第36章 あの夜の続きの再会
ミケルはあの日、あの村で初めてセシルと出会った時の美しい少年の姿で道を歩いていた。着ているのは例の農夫服だった。この街ではかなり珍しい服装だったし、その上かなりの美少年ともなると人々の視線を集めるのは当然だった。
だが、ひとりとしてそれに声をかける者はいなかった。ミケルが浮かべていた表情はnかなり複雑だった。ある角度では喜びに見えるし、また別の角度からはとても哀しんでいるように見える。
教会までの道のりはかなり長かった。大人と子供とでは歩幅が異なるという理由ではとうてい説明できない距離がある。
ミケルはあの建物を去った時の倍ほども時間をかけてようやくその道のりの半ばまでやって来た。
騒ぎを聞きつけた多くの人々が集まって診療所で治療をしていた人々を別の診療所へと移すために立ち働いている。
セシルの姿は見えない。きっとあの崩落した建物の傍まで行って負傷者のために一生懸命になって働いているのだろうとミケルは思った。容易にそんな様子が想像できたのがとても微笑ましかった。
人だかりにぶつかった。教会への道はそれほど狭くないのに人でごった返していた。負傷者を運ぶ人々が通路を開けるように求めて叫んでいる。
ミケルは担架に横たわった包帯を巻いたままのカーティスをその場で見送った。
人々は話し始めた。大蛇を見たと言う者もあれば空の雲の中に消えていく化け物を見たと言う者までいたが誰一人として信じなかった。
「どうしたの、ぼく?」
人だかりの影に立ち止まっていたミケルに話しかける者がいた。
ミケルは声のした方を向くとそこには白いドレスを身にまとった美しい若い女が立っていた。優し気な微笑みを浮かべている。もしかしたらこの女性は口元からそれを除いた事がないと言わんばかりに整っていた。
声をかけられたが答える気のなかったミケルはそのままどうにかそこを割って入って行こうとする。
「無茶だよ、止しなさいよ」
女はミケルを止めた。
止められはしたがミケルの目的はあくまでもそちらへ向かう事だ。どうにかして教会の方へ行きたい。
もう目の前の人間たちを吹き飛ばしながらでも進んでいくような意気込みさえあったのに。
「すごい騒ぎがあったみたい。この通路はとうぶん使えないよ」
女の言う事にミケルは耳を貸さない。
抜け道がないかと探しているミケルを見て女はやれやれといった風に大きなため息をつく。
「私、ヨハナよ。ぼくはなんていう名前なの?」
ミケルはヨハナと名乗った女を見た。背の高いすらっとしたスタイルの良い女だ。そして美人で驚くほど肌が白い。男に困った事はないだろうとミケルは思った。だが、ミケルはそんな事には興味がない。
「ほら、こっち。ついて来て」
ヨハナはミケルの手を取って小走りに通りを横切って裏道に入る。そこは先ほどの通りほどではないがまばらに人がいるだけで歩けそうだ。
「教会に行きたいんでしょ?」
ミケルはこくりと頷いた。
ミケルの返事を見たヨハナは更に引っ張って行って通路を行く。そして彼らは商店と商店の間にある搬入口に出た。
「ここを真っすぐ行くと教会に出られるよ」
ミケルは躊躇いもせずにその通路を歩き始めた。
ヨハナはそんなミケルを見送っている。彼は一度もヨハナを見なかった。彼の眼はもうある女性へと向けられていた。
通路から出るとそこは教会の裏手だった。崩落した瓦礫が目の前まで転がって来ていた。
ミケルはそのまま教会の出入り口の方へと回り込んだ。そこは酷い騒ぎになっていた。何が起こったのか、神父はどこにいるのか、これからどうするのか、などと教徒たちが尋ねている。
どうやら負傷者の移送は終わっているらしい。
ミケルはセシルを探した。
彼女は崩れた教会内で使える物を探していた。燭台や割れていない皿や花瓶などを端の方へと運んでいる。
手には本を持っていた。あれは確かクロイン派の教典ではなかったかとミケルは思った。
ミケルはセシルの方へ近づいた。
瓦礫の山の外から彼は彼女を見ている。彼女はそんな事には気が付かずに瓦礫に埋もれていた壊れた棚の板を引っ張り出そうとしているところだった。
手伝おうかと思ったが彼はやめにした。他の教徒がセシルの引っ張る板の上に乗った瓦礫を取り除いている。
額に汗を浮かべて働く彼女は美しかった。
ミケルはじっと長い間をそこでセシルを見る事で過ごした。それで良かった。
そしてついにその時はやって来た。棚の板を抜いて下にあった書籍を取り出したセシルはその本についた塵を手で払っていた。そしてそれを運び出す物のところへ置いて顔を上げた時にぱったりとミケルと目が合ったのだ。
最初、セシルは固まった。そして狼狽えたように辺りをきょろきょろと見回していた。次に恐る恐る近づいてくる。ミケルはそんな彼女をじっと見ていた。もう彼は彼女を見る事しか出来なかった。
2人の距離はかなり縮まった。それはセシルが接近してきたからであり、ミケルは動かなかった。瓦礫の山の外で彼はこの接近を待っていたし、いつまでも待てるような気がしていた。
そしてようやくセシルはその少年がミケルである事を認めた。あの日、あの雨の降る村で出会った少年だった。そして着ている服は彼女の両親が与えた服。
「ミケルなの?」
恐る恐る彼女は尋ねる。ミケルはこっくりと頷いて答えた。
「やあ」
こうして少年と少女は再会した。