第52章 ひと時の平穏
ミケルとレーアはヴィルヘルム派の教会へと向かっていた。
黒狼たちと情報を共有した事でクレイのスキルを使って導き出された方角にミケルたちは進んでいる。そちらはヴィルヘルム派の教会の方だった。
クレイが「近くにいるのかも」と言っていた事がインガルとアドネの繋がりを示しているとミケルは考えた。
手掛かりは他になく信じるものも少ない。
ミケルが持った確信をクレイが補完してくれた。逃げた手負いのインガルはどこかで助けを求めるはずだと考えていた。それは他の転生者のはずと踏んでいる。
ヴィルヘルム派の教会へ向かっていたのだが転生者のそれらしい気配はない。彼女のスキルは人探しにうってつけのスキルだった。中には取り込もうという意見もあったがミケルはそれを拒否した。手を出してはならない者もいる。
だが、正確な位置はクレイにしか分からない。最終的には彼女に再び尋ねる事も頭にあった。
街の中のお祭り騒ぎは続いている。最高潮は過ぎた。あとは祝いのムードが漂う中で祈りを忘れずに日々を送るだけだった。
子供も親もひとり残らずこの宗教の教徒であってこの雰囲気を楽しんでいた。そして日々の糧を得られた事に感謝を捧げて生きている。
ミケルには縁がない気持ちだ。
ヴィルヘルム派の教会に到着した。
その教会は他の教会と比べて質素だった。質素だが厚みがある。かなり丈夫で堅固に見える造りをしていた。
教会のそうした造りの違いに気が付いたミケルの隣でレーアが言った。
「アドネ神父は昔は腕のたつ冒険家だったという話があるの。今はもう辞めているらしいけど昔はばりばりの武闘派だったらしいよ。気を付けようね」
「ふん、武闘派だろうが冒険家だろうが転生者ならやる事は変わらない。たったひとつだ、我々のやるべき事は」
教会の中へ入るとそこには数人の教徒が祈りを捧げていた。
アドネ神父がいるようには見えない。みな、素朴な服を着ていて神父が着るような衣服ではなかった。
どうやらこの教会は“祈り”を捧げるためだけの場所らしい。
「ヴィルヘルム派の特徴はこの教会はどの派も使える事なの。ルイーゼ派でもミヒャエル派でもここで祈りを捧げる事ができる」
そこにいる教徒たちの祈り方がそれぞれ少しずつ異なっていたのに納得できた。どうやら各派の教徒がいるらしい。
最も特徴の少ない祈りを捧げていた者に近づいた。
老婆だった。祈りを終えて立ち上がるとミケルは逃さずに尋ねた。
「アドネを見なかったか?」
少年が神父を呼び捨てにするのを聞いて老婆は良い顔をしなかった。
「ごめんなさい。アドネ神父を知りませんか?」
レーアが慌てて割って入った。
「いいや、知らないねえ。ここ最近は姿を見てないよ」
老婆は知らないらしい。ミケルは教会内を改めて眺めている。そんな様子を見た老婆はレーアにミケルを教育する様に注意した。
レーアはごめんなさいと謝っている。
老婆が言うにはアドネはここ最近、姿を見せていないらしい。これは老婆だけのものと考えていいのだろうか。
もうひとりぐらいには確認を取るべきだ。
ミケルは次の者に尋ねようと近づいて行く。あまりに無遠慮で居丈高だった。
「おい」
祈りを終えた若者を呼んだ。老婆では話にならないと思ったのかもしれない。
若者は一触即発の表情を浮かべてミケルを見下ろしていた。
「ごめんなさい。あの、アドネ神父を知りませんか?」
レーアが再び割って入る。
「いや、見てないよ」
男はミケルを見たり、レーアを見たりしながら答えた。
答えるとこれ以上話す事はないと言わんばかりに不機嫌な様子で教会を出て行く。
「もう、わたしが話すから。おとなしくしててね」
ふんと鼻を鳴らしてミケルは不機嫌になった。
それからそこにいたヴィルヘルム派の教徒に同じことを尋ねたがみんな同じことを答えた。
教会の外に出て側面にあったベンチに座った。
「みんな見てないって言ってたね」
「ああ、姿をくらましているんだ。インガルが居なくなったことを合わせるとアドネと手を組んでいると考えていいだろう」
「うん。でも、どこにいるんだろう?」
「2人が居そうな場所はあるか?」
「うーん、自宅ぐらいかな?」
それから2人はアドネの自宅を訪ねてみた。何も知らないふりを装ってアドネの自宅の扉を叩く。話す事は入る派に悩んでいるという事を話すつもりだった。
だが、自宅から出て来たのはアドネに仕える使用人だけで彼が言うにはアドネはここ数日、帰って来ていないらしい。このような事は初めて使用人たちも困っているとの事だった。
埒が明かなかった。
「クレイにまた尋ねてみよう」
ミケルが提案するとレーアは頷いた。彼女はいくらか疲れている様子だった。
クレイは自宅で休養中だった。あろう事か黒狼もそこに居てゆったりしている。もはや飼い犬のようだった。
彼女は料理中で食事をひとり分作っているところだった。
「えへへへ、意外だって思った?」
ミケルは答えなかった。
「なんか戻るつもりもなくって飛び出したんだけどなんだか戻って来れたからさ。そしたら料理なんてやった事もないような事までやり出しちゃった」
やれやれと思いながらミケルは黒狼を見た。黒狼の前には茶碗に犬用の食事が載せられている。
『お前たち、大丈夫か?』
『聞くな、何も言うな、さっさと出て行け』
『やれやれ』
レーアがクレイに事情を説明して頼み込んでいた。
「分かった」
レーアはリュックの中から取り出した神殿から持ってきた物を使って所有者の居場所を特定した。
「あれ?」
どうやら何か異変があったらしい。クレイは何度も確認する様に所有物を持ち直しては辺りを確かめるのだった。
「どうした?」
「うん。なんだかちょっと信じられなくって」
「何が分かったんだ?」
「それがあの地下神殿よりも更に深いところからの反応なの。ちょっと信じられなくって」
「あそこよりももっと深い場所だと?」
「うん」
クレイが調べたのは3つの物だった。つまりは3人の所有者の居場所を特定する事になる。
「3人ともそこにいるのか?」
「うん。3人ともそこにいる」