第54章 法廷画
ミケルとレーアは地下神殿へと訪れていた。
クレイによるとこの地下にインガルたちはいるらしい。どこかに更なる地下へ向かう方法があるはずだった。
ミケルは例の円形の台へと近づいた。4つの柱がある。それが地下へのカギに違いないと踏んでいたのだがどんな仕掛けで作動するのかミケルには分らなかった。
レーアも分からないらしい。
クレイたちはここで闘っていたはずだ。そうなるとここから地下へと行ったとは考えられない。
思い切り叩けば岩盤が砕けて地下へとつなげられるかもしれない。力づくで到達するのだ。だが、すぐに拒否された。というのもその地下までどれくらいか分からない。
地上へ出るとそこは酷い騒ぎになっていた。大聖堂の中でたくさんの人が囁き合っていた。
どうやらなにか事件があったらしい。ミケルはレーアと共にその事件の場所へ向かった。人だかりを押し分けて入っていくとそこにはウィノラが吊るされていた。
既に絶命しているようだ。見るに見かねた者たちが彼女を下ろしていく。
酷い傷を負っていた。何かに突き刺されたような無数の傷に彼女の細い身体は覆われていた。
「ウィノラ!」
レーアは叫び声をあげてウィノラへと近づいて行く。人々はそんなレーアを見ていた。
ウィノラの身体は既に冷たくなっていた。
「何があったんですか?」
ウィノラの身体を下した男にレーアが尋ねた。
「いや、分からない。俺が来た時にはもう吊るされていたから」
警官がやって来てウィノラを調べた。ミケルの周りにいた人々が最近の殺人事件との関連を噂し合っている。
レーアがミケルの傍に戻って来た。警官の手が彼らに及ぶ前にそこから離れていく。
「ウィノラがどうして?」
「彼女は単独行動をしていた。何を目的としていたのかは明らかだ」
「どういうこと?」
「[獣の教典]だ。彼女はあれを探していたに違いない。その時にやられたのだろう。誰かがそれを阻んだんだ」
「何のために?」
「それは分からない。だが、思惑はあるはずだ」
「うん」
「教典がどこにあるのかを調べよう」
レーアは頷いた。泣いている。ミケルは慰める言葉を知らない。だが、レーアは先を行く彼の背中を見ていくらか安心していた。
殺人事件の被害者は増えていた。驚く事にハドゥマが居なくなっている事には誰も気が付いていなかった。死体はミケルが地下道の奥に投げ捨てたのでそこを調べない限りは見つからないだろう。もしかしたら永久に見つからない可能性もある。
[獣の教典]はミケルの記憶が確かなら裁判の重要な証拠品として保管されているはずだ。恐らくウィノラはそこで何かしらの事件に巻き込まれたに違いない。
そしてミケルが調べると[獣の教典]は裁判所内のある一室に保管されていた。
周りに異常な事はなかった。
「[獣の教典]は裁判所内にある。ウィノラがそこに潜入したような痕跡はなかった。何をするつもりだったのだろう?」
「分からない。きっとウィノラにしか分からない事だよ」
どうやらレーアは友をなくした事を少しずつ受け止めているようだった。
「教典がそこにあるのならレーアは手に入れられなかったんだね」
「そうなるな」
「警備員がやったのかな?」
「それならあそこまでの事にはならないだろう」
「ミケルも読めないね。あそこに転生者の事が書いてあったかもしれないのに」
「仕方がない。今はそのままにしておくさ」
レーアに言われてミケルは思い出していた。確かにあの教典の中に転生者のそれらしい記述があるかもしれないという事を。
「そうか」
ミケルは気が付いた。もしかしたら転生者がそうとさせないためにあの教典を守ったのかもしれない。
いや、そもそもあれがあの場にある事が必要だったのではないだろうかとミケルは思った。
だが、いったい何のためにそうする必要があるのだろう。
あれがそこにある理由はセシルの裁判で使われるからだ。
「そうか、もしかしたら………」
レーアは考え込んでいるミケルを見ている。
「レーア、セシルはお前の他にも仲の良い者はいたのか?」
「さあ、知らないけれど。どうして?」
「それが関係しているのかもしれない」
ミケルはセシルに会って話がしたかった。だが、全てを終わらせてから迎えに来てと言われてしまったのが彼を引き止める。
「レーア、セシルに会って来てくれないか?」
「良いけれど、どうして?」
「セシルに尋ねて欲しい事がある。俺の他に面会に来た者がいたか」
「分かった」
頷いたレーアは裁判所の中へと入って行った。
ミケルの読みが正しければその中に[獣の教典]を何かに利用しようとしている者が居るはずだった。そしてもしかしたらその中に派閥の中に隠れた転生者がいる。
ミケルは待った。待ち続けた。
するとミケルの隣に立つ者があった。レーアではない。レーアよりも背が高く、均整の取れたスタイルをしている女だった。
ヨハナがミケルの傍に立っていた。
「はぁい、ミケル」
陽気な調子で声をかける。ミケルの気分などお構いなしという感じだ。
「何の用だ?」
「用ってほどじゃないけどね。私はこれからここで仕事があるの」
「ここで?」
ミケルたちがいるのは裁判所の前だ。
「画家がこんなところで何の仕事があるんだ?」
にこりと笑うヨハナはそこに何かしらの楽しみがあると言わんばかりだった。
「法廷画って知らない?」
「法廷画?」
「そう。裁判の様子を描くの。被告や原告、裁判官や弁護人の様子を描くの」
「つまり?」
今から裁判が始まるという事に他ならない。
「うん、セシルを描くのさ」
その眼は爛々と輝いていた。




