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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第6章 見える大聖堂


 森を抜けた。

 日が昇る前から一行は歩き始める事を続けてミケルの予想通りに4日目の昼過ぎに彼らは森を出る事が出来た。


 アクセルはまだむっつりと不貞腐れていて誰とも会話をしなかった。

 朝食を食べる時などは輪から離れて食べたほどで表れる所作からも「俺はまだ怒っているんだぞ!」というメッセージがありありと聞こえていた。


 カーティスもレーアも2人の修道士さえもアクセルに構わなかった。ただクレイだけは気にかけている様子でたびたびアクセルの方に目を向けた。

 どうやらこうした旅の間でもアクセルがこうした不機嫌になる事は多いらしく接し方を心得ているようだった。

 ミケルも特に構わなかった。


 あの夜以来、アクセルは狩りに出なくなった。飯を食べる度に何か不服そうにしていたがもうその不服を見る事も無くなるだろう。

 というのも森を出て3日目でついに彼らはその街へと辿り着いたのだった。


 ロンドリアンほどではないが大きな街だった。小都市と言うのが相応しいだろう。

 街並みは綺麗に整頓されている。人々の歩く道も舗装されていて歩くに不便がない。馬車が行くのにも少しだけ揺れが強かったがそれほど苦にはならなかった。


「ようやく着きましたね。ミケルさん、メルドルフです。探し人が見つかると良いですね」


 コードが微笑んでミケルに言った。


「ありがとう」


 みなに礼を言ってミケルは馬車を降りた。

 カーティスたちはここからまだ少し離れた教会まで行かなければならないらしい。どうやらそうした契約なのだそうだ。

 旅の途中で聞いた事によるとカーティスたちもなんらかの形でこの宗教に入信した者たちだった。

 アクセルやクレイが信心深いようには見えないと思ったミケルは彼らの親や親族がそうした者たちである可能性も考えついて納得している。


 そして真っ直ぐに前を向くと奥に建つ荘厳な大聖堂を見る事が出来た。

 とりあえず人の流れに身を任せてミケルは歩き始めたがその流れは街の中心へと向かっていてその先にはあの大聖堂が聳えているのだった。


 人の波に飲み込まれてミケルは容易に溶け込んだ。人の間に立っていると自らも人である事を錯覚する。名を尋ねられれば彼には名乗る名が今ではある。名を持ちながらもそれを尋ねられて名乗る事をしない人間がいる事もミケルは知った。


 名が呼ばれる。誰かが振り向く。

 誰かの口が開く。そして誰かがまた振り向く。名を呼び合って親し気だ。


 そしてそこにミケルの名を呼ぶ者はひとりとしていない。

 振り向けず、親し気にもなれないこの場所でミケルはとてつもない孤独を感じると目の前に聳える大聖堂が思いのほか近くにある事に気が付いて流れの外へと飛び出した。


 整然と並んだ住宅の壁に背を預けて道を歩く人を観察した。

 みな、楽しそうだ。喜びさえ見える。


 ミケルはそれに入り込めない。その資格、あるいはそこへ飛び込む事でそれらを真に持つ事の出来ない自己を感じるのが恐ろしい。

 獣が疼く。傷があるわけでもないのに痛みを感じているかのように。


 ミケルは数時間をそこで過ごした。疲れはない。数えられないほどの人々が大聖堂へと向かっている。あるいは帰って来ていた。行き交う人々を見ながら転生者を探す。

 その臭いすらも逃すまいとしているのにそこには残り香さえも感じられないのだった。


「何を、しているの?」


 途切れた話し方と聞き覚えのある声。


 声のした方を見るとそこにはレーアが立っていた。


「人を探している。ここに来たのはそのためだからな」


「休みも、しないで?」


「あまり疲れていない」


「すごい。みんな、へとへと、だった」


「お前こそ外に出ているじゃないか」


「私は、治療の、帰り。今まで、ゆっくり、してた」


「効果のほどが見られるわけじゃないんだな」


「今は、もう、治せない。だから、これ以上に、酷く、ならない、ために、治療する」


 ミケルは大聖堂へ向かう人が少なくなって来た事を認めながらも眼を通りから離さない。

 レーアはミケルをじっと見ている。どうやら彼女の興味は通りを行く人々よりもミケルの方にあるらしい。

 それもそのはずで、彼女にはこうした人通りを珍しく思う事もなければ探す人もいないのだ。


「この人々は大聖堂へ向かっているのか?」


「うん。今日は、降誕祭の、日だから」


「降誕祭?」


「そう。だから、コードと、ガーランは、他所の、土地から、来なくちゃ、いけなかった」


「それで各地から人が集まるのか?」


「そう。たくさん、集まる。とても、長い、お祭り、だから」


 好機だとミケルは思った。各地から人が集まるのならそれだけ転生者の気配も感じられるに違いない。


「宿は、決まって、いるの?」


 宿など必要のないミケルは当然ながらとっていない。夜には闇に紛れてこの小都市の中を闊歩して探すつもりだった。

 首を振って必要のない事を示したミケルにレーアは表情を変えないで言った。


「宿は、早めに、とった、方が、いい。いつも、すぐに、埋まって、しまうから。この、街にも、治安の、良くない、場所が、ある」


 必要がないのに特に強く突っ張る事も出来ないでミケルは持ち合わせない答えを探すのだった。

 人間ならそうするのかもしれないなどという考えが頭を過ぎると宿など借りる金がない事にも気が付いてなにもかもが人間らしくない不足を感じた。


 だからこそ答えは決まった。


「金がない。だからここにいる間は野宿でいい」


 答えたミケルの未だに人の流れに注がれた目をじっと見てレーアは言った。


「無賃宿が、ある。この、街には、そうした、人も、集まるから。案内、してあげる」


 無用な事だと思いながら先を歩き出すレーアを尻目にミケルは動かない。

 いくらか進んだところで振り向いた彼女が呼ぶ。


「ねえ、ミケル?」


 人との交わりは必要以上に築けない。

 それでも足は動いていた。

 新たな繋がりが築かれる。その先に見られる崩壊をミケルは目の前に見るようだった。深くは関わらない方が良い、それがお互いのためなのだと肝に銘じながらミケルはレーアの後について行った。


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