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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第22章 地下道の奥

 

 地上で活動する同胞から討伐の依頼の報せを受け取った蛇はこの先の計画を考えていた。

 ウィノラが同胞たちと接触する事は大いに考えられた。なにせ同じ目的を持つのだからそれなりに引き寄せられていくに違いない。


 蛇はウィノラの処置はそちらに任せる事にして地下道の様子を把握する事に努めた。

 この地下道にはどうやら更に奥があるらしい。奥と言っても更に奥、深みへと繋がる扉があるようなのだ。


 その扉を探すために地下道を巡っているのだが見つからない。巧みに隠されているに違いない。それこそ転生者たちのように。


 ミケルも転生者がいるという事を確信していたがこの蛇たちも確信していた。蛇の姿のままでいると獣性がより強くなる気がする。同胞たちの中にも魔獣はいる。その魔獣たちの本能が呼び覚まされるのだろう。


 その地下道へ行けば大型の何かがずりずりと這う音が奥の方から聞こえた事だろう。地上では地下でそのような巨獣が潜んでいるとは夢にも思っていない。


 蛇は己を獣と認めながら奥へ奥へと入っていく。


 その地下道にカーティスを含んだ依頼を受けた教徒たちが入って行った。

 カーティスは依頼を受けた人物たちに声をかけられて参加した。彼が知る限りではレーアがその獣の事を知っているはずだし、一度はこの地下道にその獣の姿を探しにやって来たほどなのだ。


 だから、その時の仲間であるレーアやアクセルを同行させようと探したのだが見つからなかった。唯一、クレイを見つける事が出来たのだが、彼女はレーアもアクセルの行方も知らないと言うので彼は無気力で退屈そうなクレイをその場に残してやって来たのである。


 カーティスは他の派閥の人々と15人ほどの一隊を組んでいた。そこにクロイン派の者はいなかった。蛇と聞いて彼らは真っ先にクロイン派の教徒の事を思い浮かべた。


 そしてこの頃のクロイン派の動きを見ていた連中は彼らがこの一隊に加わる事を避けた。声をかけたのはクロイン派ではない者で、いくらか腕の立つ者と限られていた。


 しっとりと空気に水気を含ませている地下道は彼らになかなか強い嫌悪を抱かせた。


「最近のクロイン派の連中の動きが気になる」


 一隊のリーダーとして依頼人から任されたひときわ身体の大きな男がぼそりと呟いた。


「梟が飛んでいたり、狐がいたり、他の鳥も見る。最近、特に増えているような気がする。なにか企んでいるんだろうか?」


「分からない。だが、それに続けて今回の蛇の事だ。もしかしたらクロイン派の教徒たちの中で手の付けられない教徒が暴走して地下道に立て籠もったのじゃないだろうか?」


「まさかそんな事はないだろう。だって、この宗教では蛇は嫌われる。蛇に変わる教徒なんて頭がいかれてるさ」


「そのいかれてる奴がいるのかもしれない。いつも思うんだがクロイン派はどうしてあんな教義を持ったんだろうな?」


「つまり?」


「うん、獣に姿を変えられるようになるなんてスキルの効果としか思えない。でも、俺たちにはスキルは2つまでだ。よっぽどの才能を持たない限りはな。3つ目のスキルを持てる教義、それがどうして獣に変わるんだろう?」


「獣、我々の神の姿も獣に似ている。獣ではないが人間ではない」


「それにしてもクロイン派が何かを企んでいるなんて馬鹿げた考えを良く思いついたな。いったい奴らがどんな事を企むって言うんだ?」


「さあな。だが、クロイン派はいつもきな臭い気がする。去年の降誕祭でも逮捕者が出たじゃないか。それに今回のミヒャエル派の事件だってある。街の影で、見えないところで何かが怒ってるんだよ」


「やれやれ、お前の心配性には呆れるよ。クロイン派だったり、ミヒャエル派だったりと考える事が多すぎる」


「そうだ、考える事が多すぎる。我々の宗教は派閥を作りすぎたんだ。これは良くないと思う。カーティス、確かお前も以前に似たような事を言っていたよな?」


 呼ばれたカーティスは話に加わった。


「ああ、俺は常々、考えていた。派閥をこれ以上に増やすべきではない。これでは広範になりすぎる。教えの及ぶ幅を我らは見失っているんだ。ミヒャエル派の事件はその教えの幅を逸脱したがゆえに起きた事件ではないだろうかと思ってるよ」


「教えの幅、ね。教義の広さ、いわゆる神の寛容さだな。神はどれだけの人を導いていけるのか、どれだけの悪徳に染まり切った者さえも神は導いて行けるのか。我々は考えなくてはならない。その点は我々のヴィルヘルム派の教義と矜持に繋がるな。我々の派閥には強い教義はない。唯一と言えるのは神を信仰している事だけ」


「そうだな。だが、我々が第一義とするのは[教団]という志向だ。宗教はひとりのカリスマも必要だがたったひとりでは成り立たない。集まって形作るからこそ我々は居られる。ヴィルヘルム派は[教団]の派閥だ。それを忘れぬ限りは大丈夫さ」


 地下道を進む一隊はヴィルヘルム派・ルイーゼ派がほとんどでミヒャエル派の者は3人しかいなかった。


 ヴィルヘルム派の者たちはカーティスたちのように話を続ける群が出来上がっていた。ルイーゼ派は寄り集まって一言も喋らない。それなのに互いを理解しあっているかのように歩みは同調していて一定だった。


 それらに対してミヒャエル派は3人が個別に離れていた。寄り添いあう事もないし、語る事もない。


「なあ、クロイン派を除く全ての派閥がいるんだ。少しは話をしないか?」


 ヴィルヘルム派のリーダーに任じられた男が提案した。


「その方が連携も取れて戦闘になった時には助かると思うんだ」


 誰も口を開かない。ルイーゼ派の者たちは先ほどよりも互いの身を寄せ合って小さな声で会話をしているようだ。


 ミヒャエル派の3人は睨むだけで相談すらしなかった。


「俺たちはヴィルヘルム派だ。これまで明かしてこなかった事だが別にタブーってわけじゃない。俺たちの教義は[教団]だ。お前たちはどんな教義に沿っているんだ?」


 カーティスが連携が取れた方が有利だという点に明確に賛意を表して進んで話し合いを盛り上げようとしている。


 すると、ルイーゼ派のひとりが口を開いた。男性の高い声が地下道内に響いた。


「我々の教義は[体験]です」


「なるほど、ルイーゼ派は[体験]か。なかなか良いな」


「病や怪我の治癒の[体験]は何にも勝る[体験]となります」


「うん、俺も怪我をした際にはお世話になった事がある。良い教義だ」


「ミヒャエル派の教義はどんな物なんですか?」


 カーティスが黙りこくった3人に誰ともなく尋ねるが口を開く者はいなかった。まるで誰かに様々な事を禁じられているような無欲な者たちだった。


「聞けば、[教義]と耳にした事があります」


 ルイーゼ派の男がその高い声で代わりに答える。沈黙の報酬と言ったところだろう。ミヒャエル派の男たちはその返答に明らかな不満を見せるが否定しなかった。


「やれやれ、戦闘になったら声ぐらいは出してくれよ」


 そうして話をしているうちに一隊はある地点にまでやって来た。それはミケルとアクセルたちが争った例の中型の貯水槽だった。


 カーティスは自分たちが調べた場所は事前に教えていたので調べていないところを優先していたのだがついにここまでやって来たのだった。


「ふむ、ここまでそれらしい痕跡を見つけた者はいるか?」


 全員が首を振るなり肩をすくめるなりの否定のサインを表した。


 カーティスはここへ来てレーアをなんとしても引っ張って来るべきだったと後悔した。


「異常と言うほどではないかもしれないけれど普段と違う点ならひとつだけある」


 ルイーゼ派の女性が手を挙げて言った。


「教えてくれ」


 こくりと頷いた女性は周りを見るように促してぐるりと周囲を指さした。


「小動物がいない」


 言われて男たちはここまで小動物を一匹たりとも見なかったことを思い出すとそれに対する危機感を抱くのだった。


「小動物がいないのは敵がいるからと見てもいいのだろうか?」


「見るべきだろうと思っていたんだがな。俺の友人のスキルでは巨大な蛇だった言うが」


「よし、調査は続行だ。各員は新しい発見があれば報告してくれ。ここに来て言葉も発しないというのはなしだ」


 頷きあって彼らは貯水槽内へと降りて別の管へと入る道を定めにかかった。


「待って、この奥から声が聞こえる」


 ルイーゼ派の女性が皆の注意を集めるようにランタンを高く掲げて目の前の管を指さした。


 女性の傍へと集まった一隊は確かにその管の奥から何かが動くような音を耳にした。それはかたかたと小さく動いている。大きな体を思わせる音ではない。地上なら風の音だろうと済ませられるような微かな音だったがここに風は吹かない。


 一隊はその管へと入って音の正体を見極めようという意見に一致した。


 カーティスがスキル【レンジャー】を使って周囲を窺いながら先頭を歩いた。

 音は近くなる。すぐそこだった。


 果たして音の正体は、蹲って小さくなっていたアクセルだった。


「アクセル………?」


 カーティスは恐る恐る近づいてアクセルに声をかけた。


 呼ばれてゆっくりと振り向いたアクセルは酷い顔をしていた。頬や額に腐った泥や鼠の糞が付いている。

 彼は怯えていた。


「カーティス、あいつは化け物だった!!」


 声の主がカーティスだった事に気が付くとアクセルは身を起こして彼の腕へとしがみついた。


「あいつは化け物だ。とんでもない化け物だったんだ!!!」


 取り乱したアクセルをどうにか宥めようとカーティスは言葉をかけ続けた。なぜ、こんなところにいるのか、あいつとは誰の事か、化け物とはどんな化け物なのかという疑問がアクセルを支えるカーティスの頭に浮かんでくるがとにかく目の前で泣き喚くアクセルを落ち着かせようと言葉をかけ続ける。


「アクセル、落ち着いてくれ。とにかくここから出よう」


 カーティスは足に力を入れないアクセルをなんとか立たせようとするがアクセルは歩く気も無い。彼は地上へ戻りたくないのだ。


「嫌だ、上にはあいつがいる。カーティス、よく聞いてくれ。ミケルとかいうあの男は正真正銘の化け物だったんだ!!!」


 ミケルという名を聞いた時、カーティスの頭に過ったのは「アクセルがあの実力者の名前を言っている」という事とアクセルの額に浮かぶカーティスには読めない文字の羅列だった。辛うじて彼はその文字の羅列の始まりが数字らしい事だけは理解した。


「アクセル、彼がどうしたって?」


 尋ねるカーティスの戸惑いを見たアクセルは理解してもらえなかったという事実を受け止めて説得しようと、この街に近づく危機を知らせようと思った。そう思った途端に彼の手足には力が入った。不理解がそうさせたのだろう。


 アクセルがカーティスの両肩を持った瞬間に彼の耳にある言葉が聞こえて来た。


「やれやれ、情報を漏らしてはならないと言ってあるはずなんだがな」


 その声はミケルの声のように聞こえたがまるっきり違うようにも聞こえた。

 確かに蘇っていたアクセルの顔から血の気が引いていく。


 彼がゆっくりと声のした方を向くと伝えるべき言葉も口から出る事なく咬みつかれた。

 アクセルの身体は下半身が何ものかによって食われていた。そしてどこかへと引きずり込まれていく。


「待ってくれ、待ってくれよお。クレイに手伝わせる。そうしたら2人分だ。あいつは人探しのスキルを持ってるんだ。待ってくれええ!!」


 アクセルはカーティスに手を伸ばす。助けを乞うために。カーティスもその手を掴んで引っ張るのだがアクセルの下半身を吞み込んだ何かの力の方が圧倒的に強かった。


 下半身を呑み込まれて闇へと引きずり込まれようとしているアクセルは悲鳴を上げ続けた。

 蹲っていたアクセルの衣服には泥や小動物の糞便が付いていて良く滑る。カーティスは徐々にアクセルの腕を掴む手から彼が遠ざかっていくのを感じていた。


 後ろには一隊の連中がこの光景を見守っている。ヴィルヘルム派の者たちはアクセルの衣服を掴んでいたが力が及ばなかった。


 遂にずるりと滑ってアクセルを掴んでいた全ての手が彼から引き離されると彼の身体は地下道の奥へと呑み込まれていった。まるで見えなかったそれの正体に彼らは恐怖するばかりだった。


 闇の中へと呑み込まれていったアクセルの最後の叫びが管の中へと木霊する。


「転生者だ、転生者を探すんだー!!!」


 アクセルの叫びが木霊のように薄れていくと一隊の耳には管の奥からずりずりと巨大な獣が這う音だけが聞こえていた。


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