第21章 ミケルの立てた計画
教会を出るとミケルは身体から蛇を出して地下道に潜った同胞たちに討伐の依頼が下るかもしれない事を報せに走らせた。
その後にレーアを探し始める。
といってもレーアもミケルを探しているはずなのですぐに見つかるだろうと踏んでいた。
建物の屋根に跳んで上から彼女を探す。するとレーアの姿は簡単に見つけられた。そして同時にクロイン派の暗躍者たちも目に入る。
ミケルは構わずにレーアのところへと走った。彼女は無賃宿のミケルの部屋を訪ねていたようだ。当然ながらそこに姿はない。右と左の歩道を見てレーアは迷いながら当てずっぽうに右の歩道を走り出した。
建物の屋上からそれを見ていたミケルは彼女の目の前に降り立って姿を見せた。
驚いたレーアはどう言ったら良いのか分からないらしい。探していた人物が向こうからやって来た。それはきっと自分の意図が筒抜けている事、その人物も何らかの思惑を抱いているかもしれない事をレーアに抱かせた。
それだったがとにもかくにもウィノラの毒の治癒をどうにかしなければならないと思ったレーアはミケルへと口を開いた。
「ミケル、手伝って、欲しい事があるの。ミケルに、とっても悪い事じゃない。転生者に、関する事だから」
「分かってる。ウィノラの事だろう?」
「知ってたの?」
「俺はこの街について調べている。教会内でお前たちが話しているのを見た」
「なら、すぐにも、協力してほしい。転生者について、情報を欲しがっているものがいるの」
そう、ミケルと同じように。
「すぐに応じよう。だが、転生者は信じていないのじゃなかったか?」
ミケルはレーアに尋ねた。これは意地の悪い問いかけだった。レーアは答えない。ミケルが怒っていると思ったのだ。
ミケルは様々な理由でウィノラやセシルのいる教会へと足を運びたくない。セシルとの再会はこの機会ではないと考えられたし、インガル神父との対面は2人きりで行いたかった。
だからこそミケルはレーアをとことん利用する思惑が浮かんできた。この女を抱き込む。協力者として、この街で働く忠実なる僕として。
「転生者は存在する。が、神など存在しない。もし本当に神などという者がいるのなら祈りを捧げる者すべてを救うはずだ。俺ならそうする」
「ミケル………」
レーアは悲しそうにミケルの名を呼んだ。その呼び方はいくらか滑らかで淀みがなかった。
「レーア、俺ならお前の病を治してやれる。それは他の者たちとは違う。今ここで直す事が出来る。もちろんウィノラの解毒も容易だろう。もし、そうする事が出来たのなら俺の言葉を信じてくれ」
ミケルの言葉を聞いたレーアの眼は大きく開かれていた。驚きと疑いと、期待。多くの物を訴えるために所狭しと入り混じりながら涙のようにぼたぼたと力なく落下を免れて湛えられている。
「わたしは………」
レーアはそうと言ったきり口を開かなかった。治りたいのか治りたくないのか分かっていなかった。諦めが彼女をそうさせていた。病を持った暮らしにも慣れていたし、それを抱えて生きて来たこれまでの日々を失いたくないと思っている。
風が吹く。建物の間にある通路を空気が駆け巡る。ミケルとレーアが対峙するその場所を縦横無尽に駆け巡り続けた。
一瞬だけ天を仰いだ。そして教会の方を見やるとレーアはミケルに尋ねた。
「ミケル、あなたは、何者なの?」
これに対する問いは以前なら持っていた。燃え上がる憤怒の炎の前に影だけが揺らめきながらその炎に焼かれている。
『我々は人間だ』
多くの同胞が同意した。だが、同意するだけで言葉として出る事はない。
ある時に「お前など人間であるものか」と言われた事がある。
『我々は獣だ。我らの獣性を証明した』
『そうだ、我々は獣』
『哀しき獣』
ミケルは胸中に渦巻く想念に想いを馳せて黒々と渦巻くそれらを愛し気に微笑むとレーアと同じように天を仰いだ。同じ空を見ていながらそれらは異なる角度だった。立つ場所が異なるからだろう。レーアには青い空が見えていたのにミケルには南方からやって来る灰色の巨大な積乱雲が見えていた。
「我々は黒き獣。たったひとりで産まれ、たったひとりで死んでゆく漆黒の獣」
我々を産んだ者を神と呼ぶのなら、この世界の理、転生者と我々の存在を許した者を神と呼ぶのならその神をこそ滅さねばならぬと想いながらミケルはレーアへと歩み寄っていく。憎悪の炎に薪をくべながら。燃えよ、燃えよと滾らせて。