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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
オデュッセウス
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第67章 再会と………


アダルはどこにいるのか分かっていなかった。

知っている場所のような、知らない場所のような判断がつかないところにいる。

視界は少しも開けていない。いや、開けていないと言うよりはここがどこかを示すような手掛かりになるような物がひとつとして見られなかった。

だが、何かに温かく照らされているのだけは分かっていた。


「だ、誰かいるのか?」


不安気な声は出したアダル自身が驚いてしまっている。戸惑いながらアダルは辺りを繰り返し見回しながら歩き始めた。


「くそ、これもオデュッセウスのスキルなのか?」


アダルは彼が最後に謝った事を考えなければならなかった。

この何もない場所はそれを促すようにとても静かだった。


当てもなく自分が真っすぐに歩いているのかも分からないがアダルはとにかく歩みを進めた。


「これ以上、先には行かない方がいいよ。アダル」


その声が聞こえた時にアダルはピタッと身動きを止めてしまった。その声はアダルの後方から聞こえて来た。そこは彼女が通って来た道のはず。そこには誰もおらず、何もなかった。もし本当にあるとするのなら気付いていたはずだ。


彼女は振り向きもしないで全身でその声を聞こうとしていた。


「そこから先はお前の行く方じゃない。見えるだろ、あの光が」


アダルは何か想いながら、考えながらただ一心に振り向きたい想いとそうしてはいけないという想いとでせめぎ合っている。


(これはきっとオデュッセウスの、いや、ミケルの罠だ。絶対に振り向いちゃいけない!!)


いっそ振り向いてしまえたら良かったのにと少なからず彼女は思った。パニックに陥る自分を見る冷静な自分が確かにいたのである。

罠だなんて考えずにこの声に耳を傾けて、その姿を目に収めたい。


「元気だったか?」


アダルは答えない。得体のしれない場所、そして死んだ彼の声が聞こえる。


知らない場所に知った人が現れる。それももうこの世を離れたはずの人が。


そんな事は有り得ないとアダルは常識的に考えて否定した。それが正しいと思った。


「あれからは苦労したみたいだな」


苦労なんてものじゃない。どれだけ挫けそうになった事か。全てを忘れて穏やかに暮らそうかとどれだけ思った事か。

大きな憎しみを持てるがゆえに進まねばならない道がある。それが正しかろうが誤りであろうがもうどちらでも良かった。この炎を落ち着かせるにはそれしかない。留まるのも進むのも辛い。正しくとも誤りでも苦しい。そしてこの炎で自分の他の大切な人を傷つけないために外へと向かうしかなかった。


「く、苦労なんてものじゃない………。わたしだって………」


途切れて弱々しくなってしまう。「留まれるのなら留まりたかった」と繋げたかった言葉が口の中で渦を巻く。


幻へ向かって彼女は話しかけた。

背後に立つのは罠の姿だ。だが、触れさえしなければ罠足り得ない。言葉として触れ合えるのならそれだけでも慰めになる。だからこそ言葉でだけで触れ合いたかった。


下を向いて腕をぐっと伸ばして彼女は言った。


「そうか」


幻はそんな返事をした。その返事は彼女が知る彼に似すぎていた。間と声音とその調子。


(きっと今、左手で後頭部を掻いて右にちょっとだけ傾いているのだろうな。そして次は………)


そんな事を考えられただけで彼女の表情は罠を考えた時よりも柔らかくなって口の端には微笑みが浮かんでいる。


「その、まあ、悪かったな。まあ、俺が謝るのもちょっとよく分からないけど」


その途切れ途切れの言葉の数々がアダルの心を掴んだ。ぐっと握り込まれるように痛むと彼女は今にも崩れ落ちそうな脱力を感じた。


「驚いたよ。その、俺がちょっと料理しただけであんなに喜ぶんだもんな。そんなに意外だったのか?」


ハッとアダルは顔を上げた。それがもう堰を切らせた。


「だって、少しもしなかったじゃないか。しても、いつも雑で、これが俺流だって言うばかりで、整った料理なんて一度だって出した事がない。服もめちゃくちゃで汚れなんて気にしていないし………」


アダルが振り向くとそこにはデッカーが立っていた。

寂し気で悲し気な表情を浮かべて確かにそこに立っている。この幻が現れてからそれはあまりにデッカーらしさがあった。ありすぎるほどだった。そこに現れるアダルしか分からないような仕草や言動が引き立つほど悲しい。


「ここは、なに?」


アダルはデッカーに尋ねた。


「ここは魂が次の生命へ向かう道だよ。その途中だ。アダルはあの光の方へ向かっていただろ。あっちに行くのは俺のような魂だけなんだ。あの光だってミケル、いやオデュッセウスかな。彼が作ったんだ。だからここはこんなにも明るいんだよ」


「じゃあ………?」


アダルが恐る恐る尋ねる。


「本物だよ。デッカーだ。あの時に、あの都市でアダルとギルド[ロンドリアンの盾]で過ごした正真正銘のデッカーだ」


「本当に?」


「本当さ。信じてくれないんだな。罠だと思ってるのか?」


「だって、そう思うしかない。こんなところで」


「そうかもな。ここは魂がさ迷える場所だった。彼がここを変えたんだ。だから、みんな迷わずに次へと向かえる。俺は確かにオデュッセウスに殺された。なんでって思ったよ。この場所からオデュッセウスの眼を通してアダルを見てた」


「そうだったのか。わたしはてっきり幻か、罠かと思っていたから」


「仕方がないよ。そう思うのもな。俺だって最初の方は分からなかった。でも、ここにやって来る人は本当に多いんだ。病気や事故、戦争、失われた命の魂がここへやって来る。そしてあの光の方へ向かって次の生命へと向かうんだ」


「次………」


「うん、次だ。俺ももう行くつもりだよ。ここで会えて本当に良かった。彼がアダルを送り込んでくれたんだ。俺が望んでるから。きっと彼なりの贖罪なのだろうな。どうしたらよいのか彼自身分かっていないんだ。だから、俺ももう行くよ。アダル、会えて本当に良かった。もう復讐には身をやつすなよ」


デッカーとアダルの距離は近くなっていた。

アダルは恐る恐るデッカーの腕に触れた。触れられる。彼に触れられる自分に驚いて、触れられる彼という存在にも驚いていた。


そしてほとんど同時に抱きしめ合っていた。

アダルは泣いていた。デッカーの肩に顔を埋めている。それ以上にこの涙を拭う物はひとつとして存在しない。


「アダル」


デッカーは泣くアダルを繰り返し呼んだ。

アダルは離れようとしない。


「もう行かなくちゃ」


「待って、待って!」


もう少しだけと繋げる前に身体は離れていく。


「もう行く時だよ。互いに進む時なんだ」


「そんなのもう少し後だっていいじゃない。もう少しだけここに居たって」


デッカーが首を振る。


「アダル、ここで会えて本当に良かったよ。本当に良かった」


わたしも良かったとアダルは言えない。もっと良い形があるはずだと彼女は思っている。それは彼がここに留まってくれる事。彼女は自分がここにいつまでも留まっていられると思っている。2人でもっと一緒に居られるのが最良の形のはずだった。それも互いにとって。


だが、デッカーは彼だけが分かっているような、そしてその理解を相手に柔らかく求めながら離れていく。


「待って、行かないで。ひとりにしないで!」


するとデッカーはにこりと笑った。それは彼女を安心させる事に努めるような微笑みだった。


「絶対なお別れじゃない。きっと会えるさ。だから、それまでのしばしのお別れってだけさ。アダル、これまで言えなかったけど今なら言える。愛してるよ、本当に心の底からそう言える」


告白が突き刺さる。別れ行くのに愛を告げるだなんて卑怯だとアダルは思った。返答の仕方が消えていく告白の受け止める方法を彼女は知らないのだった。そしてまた彼女の気持ちもどう投げて良い物か分からない。


だが、去り行く彼にとにかく言葉を投げかけたかった。その告白の返答とそしてこれからを示すのにその言葉で足りているような気がしている。


「わたしもだよ、デッカー。わたしも愛してる」


彼女の言葉を聞いた彼は笑っていた。そして彼女も笑っている。言えなかった言葉と聞けなかった言葉を介して別れを和らげる。和らげられたその形は別の何かを宿しそうなほど器のようだった。


「それじゃ、またな。会えて本当に良かった」


「デッカー!」


明るみが消えていく。


アダルが目を覚ますとそこは宮殿の玉座の間だった。


そこに誰もいない事を理解すると彼女は頬を伝う一筋の涙を拭っていた。

心が変に軽い。肩の重荷を下ろしたような気がする。


玉座の間に差し込む陽光がとても明るかった。

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