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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第43章 再会

 

 クレイは屋根の上を走っていた。

 がちゃがちゃと石を叩く足音はクレイの耳にうるさいほど響いたので建物の中の人には余程うるさいだろうと思った。


 足音はもう気にしていられない。屋根から屋根へと飛び移った。そんな事をしたのは初めてでクレイは黒狼と出会ってから初めての事ばかりを経験していつしか楽しくなってきている。


 ミヒャエル派の連中はクレイを追って来ている。殺人者の男はコードと名乗った。忘れもしないあの声を間近に聞いてクレイは震え上がった。


 そのコードが屋根の上に上がって来ていた。彼女の巡りの良くなった頭はコードとの距離が徐々に縮まっているのを認めている。どこかで決定的に追跡を断たなければならない。


 その追跡を断つ良い一手が地下道へ入る事だった。

 見計らったタイミングでクレイは地上へ下りた。コードは追って来ている。狭い通路や入り組んだ道を選んでいくのにコードは読み切っているのか、街の事を熟知しているのかクレイの意図をたちまちのうちに無に帰すような追跡を続けていた。


 コードは走りながら教徒たちに指示を出していた。どこかで待ち伏せされているかもしれない。ならそれを上回るやり方をするしかない。潜みやすい場所、襲いやすい場所を避ける。つまりは人通りの少ない場所を避けるのだ。


 大通りに出るとクレイは街の外へ向かう馬車に飛び乗った。無賃乗車であるので御者は酷い言葉で彼女を罵るが聞いていられない。


 程よいところで飛び降りると彼女は地下道へ真っすぐに向かった。馬車を拾えたのは行幸だった。


 地下道へ入ると彼女はそれだけでもう救われた気になって微笑んだ。



「よし、すぐに行くからね」



 額に浮かんだ汗を拭いて彼女はあの澄んだ水の溜まった貯水槽へ向かい始めた。


 道中に彼女は考えた。アクセルはもういないかもしれない。この街から、そしてクレイの周りから去ったのだ。悲しくてやり切れなかった。あれだけ同じ時間を過ごしてきて互いの事を教え合ったのに。何も言わずに去るなんてなんて悲しい事をする人だろう。


 黒狼と共に通ったあの貯水槽はまだまだ先にある。だが、いくつかの分岐点とどの辺りにあるのかを彼女は覚えていた。


 この道を真っすぐに行けば初めの貯水槽に着く。そこからは分岐を右へ。次も右。


 そして貯水槽に差し掛かった時にクレイは足を引っかけられて転んでしまった。


「きゃあ!!」短い叫びが地下道内を木霊する。

 クレイの足を引っかけたのはコードだった。倒れこんだ彼女の頭を掴んで腕を捩じ上げた。


「やれやれ苦労しましたよ。これほど走ったのはかなり久しぶりです。が、残念でしたね。この地下道は8つの入り口の他に街の中から入れるところもあるんですよ。あなたがどこへ逃げているのか察するのは難しかったですがここに張り込んで正解でしたね」


 壁に押し付けられてクレイは呻き声をあげた。

 抵抗も試みるが関節を極められているので下手に動けない。


「質問に答えてください。いいですね?」


 クレイは答えなかった。


「この地下道で何をしているんですか?」


「こ………こっちのセリフだよ。ミヒャエル派の殺人鬼め。最近に街を騒がしてたのはお前だな?」


「ふふ、そうですねえ。激しく動きすぎたかもしれませんね。ですが、分かってください。あと質問をしているのは私ですよ」


 クレイの脇腹をコードが殴った。


「このシャツの持ち主はあなたと親しい間柄のアクセルという男性ですね?」


「そうだよ」


「では、私が殺人鬼であるという事を知っていた事、ここへ逃げ込んだ事を考えるにあの地下道内で私が感じた気配はあなたですか?」


 クレイは答えなかった。


「いいでしょう。ここで化け物を見たと我が同胞たちが言っています。あなたとそのアクセルという男の企みですか?」


「何を言ってるんだ?」


 コードが捩じ上げる手と壁に押し付ける腕の力を強めた。


「何の事か分からない。いや、でもレーアが………」


「レーア?」


「いや、分からない。わたしたちはここを一度、調査したんだ。その時には何もなかった。だから知らないんだ。わたしはそのアクセルを探してたんだよ。彼が長い間、姿を見せないから」


「だが、あなたはここへ逃げ込んだ。ここに何かがあるんでしょう。いったい何を隠しているんですか?」


「それはこっちのセリフだよ。お前たちミヒャエル派が企んでるんだろう。知ってるぞ、わたしは見たんだ。この先にある地下神殿を。そこにミヒャエル派のハドゥマがいた事を!」


「地下神殿?」


 長い沈黙があった。

 コードは本当に分からないらしい。


「ハドゥマ神父が?」


 コードが混乱し始めた。取り押さえる力が弱まったのを機にクレイはコードから逃れる事が出来た。


「地下神殿とは何の事ですか?」


 クレイは痛む肩を抑えて敵意をぶつけながら相対した。


「ミヒャエル派の企みだろう。わたしは友達とそれを見つけたんだ。今から迎えに行くところだったのに」


 コードは考え込んで動かない。隙のように思えたがクレイも動けなかった。


「あなたは祈りを終えている敬虔なる教徒。信じるに足る要素は満たしている。それにしても地下神殿とは………」


 納得したコードはこくりと頷いた。


「良いでしょう。そこへ案内してください。その地下神殿なるものを見てみたい。もしそれが嘘だったら分かっていますね?」


 死を間近にした恐怖心にクレイの緊張は強くなったがパニックには陥らなかった。なぜなら地下神殿があるのは真実だからだ。


「向こうだよ」


 クレイが指をさしたのは貯水槽を抜けた先の別の管だった。


「あなたが先へ行ってください。少しでも変に思われる行動は慎んでくださいね」


 コードに言われてクレイは先へ進んだ。解放されると障害がなくなったように思われた。そこからはすぐなのだ。


 そして2人は水の溜まった貯水槽へとたどり着いた。


「ここが地下神殿?」


 やれやれと言った具合に頭を抑えるコードはスキル【赤熱する4つ足】で手足に灼熱を帯びていく。周りの空気が霞むのがクレイの目に映った。


「早とちりするな。この先にあるんだよ」


 クレイは溜まっている少しの揺らぎもない水に手をつけた。水温に変化はない。そして同じように澄んでいる。


 コードも水に近づいて手ですくってみる。


「なるほど、確かに潜れそうな水だ」


「ですが」と続ける間にクレイはコードを見てどぼんと貯水槽の中へと飛び込んだ。


 そしてそのクレイを追ってコードも飛び込む。


 一度、経験しているクレイはペースが分かっていたはずだったがまたしても彼女は出口にたどり着く直前に息が持たなくなっていた。


 苦しい、と思う間にコードがクレイの腕を掴んで出口のあの光の方へと引っ張って行った。


 ざばりと水から抜け出した音が響いた。2人ともぜえぜえと息を喘がせている。


「あなた、私が居なかったら死んでましたよ?」


 クレイは返事をしなかった。礼も言わない。蝋燭の火に照らされている通路を先に見て彼女は立ち上がった。


「やれやれ、感謝の言葉はあっても良いと思うんですがね」


 コードも立ち上がると上着を脱いで絞る。


 クレイは黒狼を探した。地下神殿を越えてその先にあった4つの神殿を見ると全ての神殿の扉が開かれていた。


 誰かがいるのかもしれないとクレイは思った。ハドゥマだけでなく他の教徒たちが来たのだ。すると、コードをここへ招いたのは非常にまずい事だったかもしれない。


 ハドゥマが出入りした神殿を覗き込むがそこに黒狼はいなかった。次いで隣の神殿を覗き込むとそこに黒狼がいた。


「えへへ、居た!」


 まるでかくれんぼをして遊んでいた無邪気な子供さながらにクレイは黒狼へと近寄った。


「ひとりで寂しかったでしょ?」

「ご飯も持ってきてあげたんだよ?」

「すっごい苦労したんだから」


 などと気を惹くが黒狼は取り合わない。


「驚きました。まさか地下にこんなところがあるなんて」


 黒狼とじゃれているクレイの背後に上半身裸のコードが立っていた。


「ここにハドゥマ神父がいたのですか?」


「そうだよ。あんたたちミヒャエル派の企みを暴いてやる!」


「待ってください。ミヒャエル派はこのような神殿を知りません。これは完全にハドゥマ神父と志を同じくする者たちのための場所ですよ。でも、ここで何をしているのでしょうねえ?」


「さあね。問い詰めてやろう」


「ええ、そうするのがいいでしょう。答えてくれるとは限りませんが。ですが、どうやって問い詰めるのですか?」


「ふん、まずは居場所を探し出す事からしなくっちゃ」


 そういうとクレイはそこにあった1本の絵筆を手に取った。

 そしてスキルを発動する。


「あっちだね」


 クレイはそこから西の方を指さした。


「この絵筆の持ち主はあっちの方にいる。ここからそれほど遠くない」


「なるほど。それがあなたのスキルですか。絵筆となるとここにあった絵画の画家の物ですかねえ」


 コードは神殿内にあった彫像や絵画に感心していた。賛美の言葉を漏らしているほどだった。


 クレイはコードの言葉には全く関心を示さないで黒狼を見た。彼女は誇らしげだった。神父たちを糾弾するのに一助買っている自分を感じていたのだが黒狼の方を見ると忽然と姿を消していて彼女を戸惑わせた。


「あれ?」


 その神殿を出るととてとてと可愛げに黒狼がやって来るのが見えた。クレイはそんな様子が見えた事に単純に喜んだ。黒狼が可愛げに見えたのは口に何か咥えていたからだった。


 それを受け取るとクレイの眼をじっと見える。深い黒の瞳がクレイを魅了する。何か物をねだられてら彼女はすぐにそれを差し出すに違いない。


 受け取ったそれは小さな板だった。何か文字が彫り込まれているが彼女には読めない文字だった。


 スキルを発動するとその持ち主がどこにいるか分かった。


「あっちだよ」


 南の方を指さして黒狼に教えるとそれを聞いてまた別の神殿の方へととてとてと歩き始めた。


 黒狼の意図を汲み取ったクレイはその後について行く。


「あんたって賢いんだねえ」


 そしてまた別の物を渡された。それは古い布だった。聖性があるようには見えない。ボロボロな布。


「あっちだね。あれ、さっきのやつとかなり近くにいるよ。同じ建物の中かも」


 黒狼はクレイの示した指先を見ている。


「じゃあ、次はこれですね」


 最後にクレイが渡されたのはコードが持ってきたひとつの革のベルトだった。

 受け取ってスキルを発動すると途端にクレイの顔は蒼褪めた。


 彼女が感じた反応はこの真上だった。大聖堂内にこの持ち主がいる。


「これはどこから持ってきたの?」


 クレイはコードに尋ねた。


「あの神殿の中からですよ」


 コードが指で示したのはハドゥマの出入りしていた神殿だった。


「真上にいる。大聖堂内にいるんだよ」


 その場にいた者たちが真上を見上げたと同時にごごごごっと何かが動く音が鳴り始めた。


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