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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
オデュッセウス
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第70章 流血と拳


流血と拳がある。


継続する戦闘でクローヴィスは額や腹、口元から血を流している。

血の流れないオデュッセウスはところどころが凹んでいたり、抉れていたりしていて通常の形からかけ離れている。

正常な形を忘れてしまっている。


「ここまで到達した者はいなかった。まだ上り詰められる。雲を超え、天を超え、宙を超える。その先に何かがある。到達者にしか見えぬ頂が。人は互いに研鑽し合う事でしか高みへとは進めない。オデュッセウスよ、俺を押して死ね!!」


「高みなどない。同じように深みもない。あるのは隣り合う事だけ。我らには隣がある。今、ここで引き上げ合う貴様と我らがいたとしても対峙は決して進めない。決着は訪れる。訪れるべくして!!」


「隣など高みを知る者には無縁だ。人は人であるからこそ逃れられぬ物がある。飢えた子供が初めて王が口にする甘味を食べる時、どれだけの時間が流れようともその瞬間を忘れる事はない。自分が座るべき座を見出した時、人は隣など見るべきではないのだ!!」


「そこに確かに存在する物をあると知る。目を背けるからこそ失う物もある。ずっと追う事は不可能だ。隣がある事を知る。我らはそれで満ち足りている!!」


スッとクローヴィスが構えを取った。

オデュッセウスも構えを取る。


そしてクローヴィスが迫って来た。


繰り出される右拳をオデュッセウスはいなして懐に潜り込もうとする。

が、その先も読んでいたクローヴィスはそのままオデュッセウスの腕を掴むと右側に引っ張った。


くるんと回転してオデュッセウスは距離を取るが取った先を追ってクローヴィスがやって来る。

クローヴィスの猛攻が続いた。


『こいつはどうやって力を出しているのだろう?』


『どうやってここまで?』


『考えても答え合わせは出来ない。我らは我らの内から力を出すしかない』


『もっと燃やすんだ!』


オデュッセウスは次々とスキルをくべていく。

炎はますます大きくなった。力が湧いてくる。


もはや何を入れたのかも覚えていない。

【岩の王】は消えていた。くべられたに違いない。

【刻まれた碑文】も消えている。くべたのだ。


それでもなお、クローヴィスは向かってくる。


「ふん、罪を背負い直しているな。見えているぞ、お前の罪が!」


「黙れ!!」


身が重くなる。


「罪などない!!」


「隠すな、往々に罪の方が大きい事がある。抱えるさまはまさに人よ。隠そうとする、逃げようとする、抱えようとする。あらゆる行いが生命を表している!!」


どんと打ち当てられてオデュッセウスは吹き飛ばされた。

地面に倒れ込む。

クローヴィスはその隙を利用して馬乗りになると拳を交互にオデュッセウスへ叩きつける。


「どうした、もっと来い。高みを目指さねば貴様の望みは叶わないぞ。人にもなれず、獣にもなれない。そして神へと至る事もない!!」


オデュッセウスは抱いた罪をもくべて力に変えた。


腰で跳ね起きる。

クローヴィスは後方へ退いていた。

びりびりに破れている上衣を剥ぎ取るとそのまま捨てた。


オデュッセウスは獣のように4つの手足を地面に付くと顔を地面に擦り付けるかのように沈んだ。


「まさしく獣よ。だが、人を志向する。悲しいかな、貴様が志向する人もまたそれらしくもない。考えた事があるか、貴様の志向する人という存在がすっぽりと嵌り込む者が本当に存在するのかを。俺は考えていた。だからこそ、問いたい。貴様が志向する“人”という存在はもしや転生者ではないのか?」


有り得ない。


『有り得ない』


『当然だ。転生者が含まれるはずがない』


力強く否定しながらも目の前に立つクローヴィスを見ると彼は整った顔立ち、すらっとしたしなやかな肉体、淀みのない精神でいる。

これを人と認めないのなら何が人であるのだろう。


オデュッセウスの人と転生者を区別していたのは転生者と今を生きる人々を区別するためだった。

そして今、それらをはっきりと区別していた境界があやふやになって溶けていく。


再びクローヴィスが迫って来る。


対応の遅れたオデュッセウスは3発、4発と強い攻撃を繰り出していた。

1発、2発と増えるごとにその威力は増していく。

4発目でオデュッセウスは倒れ伏していた。


オデュッセウスを見下ろしてクローヴィスはほとんど勝利を確信して哀れな獣を慰撫するような眼を向け続けた。


彼はぴくりとも動けなかった。

動けたとしても立ち上がる事は出来ないだろう。立ち上がったとしてもあまりに形が歪すぎて動けるとも思えない。


四肢に力が入らないのに身内の炎は燃え続けている。

もうくべるものはなくなった。手元にあるのは本当にくべられない大切な物だけ。

名と幸福な思い出しか残っていなかった。


『いや、まだある』


ひとりが呟いた。


『いったい何がある?』


『これだ』


そのひとりが指で示したのは自分の身体だった。


『まさか………』


言ったその魂は炎へと向かって敢然と歩んでいく。


『そんな事をしなくたっていい!』


『いや、必要だ。勝つために、敵を討つために、望みを叶えるために!』


『そんな苦しみに見合う物だろうか。肉体を取り戻す、人であろうとする、たったそれだけだった。その望みにそれだけの苦しみが見合う物だろうか』


『生まれた場所が、異なるがゆえに強いられる犠牲がある。強いられる困難がある。だが、みんなが言っている次へと進むための選択なんだ!!』


炎に進む魂がそこにいた少女に言った。


『歌ってくれ、旅立つ者のために鎮魂歌を』


少女は頷いた。

口を開いて出される声は恐怖と悲しみとで震えている。だが、勇ましく進もうとする魂のための激励を懸命に載せようと一心にその背を見つめていた。


そしてひとつの魂が炎の中へと消えてゆく。

それを見送るとまたひとつの魂が続いて行った。

そこに集ったみんなを見た。

振り返った後に続く魂は笑っている。


するべき事を見つけた希望に満ちている。探していた次への道、こうした魂も居たのかと驚きながらその笑みを見ていた。


『それじゃあ、またね』


同胞が消えてゆく。魂を飲み込んだ炎は盛んになっている。ごうごうと燃えていた。これまでにないほど大きくなっている。


オデュッセウスは立ち上がっていた。

眼から何かが流れている。血でもなく涙でもない。


「ほう。まだ何か残っていたか」


クローヴィスが立ち上がるオデュッセウスを見て言った。


「いや、そうか」


オデュッセウスの整っていく身体を見て彼は何かに納得して頷いた。


「そうか、本当に手を出してはいけないものに手を出したか。その踏み越えは間違いなく高みへと導くだろう。ここからが本番だな。さあ、もっと俺を楽しませろ!」

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