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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第30章 半人半獣

 

「ふむ、まずはあなたが何者なのかを尋ねましょうか。救われぬ魂と言っていましたね。あなた自身が救われぬ魂だとおっしゃるつもりですか?」


 インガルが伸ばしている手に力を入れていく。その分だけミケルの身体の締め付けも強くなった。それなのに何に掴まれているのか分からない。身体には接触されている感覚はなく、精神的にもその負担はない。


 身体にも不思議とそんなところはないのに締め付けられていく圧だけが強くなっていく。


 初めての体験にも関わらずミケルは冷静だった。どうにかなると思っていられたのは目の前でインガルが拳を強く握りしめているからに違いない。それがなんらかの作用を及ぼしているのだ。


「最後の確認だ。お前は転生者か?」


 インガルは答えずにミケルを握りつぶそうと更に力を込めてゆく。だが、ミケルはものともせずに身体の形を柔軟に変えてそれから逃れた。


「人間ではないのか?」


 スライムのように柔軟になってミケルは再び人間の姿で立った。インガルへ向かってとんと小さく前へ踏み出すと飛び蹴りを放つ。


 インガルはすんでのところでそれを避けた。


 眼も良いらしいとミケルは思った。が、着地した瞬間にミケルは右のふくらはぎにまた掴まれている感覚を覚えた。そこにはまとわり付くモノなど何もない。見るとインガルの右手は固く握りしめられている。


「手か………」


 ミケルは思わず呟いた。


 既に地下道にいる同胞たちには闘いになる可能性がある事を教えている。手が感知できない攻撃の源となれば2つの個体に対処出来る事は限られてくる。


 インガルは右手をぐいと引っ張った。引っ張られた方向へミケルの足が持っていかれる。


 ミケルは抵抗を試みた。が、どれだけ力を込めてみても抵抗は空しく流れていく。ミケルはインガルの意のままに右足を引かれていった。


 当惑していたミケルの眉間に杖が振り下ろされた。


 避けられないと悟ると腕でそれを防御する。


 今のミケルは様々なスキルの効果によって身体能力が大幅に上昇している。並の人間であれば歯は立たないだろう。


 だが、インガルは違った。スキルを使って上手く立ち回っている。そして転生者なら持っているであろう3つ目のスキルを使おうとしない。ミケルにはそれを使わせる事が急務に思われた。


 ならば、追い込んでやるとミケルは思った。


 足にかかっていた圧力をスライム状になって抜け出すとミケルは姿をネクタネポの獅子の姿に変えた。


「やれやれ、とんでもない魔獣がやって来ましたね。最近に地下道を騒がせているのはあなたですね?」


 当たらずとも遠からずだ。

 ミケルは不敵に笑ったかと思うとそのまま一息にインガルへと飛び掛かった。


 インガルは空を飛ぶハエに見舞う平手打ちのように開いた手を勢いよく振るとミケルはまるで自ら壁へ突っ込んだかのような衝撃を受けて固まった身が再び何かに囚われているのを感じた。


 再び拳を目の前に突き出している。今度は先ほどよりもとても強い力だった。

 ミケルがかたどったネクタネポの獅子の身体は先ほどの青年の姿とは比べ物にならないほど大きい。ミケルは掴まれる事はないだろうと高をくくっていた。


「あなたはどういう生き物なのですか?」


 ミケルは答えない。


「言葉を話していますね。言葉を理解する人間でもなく、そして魔獣とも見えない。どちらでもない生き物。それは果たして………」


 インガルは最後まで言わなかった。

 それがミケルには異様に腹の立つ事だった。


「我々は人間だ!」


 ミケルは叫んだ。


「そんな獅子の姿をしていて人間とは信じられませんね」


 再び身体をスライム状にしようとミケルは思った。今のところはそうするしかこの捕縛を逃れる術がない。


 人間だとミケルは答える。答えて来た。これまでも、そしてこれからも彼らはそこを譲らない。譲れないのだ。


 ミケルはそのまま囚われて身動きの出来ない状態で再び【幽霊の手】を使って精神攻撃を試みる。インガルは迫るこのスキル攻撃を避ける事もしなかった。


「これは分かっています。スキル【幽霊の手】ですね。ますますあなたが分からなくなったと同時に興味も強くなりました」


 ミケルはそのまま【鋭い羽根】で無数のシャアフニーギィの大きな羽根を射出した。


 飛び出したそれをインガルは回転して避けた。


「驚きましたね。それもまた異なる魔獣のスキルですよ」


 そうだ、それらから奪ったスキルだからだ。だが、それと同時にまた彼らは人間から遠ざかる自分を感じている。

 ずきりとどこかが痛んだ。重圧の強さは変わっていない。体中を圧する外力はミケルの身体を束縛するが強い痛みを与える事はなかった。だが、どこかが確かに痛んでいる。


【鋭い羽根】を使った攻撃は有効だった。インガルは身体を動かして避けたのだから。それだったのにミケルに圧しかかる外力は緩まない。インガルの右手は力強く握られている。


 手だ。間違いないあの手がこれを行っている。


 確信を強めてミケルは【鋭い羽根】での攻撃を継続させる。また一振り、二振りと射出するのだがインガルには当たらない。


 ミケルが放つ羽根の間隔が短くなっていく。インガルが徐々にミケルに近づいていたのだ。


 そして彼は囚われているミケルの身体の締め付けを更に強めた。

 インガルはミケルの頭の傍に立つと握りしめた右手の傍に左手を持って来てかき混ぜるような仕草をした。


 すると、ミケルの獅子の頭部がまさぐられているような感覚に襲われるのだった。


「これは………」


 インガルは戸惑いながら興味深そうに繁々とミケルを見ながら左手を動かし続けた。


 途轍もなく強い不快感にミケルは襲われていた。

 彼らは未だに苦しんでいた。自分の言葉に苦しんでいる。彼らは人間であると言いながら自身の中に人間を見出せていなかった。突如として彼は自分の中にあったはずの人間性を失っていた。


 そもそも彼らが持っていた人間性は自分が人間であるという自覚以外にはなったのに今になってそれを失っていた。


 インガルは未だに頭部を調べる事を続けている。彼はてっきり何らかの生き物の臓器が見られるものと思っていた。彼は様々な動物や時には人間すらもそうして調べてきた。解剖学的な知識を彼はこの能力で得ていたのである。


 それがこの生き物・獅子の中に臓器はない。脳もない。筋肉も皮膚すらもない。あるのは無数の個。手にまとわりつくザラついた感触が無数の刺々しい個を思わせる。


 インガルは彼の性格から逞しい探究心を表して目を輝かせた。傍で自己矛盾に苦しむ獣がいくらか自己を取り戻しつつある事には全く気にかけていない。


 もっと奥へ、更なる奥へ。


 そして彼は深く入り込んでいく指先に熱い感覚を覚えると大きな炎を見るように思った。


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