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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第16章 貯水槽の中で


ミケルは完全に冷静だった。

貯水槽内へと落とされたわけだがいつでも抜け出せる。5メートルほどの高さなど上るにはどんな道具も必要ない。


これはある意味では好機だった。中の様子は蛇が調べているだろうから調べる必要はない。今ここで必要なのはじっと待つ事だと結論を出した。


アクセルが去って行く時にミケルは蛇を放った。蛇はアクセルを追っている。彼の興味はアクセルやクレイなどの信仰が強くない者たちだった。ウィノラやレーアは信仰がある。それはある意味で一定以上のものであっただろう。今、ミケルに必要なのはその一定に達していない者の転生者というおとぎ話もとい偶像への主張だった。


アクセルはあとでゆっくり見物に来てやるぜと言っていた。恐らくは見物に来るだろう。それもクレイを引き連れて笑いに来るに違いない。そしてもしかしたら大勢の仲間を引き連れてやって来る事も考えられる。


だから、ミケルは待つ事にした。


中型のこの貯水槽は横に長い長方形の形をしている。管はアクセルが去った管を数えて全部で6つある。

どの管も調べたが生体反応は見られなかった。


アクセルはミケルの姿が消えた事をカーティスやレーアに報告するだろう。2人がよく尋ねるに違いない。それをどのように報告するのか見てみたい気はする。それはそれで面白そうだと思ったが放った蛇に任せる事にした。


どれくらいの時間をミケルが過ごしたのかは分からない。とても長い時間であったように思える。この真っ暗の空間で過ごすには1人なら耐えられなかったに違いないがミケルは1人ではない。彼らは心中での対話を続けて時間が過ぎるのを待った。


アクセルたちが来なくとも良し、来たら来たで良しである。ミケルの中ではこれを屈辱と感じてすぐにもアクセルたちを始末しようと言う声もあった。


『すぐにも始末しよう』

『そうだ、始末するべきだ。今後も大切な時にこうした邪魔を入れる連中かもしれない』

『馬鹿げた事だ。こんな事で時間を取られているようでは先が思いやられる』


『いや、無用な殺人は注目を集める』

『アクセルが連れて来る者たちの数にもよるが対処は慎重に行った方が良いだろう』

『賛成だ。我らはここで転生者を探している。人を殺す事ではないし、明らかに彼らの方が弱者だ。弱き者を殺し続けては身動きが取れなくなる』


このようにして果てしなく問答は続いた。

結局、彼らは事を慎重に進める事を選んだ。転生者がいると確信しているがここで波風を立てても良い方向へは進めないだろうという結論だった。


それにしても結論を出したには出せたのだが次には進めなかった。アクセルたちがやって来ないのだ。


ある者はついに痺れを切らせて外へ出ようと言った。ある者は更なる地下を求めて進もうと言った。


主張が乱れてひとつの身体はところどころ形が歪にさえなっている。

ところがそんな渦中に足音が聞こえて来たのだった。それもひとつやふたつではない。声まで聞こえて来るが反響して数を正確に計る事が出来なかった。


「ここですよ」


アクセルの声だった。その声はとても楽しそうだった。


「おい、新人。いるか?」


アクセルが声を張り上げて尋ねる。ミケルは返事をしない。アクセルの隣にいたのはレーアやカーティスでもなければクレイでもなかった。


大きな槌を持っている。どうやら鎖で繋いでいるらしい。じゃらりと鉄と鉄がぶつかる音が聞こえる。


「アクセル、灯りを点せ」


「はい!」


灯りが点されると長方形の貯水槽内は明るくなった。

アクセルと大槌を持った男とひとりの女が立っていた。男と女は肌に広く刺青を彫っていて象徴的だった。


アクセルは笑っていた。見物に来たのは間違いないらしい。が、ミケルが思っていたような見物ではないらしい。


「へへ、アラリカさん。俺の言った通りに腕が良かったら頼みますよ」


「心配するな、それについては弾んでやる」


「ディーツ、腕を見てやれ。どれくらいの値が付くか判断しろ」


「了解、了解」


ディーツと呼ばれた男が大槌を肩に担いだままで貯水槽内へと飛び降りた。ミケルは水槽内の角で座ってこの一連のやり取りを眺めている。


「おい、立て」


ディーツが大槌を構えながら近づいて来る。

どうやらミケルは売られたらしい。だが、こいつらはどういう類の連中だろうか。

信仰があるようには見えない。この街の住人なのか、ミケルには判断が付かなった。


この街の住人であるかの判断は付かなかったが階層序列の判断は容易に付いた。アラリカと呼ばれた女が間違いなく最も上に属する者だろう。


だが、いずれにせよ脅威にはならなかった。そして踏ん切りも付いた。ミケルは正体を隠す必要がなくなった。この貯水槽の周囲には4人の他に気配はない。ここで色々と試してみても良いだろうとミケルは思った。


「おいおい、立つ事も出来ないのか?」


ディーノがミケルの前に立って言った。すでに大槌を構えている。槌は牛も屠れそうなほどの大きさでアクセルなら一撃で終わるだろう。


だが、悪い事に相手は牛でもなければアクセルでもないミケルなのだった。


ミケルはディーノの顔を見た後に管の中で見物を決め込んでいるアクセルとアラリカを見た。ずいぶんと余裕に見えるのはこのディーノが相当の手練れだからだろう。なるほど、このディーノはカーティスよりも僅かに強そうに見える。


大槌を振り上げた。ディーノの顔は笑っている。戦闘狂なのかもしれない。

ディーノの眼がきらりと閃いた。大槌を振り下ろす覚悟を決めたのだ。ミケルはまだ座ったままで動かない。ディーノの身体はくの字に折れ曲がって槌に勢いを付けている。彼はこの振り下ろす時が楽しいらしい。満面の笑みでいる。彼の瞳が槌の陰に隠れた瞬間にミケルは動いていた。


「やれやれ、レーアかカーティスを連れていたら俺の手も鈍ったかもしれないのにな」


今のミケルはスキルの補正が過剰に掛かりすぎていて抑えるのが難しくなっているほどだった。このスキルというものはとても厄介だった。ほとんどが常時発動系のスキルでミケルの身体能力は補正が掛かりすぎてよっぽどの事がない限りは死なないだろうと思われた。


アクセルの傍にいた蛇が【幽霊の手】を使ってアクセルとアラリカに精神攻撃を行った。

恐怖に取り乱したアクセルは貯水槽内へ自ら落ちていき、蛇に咬みつかれたアラリカも貯水槽内へと落ちるのだった。


ディーノは茫然としていた。振り下ろした大槌が砕けていたのだ。ミケルがたった一度、その側面を叩いただけで砕け散ってしまった。武器を失って無様な棒をディーノが眺めている。


ソフィアから奪ったスキル【誘う者】を発動した。これは対象者と契約を結ぶ事が出来るスキルである。ソフィアはこのスキルを使って神獣のネクタネポの獅子とマハマユーリを使役していた。


それを今、この3人に行おうとしていた。


「俺の命に従え。これより先は俺の命に従って動け」


ひとつ、甲は乙に対して不利益な行動をしてはならない。

ひとつ、甲は乙の情報を漏らしてはならない。

ひとつ、甲は乙へのあらゆる提供を惜しんではならない。


ひとつ、これらの違反があった場合、乙は甲に対する処置が適用される。

ひとつ、契約が結ばれた場合に限って乙は甲の活動を妨害しない。


などなどと3人に刻まれた。彼らはそれを結んだ。結ばざるを得なかったと言った方が正しかった。アクセルは戦意を完全に失くしていたし、ディーノに至っては正気に戻っていない。アラリカだけが抵抗らしいそれを見せるが蛇に咬まれた狼狽えと5メートルの落下のダメージは相当堪えたらしく赤子の手を捻るようにいなした。


そうして完全なる僕が出来上がった。


こうして完全なる僕が出来上がった。


ミケルはまず初めに尋ねた。


「転生者について知っているか?」

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