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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
黒き獣の誕生
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第18章 生まれた場所、落ちた場所


『ここはどこだ?』



武士のような甲冑を着て兜を被った厳しい顔付きの男が腰に差した刀と脇差に手で触れて立っている。


戦地で倒れた者のように泥や血で全身が覆われていた。


辺りを見回してそこに何も無い、男が言葉として言い表せられる何物が無いのを確かめるといよいよ刀を抜き放った。ざりざりという砂と血の音が鍔口から漏れている。


その男の背後からミケルたちが現れた。



『『『『ここは我らの生まれ落ちた場所』』』』



一斉にミケルたちが叫んだ。


男は刀を構えて対峙する。が、すぐに刀の切っ先を下ろしてミケルに言った。



『ここに某を置いてくだされ』



ミケルたちは黙っている。


納刀した武士が兜を脱いで表情を和らげた。



『某は尾張の織田家に仕える太田権六と申す。オスカーとは偽りの名前、偽りの身分。あのような者では尾張に帰れぬ。ここならば某の求めていた姿がある。後生だ、ここに某を置いてくれ』


ミケルたちは頭を振った。オスカーもとい太田権六の思惑を汲み取ったのだ。



『どうにもならぬ』『ここは閉鎖された場所』『ここを抜き出るのは容易ではない』『そう、我々に打ち勝てぬお前であれば尚のこと』『ここに故郷が見えるか?』『ここに家族が見えるか?』『ここに命が見えるか?』



太田権六は唇を噛んだ。



『『『『『『『お前はもう死んでいる!!!!!!!』』』』』』』



太田権六は刀を抜いて斜めに構えると『喝っ!!』と叫んだ。



『来い、魔性の獣よ!!!』



ミケルたちは一斉に襲いかかった。


太田権六の魂が消滅するとミケルたちの中からひとつの魂が旅立った。みな、羨ましそうに見送っている。


そうしてミケルたちは再び壊滅したアルドスの館の中で目を覚ました。


火が燃えたっている中を歩いて館を出る。都市の戦える者たちが勇んで館へ集まって来ていた。見たところオスカー程の実力者はいない。争いは無益と考えたミケルは暗闇の中へと溶け込んで家へと帰った。


家に辿り着いたが既にこの都市での目的の全てを完遂させているミケルはすぐに発つべきだと考えた。それなのに心のどこがで安息を求める欲が出て来る。それは眠りとなって表れた。


夜明けにミケルは自宅の騒々しさに目を覚ました。ギルドメンバーが総出でミケルの家、デッカーとアデルの家へと詰めかけていた。玄関前で集まって扉を叩いている。



「デッカー、いるのか?」



ソファで寝ていたミケルはゆっくりと身を起こして今日の天候が晴天であるのを確かめた。そしてそれを少しだけ喜ぶような気持ちを抱いているのに気が付いた。ついぞない事だった。


立ってようやく戸口まで行った時、ミケルの姿からデッカーの姿へと変えた。その変えた装いに自ら驚いた。これ以上、茶番を続ける必要は無くなったのだ。昼にはここを発つだろう。もういっその事、ミケルの姿で出て行って蹴散らしてやろうかと考えたが止めにした。というのも既にデッカーの姿で鍵を解いていたからである。



「デッカー、居たか。一大事だ、すぐに集まるように言われている。来てくれ」



ハリソンがデッカーの腕を掴んで連れていく。


一同はギルド協会の本部に入るとそこには都市内部の主要ギルドのメンバーのほぼ全員が揃っていた。この一大事の全貌を知ろうと努めている。


この時、ミケルは完全にデッカーである事は忘れていた。既に意識はこの都市の外にあって次の標的・転生者を求めている。



「オスカーが死んだ。みなも昨夜のヘルッシャーミンメルとドライディウォーケ、オスカーと魔獣の戦いを見ていたと思う。援護した者もいるそうだがオスカーは敗れた。恐らくソフィアを討った者と同じだろうと睨んでいる」


「森の異変と都市の異変も関係しているはずだ。みんな、心して欲しい。オスカーを討ったあの魔獣たちは忽然と姿を消してしまった。まだこの都市内部にいるかもしれない。今は全ての異変を共有したい。各々が抱えている問題をここに報告してくれ」



【ステッキとルーペ】が現状の捜索の報告を最初に行った。どうやら彼らはブロックの一件から最大限に警戒しているらしい。


次々と不安や捜索の手配の提案が出てきた。問題となるような事はひとつとして出て来ない。ミケルは退屈を感じていた。


すると【鋼鉄のフライパン】のギルマスのアーノルドが仰々しく手を挙げた。



「今回の件と全く関係がないかもしれないがひとつだけいいか?」



一同はあれやこれやと話し合っていたのを中断してアーノルドに話し出す機会を与えた。



「うちのヒリーヌの姿が一昨日辺りから見えない。家にも帰っていないようなんだ。行方不明と言えるのかもしれない。デッカー、最後の目撃証言はお前と歩いていたというものだった。ヒリーヌを知らないか?」



デッカーが注目を浴びた。デッカーに扮するミケルはこの返答で事態は急転すると思った。だが、躊躇う事などない。事実をありのままに話すのが最適なのだった。



「知らないな。確かに会って食堂まで一緒に歩いた。だが、ヒリーヌの方が慌ててどこかへ行ってしまった。それ以来は会っていないし、見てもいない」



事実だった。どこにも嘘はない。



「何か言っていなかったか?」


「いや、聞かなかったな」



そう答えながらミケルはヒリーヌが森の方へと逃げて行った事を思い出していた。


アーノルドは心の底からヒリーヌを心配しているようでずっと探していた疲労が顔に表情として表れている。



「待て、デッカー。真面目に考えるんだ。そのニヤついた顔は気に食わんな」



【トリニアクーパー】のフォルカーが言った。



「これでも真面目さ。本当に知らないんだよ」



フォルカーは腕を組んで敵意のようなものを向けながらミケルを睨んだ。


すると、外から騒々しい声が聞こえて来た。どうやら誰かがここへ連行されているようだ。声を聞いて主が【シュヴァルツ・コリダー】のブロックだと分かった。


勢いよく扉が開いて後ろ手に縛られたブロックがやって来た。



「俺はてめぇらには協力するつもりなんてねぇんだよ!」



その場にいる全員がこの言葉を聞いた。


その反応を見ようと集まった者たちを見た瞬間にブロックの顔は青ざめて閉じられた扉から出ていこうと走り出した。だが、【ステッキとルーペ】のギルドメンバーが取り押さえた。それでもブロックは外へと出ようとする。


ブロックがデッカーと言うよりもその下にいるミケルを見ていたのは明らかだった。ミケルにもそれが分かった。


この反応は一同の注目をブロックへと集めるには十分だった。アナグマの異名を持つこの男はそれなりに強かにこの都市で働いていた。その働きと実力も含めて認めていたのである。



「ブロック、どうしたんだ?」



フォルカーが尋ねた。



「嵌めやがったな、そのつもりだったんだな。上手くやりやがって!」



ミケルは笑っていた。もう抑えきれなかった。



「上手い事やりやがったんだな。どんな取引をしたんだ。俺を痛ぶるつもりかよ!」



逃げられないと思ったブロックは翻って平伏すとミケルに向かって言った。



「信じてくれ、俺は何だって差し出すよ。あんたには何も危害は加えねえ、本当だ。俺はしっかり調べたんだ。出来る限りはやったんだよ。嘘なんてついちゃいねえ!!」



ブロックは平伏して両手を前に差し出して敵意がない事を示している。


この光景を見ていた者たちはブロックの視線の先にいるデッカーもといミケルを見ていた。



「デッカー………?」



アダルがデッカーの顔を覗き込む。ミケルは見なかった。そして爆笑が漏れた。ミケルを創る魂たちがこの余興に笑っていた。


身構えて立ち上がる者がいた。フォルカーとアーノルドは既に武器を構えている。



「ブロック、お前はよくやってくれたよ。言ったはずだ、俺の目的が済んだ後の事はお前の好きにするが良いとな。殺すつもりなどないがここにいては巻き込まれるかもしれないぞ」



ミケルはデッカーの姿から少年の姿へ、少年の姿から青年の姿へと流れるように形を変えた。


ほぼ全員がミケルから距離を取った。ただ一人を除いてミケルは大勢の者と対峙している。



「デッカーはどうした?」



まだミケルの隣にいるアダルが尋ねた。



「そうだな、あの男は今ごろ森の魔獣の餌になっている頃だろう。あれらも腹を空かし始める頃合だ。この言葉もいつぞやに誰かに言ったかな、確かヒリーヌと言ったか」



円形の集会所の一面がガラス張りの大窓の前でミケルはアダルを見た。


陽光が燦々と降り注いでいる。ショックに打ちひしがれたアダルにミケルは問うた。



「アダル、お前が最も我らと長く近しい時を過ごした。我らを人間と感じられただろうか?」



アダルはゆっくりと顔を動かした。一度だけ森の方を見て足を動かしそうになったがハッと我に返ると長い真紅の髪を煌めかせて言った。



「お前など人間であるものか………!」



アダルが武器を手に取った。


フォルカーとアーノルドも身構える。他の者たちも武器を手に取って構えていた。


ミケルはゆっくりと目を閉じた。張り詰めた空気が振動して様々な事を伝えて来る。それはきっとデッカーのスキル【風を読む者】の効果だろう。


そして目を開けると呟いた。



「ならば我々もそう振舞おう」


その日、ギルド都市ロンドリアンは壊滅した。


都市から昇る黒煙を見た旅の者たちは西へ向かう一頭の巨大な黒狼を見たと後に語った。



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