第4章 欲深い人間たち
「そこはオルぺという街ですよ。そうですか、そちらで祭りを見たのですね。盛大だったでしょう?」
「ああ、確かに盛大だった。あまり見かけない祭りだった気がする」
「ええ、この辺りでも特に賑わう祭りですからね」
「ところで俺が語った神父の事をお前たちも知っているのか?」
「ええ、知っていますよ。有名な方ですからね。私はある機会にオルぺに行って教会を訪ねた事があるのですがお目にかかった事はありません。ガーラン、あなたはあるそうですね」
「ええ、ありますよ。懐かしい、ずいぶん昔の事ですがね。会えたあなたはずいぶん幸運だ」
「名を尋ねたら名乗るほどのものでもないと言われてしまった。あの神父の名は何というのだろう?」
ミケルが尋ねると修道士たちは顔を合わせた。
「教えて頂かなかったのですか?」
「ああ、上手くはぐらかされた気分だ」
「なるほど、それでしたら私たちの口からもお教え出来ませんね。いずれ耳にするでしょう」
「そうとなるとずいぶん名の知れた神父なのだな。隠居した身だと言っていたが」
「ええ、いつもはお付きの者と一緒にあの街で過ごしているはずですよ」
「お付きの者か。身体が悪いのか?」
ミケルが見た時には傍にそれらしい人は居なかった。
「ええ、神父は眼が見えないんですよ。だからいつも傍には人がいるはずです」
「なるほどな」
ミケルは納得した。あの慧眼は眼で見ていた物ではないのだ。
いずれまた逢う事になるだろうとミケルは思った。その時は敵か味方かは分からない。
2人の修道士はほとんど常に2人でいる。隣り合って座り、食べ、眠った。
何かあるとひそひそと話をする。それが少しだけ煩わしいぐらいで他の事はミケルの反感を買う事はなかった。
がっしりとした大きな身体に似つかわしくない小さな瞳を物憂げに泳がせるのがガーランでミケルとよく話しをしたのがコードだった。
コードがこの旅の一行の関係とそれぞれを教えてくれた。
「レンジャーがカーティス、あの男戦士がアクセル、女戦士がクレイ、弓を持ったのがレーアです。我々はここから北の方にあった街から来たんですよ。これで10日は歩いています。もうすぐ着くと考えると待ちきれませんよ」
森の中には魔獣の姿は少なかった。
襲いかかって来るものも少ない。アクセルは小動物を狩って満たされぬ腹を満たそうとしていた。弓兵のレーアはいつもその狩りに同行させられていた。
旅のリーダーはレンジャーのカーティスであるのは間違いなかった。この点、ミケルの勘は正しかった。
彼は若いながらも熟練した技術を経験を持っていた。
食料の振り分けも彼がするのだが2日目でミケルにも少しだけ食料が分け与えられた。というのは襲いかかって来た魔獣たちの撃退を彼がほとんどやってしまったからである。こと戦闘において負担は格段に減っていた。
そうした働きを労ってカーティスと修道士の2人、弓兵のレーアがミケルにも食料を与える事に賛同して自分たちの分を少しずつ出し合って作ったのだった。
ミケルは感謝の言葉を忘れずに食事の輪に加わった。
カーティスは彼の腕を誉めつつも警戒を解かなかったし、アクセルとクレイに至っては少しも弛めないばかりか反対により強い警戒心をミケルに抱くのだった。
「腕がたつ男が食料も十分にあるのにどうして俺たちと同行したがるんだ?」
アクセルがクレイに耳打ちして尋ねるのが風に乗って耳に届く。
確かに正当な疑問だ。ミケルでさえもそれには正確な答えを持たない。
「分からない。みんな、骨抜きにされちまう。私たちだけは正気でいようよ」
「ああ、もちろんだ。あいつの荷物の中身はなんだろうな。大事そうに持ちやがって」
「なんだって良いよ。あいつ、あれだけで十分だなんて言ってたよ。きっと見た目よりもたくさんのものが入っているんだよ」
「へへ、お宝かもしれねえ。お荷物を背負った分、分けてもらっても構わねえだろうな。だって、俺たちは自分たちの食糧を分けてやってんだからよ」
「うん、そうだよ。そうだよ。向こうに着いたら売ってお金にしちゃおうよ」
「へへ、そうだなあ。抜かるなよ、クレイ」
「そっちこそ、アクセル」
このようなやり取りが聞こえて夜は更けていく。
人は簡単には変わらない。それは獣も同様だった。
こうしたやり取りが聞こえて来た晩から2日後の夜だった。
「あとどれくらいだ?」
アクセルが今後の道のりの事を話し合うカーティスとコード、ガーランに尋ねた。
「順調に行けば4日ほどで森を抜けるだろう。もしかしたらもう少しだけ早いかもしれない。今回は力強い助っ人がいるからね」
ミケルは木の幹に身体を持たせ掛けてこれを聞いていた。
すでに一行が寝ている時の夜警で森の広さを頭に入れているミケルはどれだけ急いでもこの速度では4日より早くなる事はないだろうと分かっていた。
「けっ、分かった」
事更に面白くなさそうな振りをしてアクセルはクレイの傍へと戻って行く。
レーアは食事後の日課にしている弓と矢の手入れを行なっていた。今夜の夜警は彼女から始まる。その準備だろう。
「レーア、狩りに付き合ってくれよ」
顔を上げてレーアはアクセルを見る。
「今日、夜警、私から」
片言の言葉を繋いで彼女は喋った。
どうやら幼い頃の頭部への酷い衝撃で滑らかに喋る事が出来なくなったらしい。
「知ってるさ。何十本も使うわけじゃねえだろう。いつもみたいに1匹や2匹でいいんだよ」
レーアはカーティスを見た。カーティスは話をしていて2人のやり取りに気を配っている余裕はないらしい。
その後にレーアはミケルを見た。じいっと見ている。
それが無言の圧力となってミケルは暗くなった天を仰ぐと星一つとして出ていない曇天を狩りには相応しい夜だと認めながら立った。
「んー、新人が来るってか」
「望みでないのなら付いては行かないさ」
「だめ」
ミケルが先頭を歩いて3人は拠点から離れていく。
そこにいつからかクレイがいない事にミケルは気付いていた。
カーティスが興していた焚き火の音と灯りが見えなくなった。夜闇と木々の葉に隠された。それらはほとんど常に上手く何かを隠しおおせるものだ。
いつの間にかアクセルの傍にはクレイがいる。
「いたよ。3年前と変わってない。ここから右に行ったところに巣がある。そこでぐっすり眠ってる」
どうやらクレイは1人で森の中に入って密偵していたらしい。それは戦士というよりもレンジャーのそれで適性はそちらにあるんじゃないかと思われるほどだった。
なるほど、確かにここから右へ行ったところに大型の魔獣の息遣いが聞こえてくる。
ただその気配は転生者の臭いもない自然の魔獣でいささかの警戒もミケルは抱かない。
「おい、ミケル。右へ行こう」
アクセルが先頭を歩くミケルに言った。
この言葉を口から出したアクセルに対してレーアが狩りへ出てから初めて口を開く。
「右、行く、だめ」
だが、もう遅い。
ミケルは右の方へと足を踏み出していたし、アクセルの無警戒の言葉に反応して魔獣は目を覚ましている。今頃は身を起こして辺りの様子を窺っている事だろう。
そして魔獣は襲い掛かって来た。ミケルの獣性を野性の勘から察知して弱いところから突き崩そうとする狡猾さをその爪に忍ばせながら。