第48章 合流
ミケルはセシルのいる獄舎へと走った。
レーアはミケルの走るスピードについて行けずに行く先だけ聞いて後から行くと叫んだ。
獄舎に着いたが面会は出来なかった。もう既に今日の面会は終わったとのことだった。ミケルは緊急の要件だとごねたが無駄だった。それで諦めるミケルではない。怒る拳を押さえつけて獄舎を出ると蛇の姿に身体を変えてセシルの入れられている牢へと忍び込んだ。
セシルは裁判を待つ者の独房へと入れられていた。それほど広くないし、快適そうにも見えない。それなのにミケルがその独房にたどり着いた時にセシルは驚くほど落ち着いていて手を組んで祈りを捧げているところだった。
「セシル」
蛇の姿で呼びかけた。
はっと顔を上げたセシルが蛇を見た時に口元を手で覆って悲鳴を隠した。
「俺だ。ミケルだ」
蛇の姿から少年の姿に変えるとセシルはにっこりと笑った。
「そうかと思いました」
ふふふと柔らかく笑う。笑っている場合かとミケルは怒りそうになったがそれは口から出なかった。彼女の柔らかい微笑みと落ち着きとそして祈りの姿が彼からそうした想いを奪っていく。もしかしたら、ほとんどあり得ないがセシルがずっと隣にいてくれてああした姿を、柔らかいこの世の幸福を詰め込んだ完全な肉体と魂の美しい合致を見ていられたらこの内に燻る憎しみの炎も鎮まるかもしれないなどと言う考えが頭をよぎるのだった。
「他にはどんな姿に変えられるの?」
祈りを終えて立ち上がるとミケルの傍に腰を下ろして壁に背をもたせかけた。
「鹿や竜や獅子になれる」
「わあ」
なって見せても良かった。だが、途端にミケルはそうした甘い考えを頭を振って払った。
セシルの隣へやって来るとこうして柔らかく弱くなってしまう。それではいけない。自分にとってもセシルにとってもだ。ミケルの中にそうした警鐘を鳴らす声が反響していく。
「ここから出よう。俺が出してやる」
ミケルが言うとセシルは頭を振って否定した。
「ダメ、そんな事はしちゃいけないの。出てどうするの?」
「街を出て行くんだ。そして好きなところへ行けばいい」
「もっとダメ。出て行っても落ち着く場所がなくっちゃダメだよ。私は大丈夫。話をするだけだから。誤解は解けるよ。それにミケルにもこの街でやる事があるって事だったけどそれは済んだの?」
これにはミケルも反論できなかった。目的は済んでいない。一進一退を繰り返して今や自分がどこに立っているかも分かっていない始末なのだった。
「用事を済ませたら迎えに来て。その時にはきっと私の誤解も解けてるだろうから」
ミケルは獄舎を出て行った。出て行かされたと言った方がいいかもしれない。そのような心境だった。外に出るとそこには覆いをかけられた姿の見えない敵がいる。そのはずなのにミケルにはそれが見えないのだった。
外ではレーアが待っていた。
「面会はもうできないって言ってたけどセシルとは話せたの?」
「ああ、用事を全て済ませてから迎えに来てと言われたよ。全て誤解だから話せば解決すると言っていた」
「あの子ったら!」
ミケルは肩を落として覆いを被った暗い街の中をとぼとぼと歩き始めた。レーアはその丸まったいつにないほど元気を失っている背中を追って歩き出す。
『転生者を探そう』
『今すぐに』
『インガルは転生者だった。奴を見つける事が出来れば芋づる式に転生者が釣れるかもしれない』
『そうだ、我々はインガルを探し出すべきだ』
『そしてその後にセシルを迎えに行けばいい。この腐った街を出て自由になるのだ』
『レーアが言っていた。ヴィルヘルム派が最も他の派閥と繋がりがあると。ヴィルヘルム派から調べるべきだ』
賛同する声が胸中を占めた。
ミケルはすぐにそうした。街の南の区画へと向かう。
「どこへ行くの?」
クロイン派の教会へ向かうものと思っていたレーアは急にミケルが方向を転じて南の方へと向かい始めたのを見て尋ねた。
「南だ。ヴィルヘルム派の教会へ行く」
「ヴィルヘルム派か。セシルがそう言ったの?」
「違う。レーアが各宗派と繋がりがあるのはヴィルヘルム派だと教えてくれただろう」
「うん、確かに言ったね」
「インガルを追うのならまずはヴィルヘルム派を訪ねる」
いくらか納得したらしい。レーアは頷いてミケルの隣を歩いた。
「ヴィルヘルム派の教会は南にあるんだけどちょっと変わってるの」
坂道になった街路を上って2人は大聖堂の辺りに出て来ると階段を上り始めた。ヴィルヘルム派の教会までの道はレーアに任せている。
「ほら、あれよ。見えるでしょう?」
レーアが指をさすところにはここからもっと高いところにある小高い丘に建てられている教会だった。
立ち止まる暇すらも惜しいと言わんばかりにミケルは鼻を鳴らした。
すると、2人の前に踊り出る者があった。
黒狼だった。
レーアは驚いて短い悲鳴を上げた。黒狼を知っているミケルでさえもこの突然の事に驚きを隠せていない。
黒狼はクレイとコードを吐き出した。2人とも気絶している。
「クレイとコードさんだ」
レーアが気絶している2人の傍によって様子を見た。
「何があった?」
ミケルは黒狼に尋ねた。
黒狼はミケルの中へと入って煩いほどがなり立てた。
『闘いだ!』
『闘いが始まった』
『ミヒャエル派のハドゥマと闘った。あれは音を扱う』
『地下神殿がある。そこで何かを企んでいる!』
『地下神殿?』
『そうだ、地下に神殿がある。そこで奴らは何かを企んでいるのだ』
『それであれらはどうしてここに?』
『共闘した。クレイは音を扱うスキルを持っている。彼女が居なかったら我々はここに来る事は出来なかっただろう』
『傷ついている。主に精神的にだが。癒してやって欲しい』
『ふん、造作もない』
レーアが街路の壁際に2人を運んでいる。ミケルはそれを手伝った。スキル【治癒の掌】を発動させるとクレイの頭に手をかざした。クレイの身体が柔らかい光に包まれるとその光が収束して彼女の身体の中に消えていく。
次いでコードの頭に手をかざそうとするとコードがその腕を掴んだ。
「必要ありません」
「起きていたのか」
「ええ、少し前からね。あなたとこの獣の関係は?」
「生まれと志を同じくする者だ」
「あなたたちの目的はなんですか?」
「転生者を探し出して殺す事だ」
「転生者などくだらない幻想ですよ、そんなものは」
「本当にそう思うのか?」
コードは答えなかった。よろめいて立ち上がった。
「どこへ行く?」
「関係ありませんよ。一目見た時からあなたはただ者じゃないと分かっていましたがまさかここまでとは思いませんでした。あなたにもするべき事があるように私もするべき事があります」
ふらつきながらコードは大聖堂の方へと向かっていく。何かぶつぶつと呟いているがミケルにまでは届かなかった。
『これからの事を考えよう』
『そうだ。ハドゥマは音を使って精神世界へと誘う攻撃をする。【幽霊の手】が有効だと思う。奴と対峙する者にそれを譲るべきだろう』
『つまり………』
『二手に分かれよう。インガルを追う者たちとハドゥマを追う者たちとで。ちょうど半々にするべきだ』
『よし。決まりだ』
半々になると黒狼の得た情報をミケル側にも共有した。主にクレイのスキルで居場所を特定した者たちのいる凡その方角だった。
インガルとの戦闘では【幽霊の手】は使えない。譲るのに異論はない。
ミケルたちは均等に形を分けた。
黒狼派と少年派に分かれている。それぞれがあの暗い空間の中で互いに頷き合った。言葉にしないでも魂の深いところで繋がって長い月日を共にしてきた者たちだ。言葉など要らなかった。ただ使命に燃えるだけで良いのだ。
少年派のミケルたちがヴィルヘルム派の教会へ向かう事を告げた時、黒狼派の連中は黒狼の姿のままで壁にもたせかけられているクレイたちの前でお座りの姿勢で彼女たちの目覚めを待っていた。
『行かないのか?』
『ここで待つ。ハドゥマは音を使う。彼女のスキルは良い対抗手段になる』
『そうか。だが、転生者と対峙しうる者だろうか?』
『それは分からない。だが、ミヒャエル派の企みを暴くと言っていた。それを信じるだけだ』
それが最も必要な事だった。この覆いの中がどうなっているのかを暴く。それこそがミケルたちにも必要な事だった。