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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第50章 ハドゥマの演奏

 ハドゥマの演奏は精錬されていた。無駄が省かれて透き通るような完全に近い演奏だった。


 それを聞いてクレイは戸惑っていた。ヴァイオリンを手に取って彼女も演奏を始めているが太刀打ちできるようには思えなかった。だが、階段を下りていくコードと黒狼を見てたあの音に対抗できるのは自分しかいないと思いなおすと彼女は強気に演奏した。


 スキル【旋律者】が進化していた。心の病が治癒されて鎖を解かれたように縛りがなくなると彼女のスキルは音を増幅する事とその音の及ぶ様子を目に見る事ができるようになっていた。


 だからこそハドゥマの奏でる音の素晴らしさが分かった。分かったがゆえに恐ろしい。あれがコードと黒狼を襲うとなるとひとたまりもなく別世界へと囚われてしまうだろう。コードがした綿の耳栓など効果は期待できない。


 クレイはできる限り奏でる音を増幅させて対抗した。いや、抵抗と言った方が良いだろう。というのもすでに地下神殿の隅々に至るまでハドゥマの音で満たされているのだから。


 クレイの奏でる音は高音が中心だった。低音と低音をぶつけるにはヴァイオリンではあまりに細すぎる。ぶつかればひとたまりもなく弾かれてしまうだろう。だからこそクレイはヴァイオリンの出せる音を増幅させてそれで地下神殿内を満たそうとするのだった。


 手が震える。ひとつでも失敗したらたちまち音は崩れて呑み込まれてしまう。ハドゥマは驚くほど落ち着いていて攻め寄るコードと黒狼に焦った様子すら見せない。

 平然と演奏を続けている。これが経験の差かとクレイは思って歯噛みした。


 コードはハドゥマに呼びかけ続けた。


「ハドゥマ神父、どういうつもりなのですか?」


 コードのスキル【狂信者の瞳】が発揮されて“祈り”を忘れた異端者を教えている。そしてその分だけ身体能力は向上していた。


 コードの呼びかけにハドゥマは応えない。演奏に集中しているのか、そもそも応えるつもりがないのか分からないがとにかくハドゥマは顔すら上げなかった。


 黒狼が【幽霊の手】を使って攻撃を繰り出した。黒い身体から透き通る幽体の手がハドゥマめがけて伸びていく。


 ハドゥマに到達する前にそれは阻まれた。甲冑に身を包んだ騎士がどこからともなく現れて盾でそれを防いだのだ。幽体はそれらを通り過ぎるはずだ。だが、それで防ぐ事が出来たという事はなんらかのそうしたスキルか幽体を持っている事になる。まぎれもない実体を持った騎士だという証明だった。


 騎士はコードにも襲いかかる。彼は【赤熱する4つ足】を発動させて四肢に灼熱を帯びると甲冑を歪ませるほどの熱を放出させていた。


 騎士は次々と増えていく。一団がどこからともなくやって来る。


「こ、これは………」


 コードは戸惑っていた。


 召喚された騎士たちも手練ればかりでしぶとかった。ほとんど全員が捨て身の騎士たちだった。攻撃を受けようがものともしない。


 黒狼も身体を巨大化させて闘っている。騎士のほとんどがこの黒狼を危険視して攻撃を集中させていた。黒狼が牙を剥き、身体に咬みついて強靭な顎で甲冑を嚙み砕き、中の実体に牙を食い込ませて放り投げてもその騎士はすっくと立って再び攻撃を仕掛けて来るのだ。


 不死身の軍団だった。


 黒狼に注意が向いている間にコードは突き進んだ。綿の耳栓があまり効果を出していない事は分かっていた。気休め程度にしかならないと知っていたがなぜかそれがコードを無鉄砲に前進させた。


「ハドゥマ神父、あなたはどういうつもりでここにいるのですか?」


 演奏に集中し、座ったまま音を奏でるハドゥマまであとほんの少しのところまでコードは迫っている。騎士と騎士に挟まれてコードは赤熱する指先をハドゥマへと伸ばしていた。


「あなたはここに何を求めているんだ?」


 目が眩む、頭痛がする。精神世界へと誘われてその抵抗のために。

 霞む視界の先でコードは赤く燃える自分の指先と演奏を続けるハドゥマを見た。


 届かない。あとほんの少しなのに。すると沸々と怒りが燃えて来た。もうこれは神父ではない。よく居るのだ。神父の権威に溺れて我を忘れる者が。そうした者は“祈り”を忘れる事は稀なのだがあろう事かこの男は違う。


 両側から挟む騎士たちが力を込める。コードを潰し、叩き伏せて、弾き飛ばそうとする。身体の能力が大幅に向上しているコードはそれにも負けないで手を伸ばし続けた。3人の騎士がコードの身体に絡みついて来るがそれらを背負ったままで一歩踏み込んだ。


「お前は転生者なのか?」


 ぴくりとハドゥマの顔が引きつったのがコードに見えた。


「悪魔だ、お前は悪魔だ!」


 叫ぶコードに4人目の騎士が組み付いた。


「お前は一度でも祈った事があるのか。不幸な子供たちのために、明日にも天へと旅立つ者のために、病や怪我に苦しみ我を失った者のために、少しでも祈った事があるのか?」


 ハドゥマの奏でる音楽がコードの叫びをかき消した。


 4人の騎士たちに弾き飛ばされてコードは地面を転がった。


 隙が出来ていた。コードを抑えていた者たちや黒狼が弾き飛ばした者たちが一斉にクレイを見た。


 クレイを襲うつもりなのだ。今や音と音は高低で広がり、地下神殿のある空間を満たしていた。階段の中ほどでクレイは演奏を続けている。その階段の1段目に騎士が足をかけていた。


 黒狼は身にしがみついていた騎士を振り落とすとクレイの方へと駆けた。


 階段を上る騎士たちを弾き落としていく。


 ハドゥマの召喚する騎士は100人を超えていた。


 起き上がったコードはクレイを守る黒狼を見ると凄まじい勢いでハドゥマめがけて突進して行った。


 ぞろぞろと現れる騎士たちはもはや巨大な鉄塊のごとく黒狼やコードに迫りつつあった。


 全員がこの闘いに窮していた。


「ごめん」


 クレイが黒狼の背後で謝った。彼女は泣いていた。


「もっと練習しておけばよかった。今になって演奏して私、これが好きだったんだって気付かされた。私っていつも遅いんだ、何もかもが」


 泣きながら彼女は心情の吐露を続けた。

 黒狼だけがそれを聞いている。目の前の機械のように迫る騎士たちはそのような事に耳を傾けるような心を持っていなかった。


「私の演奏はハドゥマに負ける。もうすぐ曲の最高潮の場面に差し掛かるころだ。そこになると一気に音が押し寄せて来る。これはハドゥマの選曲が良かったと言うしかないね。私がいちばん気にかけていたのは曲が完成した時の事だよ。あそこまで曲を弾く事に執着するのはあのスキルが曲を弾き終わった時に完成するからだと思うんだ。だから、曲が終わってからが本当の闘いになると思う。ごめん、私、負けちゃう」


 そしてクレイが言ったようにハドゥマの演奏は最高潮を迎えた。

 それと同時に怒涛の勢いでやって来た音に呑み込まれた。


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