしたり、人の話を聞いたりしていたから」


「くだらない」


 ミケルにとってそうとしか思えない。

 そうと思うと絵も見ていられなくなった。


 ソファに座るとローザモンドも隣に腰かけた。


「芸術に興味は持てない?」


 ローザモンドが尋ねた。


「さあな」


 興味はなかった。絵画や他の物に触れてもどんな感慨もミケルには起きなかった。


「ヨハナはきみを描けると言った時、とても喜んでいた。私も分かる気がする。きみはとても綺麗だ」


 ローザモンドがミケルの手の甲に触れようと手を伸ばす。


 ミケルはそれを避けた。


「お腹は減っていない?」


 ローザモンドがミケルに尋ねた。

 食欲のないミケルには腹が減ったと言う感覚は分からない。分からないがローザモンドを遠ざけるためにミケルは「減っている」と答えた。


「今、持って来させるわ」


 ローザモンドは立ち上がってアトリエから顔を出すと使用人たちを呼んだ。


 すぐにアトリエの前までやって来た使用人に何事か命じる声が聞こえて来る。


 それから程なくして山盛りのフルーツを持って戻って来た。


 ミケルはこのローザモンドに転生者の事を尋ねてみるつもりだった。ソファに寝そべってそこを占領していたのだが小さな少年姿のミケルではいささか身体の長さが足りなかった。


 ローザモンドが微笑んで彼の足を持ち上げるとソファの端に座った。彼女のシルクの黒いドレスの上にミケルの足が載せられた。


「リンゴが好き? それともオレンジかな?」


 ミケルは答えなかった。


「皮を剥こうか?」


 りんごとオレンジを持ってローザモンドが尋ねる。

 またミケルは答えない。ついには彼女の方を見るのも止めてあらぬ方を見るのだった。


 ローザモンドは持っていた果物を元に戻すとソファの横にあったテーブルの上にフルーツの載った皿を置いた。


「食べたくなったら言ってね」


 言う事は無いだろうとミケルは思いながらソファに横になっていた。

 ローザモンドはそんなミケルの横顔を見つめながら彼の足をゆっくりと撫でていた。


「転生者を知っているか?」


 ミケルが尋ねた。


「転生者?」


「そうだ」


「知っている。転生者は伝説の存在だ。逸話もたくさんある。いくつか語ろうか?」


 初めての事だった。この街の中で転生者を尋ねた返答に肯定して見せるのは。


「聞かせてくれ」


 するとローザモンドはその美しい声で転生者の逸話を語り始めた。

 貴族として生まれた者の話、医師の話、魔獣として生まれた者の話を話す。


 ミケルは静かにそれを聞いていた。

 5つ目の話が終わった時にミケルはいたずら心を起こしてローザモンドに尋ねた。


「絵描きの転生者はいるのか?」


 沈黙がアトリエを支配した。


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