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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第5章 憩いのひと時


 魔獣は長く鋭い爪でアクセルとクレイを切り裂こうとする。

 突然の飛び出しに驚いたアクセルは仰け反ると体勢を崩して転んでしまった。

 鋭い爪は空を切る。アクセルは魔獣の突然の飛び出しにいくらか肝を冷やしながら隣にいたクレイの腕を借りて立ち上がる。


 武器を抜く隙は十分にあった。

 レーアが弓を構える。引き絞られた矢の鋒は魔獣へと向けられて放たれるその時を待っていた。


 四足の獣の身体はアクセルの身体を容易に覆える。緑色の身体は容易に森の中に溶け込むだろう。凹凸を疎にして出来上がった陰影はまるで草むらだった。


 ぎょろりと剥いた眼球は飛び出ていて黒目はぐるりぐるりと眼球の中で四方八方へと動いている。死角はないのだろうとミケルは思った。


「お、おい、こんなに大きかったか?」


「わ、分かんないよ」


 アクセルが尋ねたのがもし3年前と今を比較しての事なら間抜けに過ぎる。

 ミケルはいささかも狼狽えずにこれを見ていた。


 眠りを邪魔されて魔獣は怒っているがどこか冷静なところも見られる。アクセルたちに対処してミケルの方へは警戒するばかりで距離を保っている。賢い魔獣だとミケルは思った。


 殺すつもりはない。無駄な殺生だ。それに今回は人間が無闇に魔獣を利用しようとして生じた事でミケルが売られた喧嘩ではない。

 むしろいくらか同情しながら事の成り行きを見守っていた。


「くそ、やるしかねえ」


 アクセルは持っていた武器を握り締めると力強く構えをとった。


 魔獣に同情していたミケルは身体を沈めるととんと軽い足取りで瞬時に魔獣との距離を詰めると剣で横一閃を振るった。


 魔獣はミケルが身体を沈めた瞬間に素早く攻撃の意図を察知してすんでのところで刃を回避した。


「おお、よくやったぞ」


 アクセルがミケルに言う。


 魔獣はそのまま闇夜の中へと消えて行った。

 ミケルも追う事はしない。レーアは方々を警戒していた。


「戻ろう」


 レーアが提案した。

 ミケルは反対しない。そうするべきだと思った。


「くそっ」


 アクセルが計画が上手くいかなかった事を毒付くのが聞こえる。


 カーティスたちの元へ戻ると彼らは断りなく拠点を離れたアクセルたちを探していたらしい。


「どこへ行っていたんだ?!」


 アクセルは不貞腐れて答えない。

 代わりにクレイが答えた。


「アクセルが狩りに行こうって言うから4人で行ったの」


 レーアが頷いている。アクセルはつまらなさそうに他所を見ていた。


「レーア、今日の夜警はお前からのはずだ。平気なのか?」


「だから、彼に、頼んだ」


 指でミケルを示す。

 カーティスはミケルを見て一同に怪我がない事を確かめると「もう明日に備えて寝よう」と言った。


 翻って焚き火の側に歩いていくと彼はまた口を開いた。


「今後は夜間に出歩くのはなしだ。拠点を離れる事を禁じる。それでも行きたいのなら1人で行くんだな」


 アクセルは何も言わないで眠り始めた。


 夜も深い頃にレーアがミケルの肩を叩いた。

 人間たちがそれらしくするようにミケルも毛布にくるまって目を閉じて過ごしていた。睡眠をとる必要のないミケルは中で同胞たちと今後の事や今のアクセルの企みの事を話し合っていた。

 レーアに起こされて目を開けるとまた途切れ途切れに彼女が言う。


「交代、だよ」


 その時刻だった。


 身を起こして毛布をレーアに渡すとミケルは夜警のために焚き火の前に座った。

 すると、レーアが毛布にくるまった姿でミケルの隣に座る。


 隣に座るレーアをミケルは見ない。レーアもミケルを見なかった。2人は燃える火の中で弾ける木を見ている。ミケルは木の枝を2本投げ入れた。がらりと音を立てて燃える木の枝が崩れるのを持っていた別の枝で整える。火は新しく焚べられた枝へと移って炎をまた大きくさせた。


 しばらく焚き火の中から聞こえる破裂音しか聞こえて来なかった。


「眠らないのか?」


 ミケルからレーアに尋ねた。


「眠れない、から」


「なぜ?」


「分からない、けれど」


 弓と矢束を抱いてレーアは喋った。弓の弦を指で軽く弾く。


「そうか」


 ミケルはそれだけしか言わなかった。


「レーアは森を抜けた先で何をするんだ?」


「わたしは、治療を。もっと、喋れる、ように」


 そのような魔法があるのかもしれないとミケルは思った。


「あなたは、どうして?」


「俺は人を探している。どこにいるかも当てはないがとにかくそちらの方へ向かっているんだ」


「どんな、人?」


 もしかしたら手伝ってくれるのかもしれない。ミケルはそう思ったが詳しくは答えなかった。巻き込むのは良くない気がする。かつての経験が深く繋がる事を躊躇わせた。


「言ってもよく分からない。俺自身もよく分かっていないからな。ただ見たら分かる」


「そう」


 そんな気のない返事を最後に2人の会話は終わった。あとには木の爆ぜる音と森の中で微かに響く何かが落ちて葉を叩く音や地面に落ちる音だけ。

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