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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第19章 月夜に輝く種まく者

 男たち3人の顔は覚えた。

 ミケルはクロイン派の連中の凡その関係を知った。男たちは訓練された兵士であり、目的のためなら犠牲を厭わない。それが教義によるものなのかは全く分からないが彼らにはミケルに手をかける際に迷いは完全になかった。


 クロイン派は動物に擬態する事が出来る、こうした秘密裏の襲撃や暗殺を厭わない、そしてそれらを行うための教育をする者とあるいは施設がある。ミケルはそれらの事を心へ留めながらレーアたちを追う事を再開した。


 教会はひっそりと静まり返っていた。

 外から中の様子を窺うと微かに話し声が聞こえる。それはどうやらレーアとウィノラともう一人。


 ミケルはどうにかして話を聞けるようにしなければならないと考えた。

 スキル【風を読む者】は風上の情報、主に風に乗って来る情報を読み取るだけのスキルで風下の事はほとんど判断できない。事は建物の中の事。風が起きようはずもなくミケルにはスキルを頼って情報を得る事は出来なかった。


 教会の中へ入ろうと考えたのは無理のない選択だっただろう。ミケルは慎重にその中へと潜入した。蛇や小動物に擬態する事も考えたが閉められた扉や段差を静かに越えるのには人間である事の方が容易だった。


 彼は青年の姿のままで教会の中へと忍び込んで3人の話す内容に聞き耳を立てた。


 彼女たちは講堂のある一画にいた。会話はレーアとウィノラ、そしてセシルで行われていた。


「どんな蛇だったのか種が分からないと解毒も難しくなります」


「うん。ウィノラ、どんな、蛇だったの?」


「それが暗くてどんな種かまでは分からなかったの」


「そうなると解毒もとても困難になります。毒によって血清の種類も変わりますから」


「でも、蛇なんだね?」


「そうよ。蛇だった。とっても大きな蛇で首の脇から小さな個体を伸ばしてわたしに咬みついたのよ。クロイン派の誰かだと思ったら違ったわ。わたしを解放したんだから」


 ウィノラはあくまでも解毒を考えているらしい。


「インガル神父は、解毒も出来るの?」


「聞いた事がありません。インガル神父は病や怪我の簡単な治癒だけのはずです」


「やっぱり情報を集めるしかないのかな?」


「情報………」


「情報ですか?」


「うん。セシルは知ってるかな。転生者って人の事なんだけど?」


「転生者なんておとぎ話ですよ。そんな話を信じるなんて良くありません。神はいます。我々の傍に。転生者など存在しません」


「うん、私もそう思ってた。でもね、その蛇が言ったのよ。転生者の情報と血清を交換だって、それも期限は3日」


 ミケルは話を聞いているようで聞いていなかった。


 彼はセシルを目にして驚きに固まっていた。なぜ彼女がここにいるのか全く理解できなかった。彼女とミケルが出会ったあの村はとても離れている。とても一人で来る距離ではない。誰かに連れて来られたに違いない。


 そして彼はセシルから目を離せなかった。なんと美しく成長している事か。


 次々と謎が増えていく。だが、それら全てを薙ぎ倒すようにセシルへの疑問は彼の中に大きく膨らんでいった。


 潜入して話を聞くミケルの様子も知らぬまま3人は話を続ける。


「いないものはいません」


「わたしもそうと言ったんだが納得しなかった。絶対にいると言って聞かないんだ。だから調べるしかないと思ったんだが」


「わたしも、転生者について、調べている人に、心当たりがある。その人なら、何か、知っているかも」


 その相手は蛇と同じだ。尋ねても良い返事は得られないだろう。


「紹介して欲しい。もしかしたら力になってくれるかもしれない」


「もう、ウィノラも、知ってる人だよ。ミケルの事、だから」


「彼が?」


「ミケル?」


 セシルがミケルという名前に反応した。


「レーアさんの新しいお友達はミケルっていう名前なの?」


 セシルがレーアに尋ねる。その様子は明らかに彼女に何らかの変化を与えていた。ミケルはそれを見て彼女が自分の事をよく覚えている事を理解した。


「うん。ミケルって、名乗ってた」


「そう。あの、どういう様子だか教えてください。どんな人なんですか?」


「うん。正確に、年齢を聞いたわけじゃ、ないけれど、わたしよりも上だと、思う。背が高くて、とても強い。余裕のある人で、突発的な、事にも動じなかった」


「そうですか。レーアさんよりも年上の方ですか」


 いくらか残念そうにセシルは言った。間違いない、彼女はミケルを探している。

 あの少年の姿でセシルと出会った時には年齢的にはセシルと同年代か年下ぐらいの姿だった。


 今のミケルの像と当時の人間的に成長した彼女の中のミケルの像は一致しなかった。


 徐々にミケルの中で彼女に会いたいという想いが膨らんでいく。これは考えではなく明らかに想いだった。


「わたし、そのミケルの話を聞きたい。レーア、良かったら事情を説明してここに連れて来てくれないかな。わたしはもうあの無賃宿には戻れないから」


 レーアはこっくりと頷いた。そして扉を開けて教会の外へ出てゆく。彼女はウィノラに頼まれたように無賃宿の方へと走り出していた。


 2人になるとウィノラとセシルはあれこれと話し始めた。その内容は転生者の話ではなく主に蛇とその毒についてだった。


 ただもうミケルには興味がなかった。彼の頭を支配していたのは青年の姿でセシルと会うのが良いか、それともあの時の少年の姿で会うべきかを考えていた。


 時間は過ぎていく。月は上っていて街を月光に照らしていた。太陽の光を反射させているに過ぎないこの歪な光はなにかとても不気味だった。街の中ではまだ祭りのために唄を唄い、踊り、唱えている。


 考えながらミケルはほとんど満足していた。セシルの整った美しい横顔を見ているだけで彼はほとんど満足していた。これは恋と言っても良かったかもしれない。だが、獣にはそんな感情は必要のないものだった。睡眠欲も食欲もないのだ。元より性欲などもあるはずがない。それなのに尚、ミケルを惹きつける魅力がある。


 ほどなくしてレーアが戻って来た。そしてその隣にはインガル神父がいる。

 その姿を見た時にミケルは一瞬だけそのインガル神父が転生者に思われたがあまりにも弱弱しいサインだった。一度得た感覚だったがそれもごく一瞬だけでミケルは疑いをすぐに消してしまった。


 レーアはインガル神父を信頼しきっている様子で隣に立っている。ウィノラも彼がやって来た事に焦っている様子はない。派閥によってはしっかりとした線引きは行われているのだろう。


 互いの派閥の繋がりはそれだけ強固ではないらしい。


 ミケルはずっとこの様子を見ていた。セシルもインガル神父がやって来た事にすっかり安心していて事態が纏まってゆくだろうという雰囲気が漂いだしている。


「レーア、ミケルはいなかったの?」


「うん。ここに、来る途中でインガル神父に、会ったから簡単に、事情を説明したの」


「そう」


「まずは蛇に咬まれたところを見せてください」


 ウィノラは首元を露わにして2つの傷をインガル神父に見せた。


「猶予は3日ですか。その蛇が言ったのですか?」


「はい、血清は転生者の情報と交換だと言ったんです」


「また転生者ですか。悲しいですね、そのような偶像崇拝が地下に根付こうとしているのは」


 転生者の追及が出てもインガル神父は動揺しない。ミケルは判断を保留にしてセシルの様子を観察し続けた。


 セシルはインガル神父の隣に立って補助するつもりらしい。彼女はなにか指示されるのを待っているような面持ちで傍に立っている。


「ふむ、念のため治癒をかけてみましょう」


「ありがとうございます」


 インガル神父が言うと右の掌をウィノラの額にかざした。柔らかな光がインガル神父の掌とウィノラの額の間に閃くと大きく広がってウィノラを包みこんだ。


 インガル神父は右手を戻して衣の中へと戻す。


 ウィノラはたったこれだけの行為ですっかり安心したように表情が明るくなっていた。ミケルはこれを見ていたが解毒がそれだけでなされたのか分からなかった。ただウィノラを包んだあの光は治癒と言うよりもそれに似た別のもののように思われるのだった。


 それなのにウィノラの表情はそれだけでも十分な満足があるような微笑みをしている。安心して3日後に訪れる悲劇を忘れたようにしていた。


「さて、ではもう少し事情を詳しく聞かせてもらいましょうか」


 インガル神父が言うとウィノラは饒舌になって話し始めた。

 ある失敗からクロイン派の教徒たちから追われていた事、その逃走中に逃げ込んだ地下道内で転生者を探す蛇に出会った事、その蛇がとても強くあっという間に梟たちを撃退してしまった事、その蛇が再び地下道内へと入って行った事を彼女は声高に語った。どうやらすっかり話してしまいたかったらしい。


「じつは、わたしも、地下道内に巨大な生物の、反応をスキルで認めていて、ウィノラの言う蛇の、存在は確かだと思う」


「分かりました。そのスキルで反応を認めたというのはどの辺りですか?」


「橋の近くです」


「橋の………。いえ、分かりました。こちらへ来てください。街の地図を用意しましょう」


 そう言ってインガル神父はレーアとウィノラを伴って教会の奥の方へと入って行った。


 セシルは3人を見送って堂内に残っている。ミケルは話を聞きたいと思いながらも足は動かなかった。


 教会内にはステンドグラスから月光が射し込んでいる。神の像の前に立ったセシルはそれを長い間、見つめてからゆっくりと跪くと静かに祈りの言葉を唱え始めた。


 彼女の祈りはとても長かった。これを見る事はミケルには少しも苦にはならなかった。むしろ幸福ですらあったかもしれない。


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