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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第8章 交錯する光と闇の通路


 夜の街の暗い道をミケルは歩いている。

 闇に誘われているのか、それとも光が彼を避けているのか分からないがとにかく彼の歩く道は酷く暗かった。


 大聖堂へ行っても、唄を聴いても、人の集まりの中へ身を投じても、ミケルは少しも幸福を感じなかった。光の中を行く者だけに許された幸福。それならば闇を行く者にも許された幸福が有るのではないかと探してみるがここに落ちているそれらではなかった。


 光の中心から未だに唄が聞こえて来る。まさかずっと唄い続ける気じゃないかという考えが頭をよぎる。


 いくらか歩いていると彼はまた人の歩みにぶつかった。光を浴びて通路を、いやそこを歩く人々を輝かせている。ミケルは真っ直ぐに進むためにそこを横切った。前進と前進が十字架のように交錯する。彼もまた光を浴びたはずなのに彼が輝ける事はなかった。


 このような迫害を受けてなおミケルはまだそこに留まろうとする。何のためだろうかと自問する。返ってくる自答は壁へ投げかけた球のように彼が想定していたものだった。


「転生者を見つけなければならない」


 ぼそりと呟くとミケルはまた闇夜の中へと紛れていく。だが、そこに人影はない。彼は闇の中から光を覗き込んで転生者を探そうとしていた。自らが潜む闇の中へとそれらを引き摺り込むために。この暗がりへと奥深くへと。沈んで、沈んで沈み切っていく。


 するとミケルが潜んだ通路の奥からやって来る人の気配があった。ひとりやふたりではない。もっとたくさんの人がいる。

 それも武装しているような金属的な音を響かせてミケルの方へと近づいて来る。


 足音を殺してやって来るそれらの方を見ないでミケルは待った。

 彼らにはミケルの姿は見えている事だろう。人が行く通路の光がミケルの身体を半分だけ浮かび上がらせている。


 足音が止まった。頷く気配、数珠のように連なっていた気配が徐々に広がっていく。どうやらミケルを囲むらしい。小便と垢に垢が折り重なった臭いが広がる。


 最後まで相手にしないと決めていた事が結局、標的が自分である事を認めざるを得なくなって降り掛かる火の粉を払う必要を感じるのだった。

 だが、いつまでこんな事を繰り返すのだろうと考えるとミケルは自らが見つめる光の中へ飛び込むしかないのだと羨望の眼差しで楽しそうに歩く人々を見る。


 背後から近づいて来るのはどうやら男らしい。舗装された石の上に足を置いたその微かな音が体の大きさを伝えてくる。


 闇の中に潜む者たちは同志とは呼べない。仲間とも呼べない。ミケルが生まれた闇はここより濃い闇の中なのだ。

 光を覗く闇の中で住人たちは互いを食い合うように噛み付く箇所の狙いを定めている。


「止めておけ。貴様らがそれ以上に近付くのならかかる火の粉を払うのに躊躇いはない」


 男は構えを解かずにミケルの言葉を聞いた。

 口を開く事はしなかった。声を聞かせる事は闇に紛れる意味を失わせる。熟練の腕を感じさせる男の振る舞いと組織だって行われるこの襲撃に少しだけ感心しつつもミケルは尚も光へ目を注ぐ。


 そしてまた頷く気配。

 奥にいた控えの者たちも武器を手に取る音が微かに聞こえた。どれだけその音を減らしていたとしてもミケルの耳と肌にはそれが伝えられる。


 やれやれとミケルは思った。


 そして先頭で構えていた男の体が沈んだ。

 一閃。

 横なぎの高速の一筋がミケルの居た場所を流れた。


 男の剣を振るう腕が伸び切る前にミケルは男の首を切り落としていた。

 ごとりという音が闇の中に響く。次いで男の体が壁へ寄りかかるように倒れていき、地面へとずり下がる。


 男たちは息を呑んでこれを見て、聞いている。


 一度、動いてしまったら後にはもう引き返せない。

 その場にいた5人の男たちをミケルは始末した。哀願する者、逃走する者がいたが逃しはしない。

 最後の者を手にかける直前にロンドリアンでもこうした事があったかなと頭によぎったが彼はそれを良くも悪くも思わずに最初に警告するようになっただけ成長したさと納得して命を奪った。


 通路を転がる死人の首に見覚えがあった。

 あれは確か無賃宿の食堂で見た男たちだった。


 自分はまたロンドリアンのようにこの街を壊してしまうのだろうかと思いながらミケルは闇の奥へと奥へと逃げるように沈んでいく。

 自分の内に燃え立つこの炎はそれだけ強いのだろうかと恐る恐る手をかざしながら。


 彷徨いはいずれ何処かへ連れて行く。

 ミケルは夜が明ける前に無賃宿へ着いた。502の自室に入ると窓を開けたままにしてベッドに腰掛けた。そして朝日がその部屋に差し込むまで身動きしないで待ち続けた。


 朝日はやって来た。彼がそれを認めて差し込む日に身を晒した時に光の中へと飛び込む決心を結ぶのだった。そうと思った途端にこれまでの全てを煩わしく思いつつ多すぎる足りない物を見つけるのだった。


 これには昨日、すれ違った子供たちが影響していたかもしれない。

 少年の頃の記憶や遊びの知識、生活の知識、そうしたあらゆるものが欠けている。

 だが、それよりももっと切実な不足が獣を苦しめるのだった。


 名がない。親がいない。


 自ら名乗ったミケルという名は仮初の名で本当の名前ではない。

 ミケルはどんなものにも依存しない名を、絶対的に行われる名付けを求める欲望が強くなるのだった。

 そしてこのミケルという名を煩わしく思うのだった。


 階下へ降りていくとそこには既にレーアがいた。ウィノラと話し込んでいる。


「酷かった。ここの、お客さん、だった。よく来る、人、だったの?」


「うん、よく見る人だったよ。優しい人だったんだけどなあ」


 ミケルが近づいて行くとウィノラは仕事の表情になって明るく振る舞った。


「おはようさん、お腹は空いてる?」


「いや、あまり空いていない」


「あらそう。じゃあ、何か飲む?」


「いや、飲み物もいらない」


 ミケルの言う事に面食らってウィノラは他の仕事に取り組み始めた。


「何も、食べないの?」


「ああ、あまり食欲がない」


「そう。街を、案内するって、約束、覚えてる?」


「ああ、覚えている」


 ほとんどそれのために降りて来たのだ。


「どうしよう。街は、あまり、良い雰囲気、じゃなくなった。お祭りだけど、人が、殺されて、騒ぎに、なってる」


「そうか。数は?」


 ミケルは少しも動揺もなくレーアに尋ねる。


「10人」


 数が合わない。

 ミケルが昨晩に命を奪った人間の数は5人だった。加わった新たな5人はどういう事だろうか。


 ミケルの他にもこんな殺人者がいるに違いない。闇夜に紛れた殺人者が。


「場所は?」


「アルベルト通りと、ルイーゼ通りにある、家の中」


 現場が家の中となればミケルの犯行ではない。アルベルト通りと言う場所の犯行がミケルのものだろうと彼は考えた。


「一晩に10人も人が殺されるなんて信じられない。どうかしてるよ、今年の降誕祭は」


「うん、私も、そう、思う」


「レーアも気を付けてね」


「ウィノラも」


「もちろんミケルもね。あーあ、それにしても一つの家に7つも死体が転がってるなんて信じられないよね。ゾッとする」


「7つ?」


「そう、7つ。うわー、想像しただけでも怖い」


 謎が深まった。

 ミケルは5人の命を奪った。その場から死体を移動させた覚えはない。

 誰かが移動させたのかもしれない。でなければ計算が合わない。


 だが、それ以上にミケルはウィノラに追及しなかった。ミケルが怪しまれてしまうかもしれない。


 彼の隣でレーアが心配そうな目をしてミケルを見ている。そして小さな口を開いて尋ねた。


「街、案内しようか?」


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