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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
人間の誕生
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第1章 哀しき獣

第2部が始まりました!

よろしければご評価・ご感想をください!!


山岳の峰の突端に立って獣は虚空を見上げていた。

どれだけそうしているか分からない。右にあった大きな積雲が左へ流れ散り散りとなり、巻雲のように細くなったかと思うとまた別の雲と合わさって大きな形を成していく。


ギルド都市ロンドリアンを出て1ヶ月が経っていた。

あれからまた数人の同胞と別れを経て獣は峰の上に立っている。

別れはどんな生命でも辛く悲しい。言わば彼らは人間を自称しておきながら人間の中へ入れずにかといって獣の中に入る事も出来ない歪な生命だった。

この歪な生命は去る者が増えるだけ隣り合う生命が減っていき、自らを認め合う人々がそれだけ減っていく事に怯えていた。


峰の突端からひと鳴きした。

獣の声、天上から落ちるこの声を地上の生命はどのように聞くだろう。

それでも獣は自らの使命を忘れていない。胸の内に燻る炎は未だに衰えていないのだ。


山を降って獣は地上へ降り立った。

疾る、疾る。どこへ行こうというのか、宛て先もない彷徨だった。彷徨うには広すぎる星の上を4つの足で歩み切るしかない。


あちらこちらで隆起する小高い丘は人の歩みを蛇行させるが獣はそれに従わない。まっすぐに進み、丘の上に立った時に東西に長く延びた街を見つけた。

程よく賑わっているのがそこからでも見える。人がぞろぞろと蠢いている一画が目に入ると獣は喜び、悲しみ、鬱々としながらそこへ向かっていく。


悲しみは時として人の歩みを鈍くさせるが獣の足が鈍る気配はない。


獣は街へ入る前に青年の姿に形を変えていた。着る物も整っている。


街の入り口は新しく入る荷馬車や人でごった返していた。それなのに人々の荷は多くない。

身軽なミケルは人々の合間を縫って街の中に入っていく。


街の建物はまるで線でも引いてあるかのように整然と並んでいる。

開けられた窓から子供が顔を出して舗装された道を歩く人々を見下ろしている。隣にいる母親に向かって楽しそうに話しかけるのだった。


どうやら今日は祭りでもあるらしい。

着飾った人々がミケルの先を歩いている。


彼らが目指しているのは道の先にある教会だった。

6本の太い支柱に支えられたホールの前で人々は踊り、話し、この日の訪れを喜び合っている風だ。

教会の屋根の上には塔のように大きな古時計を備えたひとつの尖塔が聳えている。


その時計がちょうど正午を指していた。

ミケルはその祭りの様子を端の方に立って眺めている。目は転生者の面影を、鼻はその臭いを探している。


側から見れば端正な顔立ちの異国風な装いをした青年のミケルは否が応でも人目を集めた。


勇気ある若い女性が祭りの雰囲気と酔いが手伝って退屈そうにしている青年に声をかける。おそらく彼女はこの喜ばしき祭りの日に共に過ごす人が居ないからこそ退屈そうにしているのだと思ったに違いなかった。


「こんにちは、そんな端にいたら祭りを楽しめないわよ」


「楽しむ必要はない。人を、探しているんだ」


ミケルはぶっきらぼうにも、あるいは優しげにも聞こえる調子で答えた。


「あら、そうなら夜の方が良いわよ。この祭りは夜に一番たくさんの人が集まるんだから」


ミケルは教会の上にある時計を見ながら「そうか、夜か」と言うと女性はにっこりと笑った。


「何か飲んだり、食べたりして過ごしたらあっという間よ。もちろん誰かとお喋りしても良いと思うけれど」


女性はミケルが立っていた建物の壁際のその反対の通路に開いていたカフェテラスを指差してたくさんの友人たちを見せつけた。

それを見た友人たちがミケルに手を振る。

歓迎はされているようだ。そして慣れている。こうしたひと時の出会いの多い街で、そうした機会の祭りであるのだろう。


ロンドリアンを出てからいくらか社交的になったミケルはもたせ掛けていた壁から背中を離すと「ミケルだ」と名乗った。


「初めまして、ミケル。会えて嬉しいわ、私はヤスミーンよ。よろしくね」


夜はあっという間にやってきた。彼が歩み寄り、そして夜もまた彼へと歩み寄って。


ミケルはヤスミーンたちと別れた。

ヤスミーンは夜になるとミケルの人探しの用を忘れずに彼に教えた。


「人が多くなってきたわ。ミケルのお友達も来たんじゃない?」


ミケルは通りに溢れる人々とカフェテラスに集まる人々を見た。

そこに転生者はいない。


ヤスミーンの周りには人が集まっていた。ミケルが誘われた頃よりも多くの人がいる。どうやらヤスミーンはこの辺りの顔であるらしい。

ミケルの他にもこの街の外からやってきた人が数人いる。


たくさんの人がいるがどこを探しても転生者の影はない。そして転生者がこの街を生きる人々に与えうる影さえも見えはしなかった。


ミケルは立ち上がった。

灯りに照らされた端正な横顔をみなが見上げている。その目に映る悲しげな表情を見てとった若人たちは彼の探し人がどのような人なのかをすぐに察するのだった。


「それじゃ、また」


凡そ人間らしい別れの言葉を告げてミケルはその場を去った。


人の集まる場所へ行く。ミケルはほとんど次の街へ行くべきだと判断を下しながら歩いている。

彼が歩んだ先にはあの教会が建っていた。尖塔の時計は夜の20時を指している。


夜はますます更けていく。


教会の中をくまなく回った。何も見つけられはしないと思いながら建物に敬虔なる祈りを捧げる人々を見ている。

彼らは何かを信じていた。そして何かを待っている。


夜の21時を指した時、教会の大きな扉が開けられてぞろぞろと人々が教会の中に入って来るのが見えた。

彼らはゆっくりと歩いて所定の場所に立つと何やら畏まった挨拶を長々と口にして前を向く。


長椅子に座っていた多くの人が立ち上がってこの口上に敬意を表すと歌い始めた。


この日のために磨かれた歌声をミケルは聴いている。

教会内を満たして反響し、増幅されていく歌声はこの建物の外まで届いている事だろう。


敬虔な気持ちになれないミケルはその場を去るために立ち上がった。

歌声を聴いた人々が大挙して教会を取り囲んでいる。


その扉の前に台がある。その台の前でひとりの老神父が立っていた。

ミケルを見るなり彼は口髭に隠れた口をもぞもぞと動かして言うのだった。


「最後まで聴かれてはいかがです?」


ミケルは歌う一団を振り返り見た。

歌う者たちとそれを聴く者たちがいる。


自分とこの老神父だけがそのいずれでもない生命だった。

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