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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第29章 インガル神父

 ミケルがデッカーの姿からこの街で過ごしていた青年の姿に戻ると深く考えこみながら歩いていた。


 彼が考えていたのはセシルの事だった。セシルはミケルを待っていると言った。

 間違いなくそう言った。彼らの中でそれに喜ばない者はいなかった。喜びの声で彼らは満たされていた。それは“友”と呼べるものかもしれなかったし、あるいはもっと近しい者として見られるものかもしれなかった。


 なんにせよ彼らにとって初めての感慨に他ならなかった。これをどう受け止めるべきなのか彼らは真剣に悩んでいた。


 友情というものを知らない。仲間という意識を知らない。


 ミケルはそれを構成するひとつひとつの自我の中でいつか埋まるだろうと期待されていたある一か所に知らぬ間に蒔かれていた種が密かに芽生えていたのを感じた。そしてそれがどんな色をしていてどんな形をしているのか全く分からなかった。


 ぼんやりと歩いているように見えたに違いない。ミケルはレーアがずいぶん前から目の魔の行く先に立っている事に気が付かなかった。


「ミケル?」


 呼びかけられてようやくミケルは気が付いた。

 もしレーアが彼に声をかけなかったら気が付かずにそのまま通り過ぎて行った事だろう。


「レーアか」


 返事も力がなかった。


 レーアはその様子を見て心配そうな表情をしているが言葉には表さなかった。


「付いて来なくてもいいと言っただろう。どうした?」


「ウィノラの言う事が転生者に関連してるかもって思ったの。だから教会の方に向かおうかと思ってたらミケルが歩いて来たから」


「教会に?」


「うん。ウィノラはクロイン派の教典を盗んだんだって。その教典を読んでウィノラはクロイン派の獣に姿形を変える秘儀が転生者に関連してるんじゃないかって言うの。つまりはスキルの付与が転生者に関するものなんじゃないかって言うの」


 ミケルは頷いた。確かにこれだけの人が同じようなスキルを持っているのは珍しい。同じようなスキルを保有する者たちが集まったにしてもそれもそれで珍しい事だった。どちらにせよ調べてみる価値はあると考えていた。


「それはレーアたちで調べてくれ」


「分かった。じゃあ、教会に行くね?」


「ああ」


 ミケルはまだ頭が良く働いていない。ぼうっとしたままで歩いて行く。その様子をレーアは何度も振り返って見ながら教会へと向かった。


「いや、待て」


 レーアが繰り返しミケルを見るのに気がついていたのでようやく彼は我に返ったように頭の巡りをはっきりさせた。


「レーア、本を調べるのはそのまま行え。俺はあの神父に接触したい。セシルをあの教会から連れ出してくれ」


「分かった」


 2人は揃って教会へ向かい始めた。

 ミケルは姿を隠してレーアとセシルが出てくるのを待った。


 彼女たちが出て来るのにはかなり時間を要した。セシルが渋ったのかもしれない。どうにか説得した様子のレーアはウィノラの事やその他のもろもろの事を合わせて誘ったに違いない。


 ただセシルもレーアも本を持った様子ではない。本は無かったようだ。


 レーアはミケルを探す様子は見せなかった。足速に去っていく。

 遠ざかる2人の背を見送るとゆっくりとした動作で教会の扉の前に立った。


 闘いになるかもしれないとミケルは思った。その覚悟は既に出来ている。


 教会の扉はすんなりと開いた。堂内は血生臭かった。そこにはインガル神父の姿はない。


「あ………」


 声が漏れていた。ミケルはそちらの方を見る。


 そこには包帯が巻かれたカーティスがいた。顔を負傷した様子でぐるりと何重にもなった包帯が顔を覆っているがそれはカーティスだった。


「カーティスか?」


 ミケルの尋ね方はいくらか冷めていた。それは闘いへの準備のために冷静さであったがカーティスには驚くほど冷たく感じられた。


「ああ。そうだよ、カーティスだ。様変わりして分からないかと思ったが見分けがついて良かった」


 ミケルはカーティスの心配をしていない。のみならずここにいる者たちの心配など少しもしていなかった。


「なぜ、ここに?」


 そのまるで心配していない様子を見てカーティスは尋ねた。心配の言葉もなかった事がそうさせた。彼は他にも尋ねるべき事があるはずだと思いながらも何故と尋ねるのだった。


「少し用があってな」


 どんな用があるのかと追って尋ねたいカーティスだが彼が問うべき事は他にあった。


「アクセルと何かあったのか?」


「アクセルと?」


 あったが取り立てて言う事のほどでもない。ミケルにとっては道端の小石を避ける程度の事だった。


「いや、特にこれと言った事はなかったよ」


 ごく自然と言葉が口から出た。


 それを聞いたカーティスは腹の底から湧き上がる不安感、恐怖を感じていた。

 この無関心さがどこからやって来るものか彼は考えられなかった。


「神父はどこだ?」


 ミケルがようやく何かに関心を示した。それがまた人間らしさに感じられてカーティスは震える指先で奥の診療所の方を指さした。


「我々の処置を終えて診療所の方へ」


 カーティスの指の先にある診療所に繋がる扉は古い。がたがたの古びた扉だった。ミケルは何も言わずにそちらの方へ歩いていく。教会内は程よく明るかった。ろうそくの火といつの間にか出ていた月の光が教会内を照らしている。


 そこへ入る前にミケルは教会内を改めて眺めた。カーティスはミケルを見たままで固まっている。だが、怪我の具合を見てもいくらか落ち着いている。そして他のベッドの者たちも安らかで落ち着いていた。ミケルがやって来た事に気付いている者は少ない。居たとしてもそれを考える事もしないで休んでいる。


 扉を開けてミケルは殺風景な診療所を見た。ベッドと椅子は全て教会内へと移されている。必要な器具や道具も移動させられていて診療所内はほとんど物がなかった。


 ただ一組の机と椅子がある。そこにこの教会の主・インガル神父がいた。座って本を読んでいる。ミケルはその本をウィノラが盗んだという本だろうと思った。


 突然、入室してきたミケルを見てインガル神父はゆっくりと本の開いていたページにしおり代わりに紙を挟んだ。


「申し訳ない。今日はこんな有様でお祈りはできません。大聖堂の方へ向かってください」


 インガル神父は微笑んで対応していた。疲れはなさそうに見える。

 その微笑みには喜びがあるように見えた。ミケルはその表情を見た後に神父が見ていた教典を見た。恐らくあれの中に神父が喜んだものがあるに違いないと思った。


「あの………」


 インガル神父がミケルに声をかける。それは神父の行いだった。


「転生者を知っているか?」


 ミケルが尋ねた事に神父は大きく息を吸って吐いた。


「最近になってこの街の中でもその言葉を耳にするようになりました。嘆かわしい事です、転生者など存在しませんよ。それを信じる方たちは道を見失って迷っているのです」


「神などいないが転生者は存在する」


「神はいます。我々のすぐ近くに、そしてとても遠くに」


「人の魂はどこにある?」


「肉体の中に。そう、誰の肉体の中に存します」


「いや、肉体の中にない魂も存在する。魂だけで存在する者たちがいる。転生者に肉体を奪われた者たちが」


「どうやら取り乱しているようですね。いいでしょう、どうやら治療が必要のようですね」


 インガル神父は手をミケルの方へと近づけた。

 手をかざしてミケルの頭の方へと伸ばす。ミケルは抵抗しない。受けて立つつもりで構えている。彼の想像する通りにスキルなら彼にはどんな作用も及ばない。


「さあ、心安らかにしなさい。大丈夫です、神はあなたの近くにいます」


 手が微かに光った。確かに何かの影響がある。それは精神への干渉だった。構わずにミケルは続ける。彼はインガルにと言うよりも他の何者かに問いかけるようにしゃべり続けた。


「魂は救われるか? 救われぬ魂も神は救ってくれるのか? 我々は神によって生まれた。神が許したこの世の理の末に生まれたのだ。神はなぜ、転生などというものを良しとしたのか、その末に生まれた救われぬ魂も“神”が救うのか? その存在を“神”が許したというのか?」


 ミケルには精神干渉は及ばない。スキル【独立した誕生】が精神干渉系の効果を全て弾いてしまうのだ。


「きみは………」


 ミケルの姿が変わっていく。闘いが始まると思った。転生者を知らず、偶像を、無知のままに転生者たちを崇めているこの街の連中が反吐が出るほどミケルは嫌いだった。


 ごんと全身を打たれたような感覚があった。それなのにミケルの身体には何も生じていない。ミケルの肉体は無数の魂たちが寄り集まって構成されている。その全てが握られている感覚があった。


 インガル神父が手を前に出して空を握りしめている。


「やはり、転生者か。間違いなく転生者だ。会いたかった、お前たちに会いたかった!!」



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