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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第12章 見えない転生者の姿


「転生者と呼ばれる者たちを知っているか?」


 ベンチに座るなりミケルはレーアに尋ねた。


「聞いた事は、ある。伝説みたいな、おとぎ話の、中でだけ」


「なら話が早い。俺はその転生者を探している」


「どうして、探しているの?」


 レーアは急に寒気を感じながらミケルに尋ねた。


「殺すためだ」


 目の前で憎悪を溢れんばかりに見せたこの青年をどう思っていいのか分からなくなったレーアはこの返事にただ頷くばかりで口を閉ざしてしまった。


「俺は、そのために生まれたんだ」


 ミケルは内にある凶暴な思想と燃える炎を両の眼で見ながら言った。


「どうして、殺したいの?」


 恐れながらも、逃げ出さないでレーアは尋ねた。震えている。全身を恐怖で。


「奪われたからだ、全てを」


 そう、全てを奪われた。ここに住む者たちのように神や何か大切なものを信じて生きていく機会、愛する人を持って友人と過ごして家族を築いていく平凡な機会を奪われた。そうした無限にも等しい機会、誰かを抱きしめる、あるいは抱きしめられる機会を奪われた。


 ミケルはそれらの機会を全て奪われたと常々想い続けていた。取り戻すには転生者たちを殺すしかない。まずこの燃える炎の燻りを収めるしかないのだ。


「この街で転生者の臭いがしない。気配もない。だが、いるはずだ。これほど大きな街で、これほどたくさんの人が集まるのならいるはずだ。それなのに気配すら感じられない。それはきっと宗教という衣をまとって臭いを消しているからだ。レーア、転生者の情報を知らないか、知っているなら教えてくれ」


 問われたレーアは転生者の存在などこの街の内でも外でも感じた事がない。偽りなくレーアは普通の少女であり、転生者とは関りなど持った事がなかった。


「私は、知らない。転生者の、噂も、存在も、耳にした事がない。そもそも、おとぎ話で、存在を、見た者の、話は、聞いた事がない」


「それなら今日が初めてになる。俺がその存在が確かにある事を教えてやれる」


 それからミケルはこれまで戦ってきた転生者たちの事を語った。ミケル、ソフィア、オスカーなど語る事はたくさんあった。


「ざっとこんな感じだ。転生者は存在する。確かに存在するんだ。この街のどこかにも居るんじゃないかと思っている。だが、見つからない。地下道を簡単に探ってみたが気配はなかった。この街を覆う宗教がその隠れ蓑になっているのかもしれない。まだもう少しこの街に留まって探してみるつもりだ。レーア、もし転生者らしき者を見つけたら俺に教えてくれ」


 ミケルは自分の在り方をレーアには教えなかった。この人間のような肉体の中に無数の魂がひしめき合っては叫ぶのを明かさなかった。その方が良いと思ったのだ。


「約束してくれるか?」


 レーアにはミケルが迫るように感じたが実際には距離も何も変わっていない。

 ただ彼女は出来る限りの協力をするという意味でこくりと頷くだけだった。


 それからミケルは再び立ち上がると街の雑踏の中へと紛れ込んでいった。どこまで遠くへ行こうとも突き立ったような鋭さは角を曲がるまで消えなかった。


 レーアはその影を見送ってからいずれセシルや他の友人たちに紹介できる日が来るかもという予感を全て捨てたのだった。


 頷いてしまった了承と少しばかりの好奇心とが彼女を動かし始めた。

 もしいるとしたら神父に聞いてみようと考えてルイーゼ派の教会へと歩いて行った。


 ルイーゼ派の神父インガルは徳の高い優しい男だった。レーアはこの神父に絶大な信頼を置いている。彼の言う事は筋が通っているし、間違った事を言った人が居ても頭から非難せずにどうしてそうした非難をするのかという理由までをしっかりと聞く深い懐を持った人物だった。


 何よりもこの神父インガルは治療を諦めて挫けそうになるレーアを繰り返し励ますのだった。


「続けていれば良い事がきっとありますよ」


 だからレーアは信じる事にしている。このルイーゼ派の神から人々の救いを見出す教義とそれを信じ、皆に説く神父インガルを。


 ミケルと別れた考えも足取りも迷ったレーアがその絶大な信頼を置くインガルの元へと向かったのは自然の事だった。

 インガルの年齢は50を過ぎていてこの街で暮らし始めてから長い。


 教会の前に立った時に彼女はもしインガル神父が知らなかったらどうするのかという疑問が湧いて来た。自分は他に知っている人を求めて街へ繰り出すのだろうか。


 答えは出なかった。レーアはとにかくまずインガル神父に尋ねてみようと教会の中へと入った。


 教会には数人の信徒と神父インガルの姿があった。彼らは話し合っている。レーアは隅の椅子に座ってステンドグラスを通して照らされる教会内の様子を見ていた。この教会へ来るといつも心が安心する。不安がなくなるように思う。大昔に建てられた教会だそうで大きなステンドグラスもその時に設えられたものだ。天気の良い日にこれを見るととても敬虔な気持ちになる。


 長い時間をレーアはそこで待っていた。レーアが教会の中へ入って来た事には気が付いていた神父インガルとその信徒たちだったが構わずに話を続けていたがインガルは途中から自分に用があるのかもしれないと思ったらしく目で合図するとレーアは「話が、終わるまで、待ってる」という意味でにこりと笑って応じた。


 ひとりの信徒が離れていった。去り際にレーアの病気の調子を尋ねる。レーアは変化があまりない事を教えると尋ねた信徒は彼女の肩を優しく叩いて教会を出て行った。


 それからひとりふたりと去っていく。


 そしてついにインガル神父はレーアの傍へと歩いてやって来た。


「今日の治療は終わっていますが、どうしましたか?」


 レーアは少しだけ申し訳なさそうに表情を曇らせてから口を開いた。


「馬鹿げて、ますけど、尋ねたい事が、あって。おとぎ話だって、分かってるけれど、インガル神父は、転生者って、知ってますか?」


 レーアは話し始めた。インガル神父は傍に立ったままでいる。組んだ手をちょうど臍のあたりに置いてレーアの話を聞いていた。


「私が、この街に、来る時に、森の前で、知り合った、旅の方が、転生者を、探している、そうなんです。それが、旅の、目的だと、言っていました。私は、おとぎ話だと、言ったんですが、その人は、遠い地の、転生者が、実際に、いるという、証明の話を、私に、聞かせて、くれたんです。だから、私よりも、多くの事を、知っている、神父に尋ねてみようと、思って、来ました」


 長い話をするのが苦手なレーアは一生懸命になって話をした。それはミケルのためというよりも自分のためだとレーアは認めていた。というのも転生者のおとぎ話は絶大な力を持つ、現代の人々よりも素晴らしい知識・経験を得ているというのがほとんどだった。


 いわゆる異世界の知識・経験、前世の知識・経験が素晴らしいものとして伝わっているのであるが彼女は自分の治療の滞った病気を転生者の知識や能力でどうにか出来ないかと藁にも縋るような想いがこの教会でステンドグラスの美しさに見惚れている間に湧いて来たのである。


 そしてその湧出は彼女がもう既にすっかりと本当の治療など自分自身が諦めていた事を改めて認めるのだった。もしかしたらという可能性に今になって縋る気持ちが湧いて来た。


「なるほど、レーアの言う事は分かりました」


 途切れ途切れの言葉を繋ぎ合わせてインガルは聞いていた。レーアは話が長くなると相手の聞く気を削ぐのではないかといつも不安になる。その不安を今も感じていた。頭はしっかりとしている。それなのに言葉が出ないのだ。しっかりとした頭がもっと上手く、あるいは速く話せるように、相手の気を削がないようにと言い聞かせて来る。


 インガルはこくりと頷いて優しく微笑むと膝をついてしゃがんだ。


 そしてレーアの手を、不安かあるいは期待で震える両手を優しく包み込んで話し始めた。


「私は、いつかふと考えた事があります」


 教会の中には他に人はいない。たった2人での会話が始まっていた。


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