第65章 手繰り寄せられた因縁
雷撃がオデュッセウスに叩きつけられた。
彼はそれを避けるのだが宙を走る電流が避けてなおも影響を与えて来る。
アダルの息が荒れている。そのほとんどは興奮によって荒れている様子だった。
ばしいっと雷が迸る。
「うっ!」
雷に当てられたぺピンが叫んだ。
「無粋なごみが混じっているな」
クローヴィスの眼がぺピンへ向かう。
【風を読む者】が部屋がぺピンの方へ向かうのを教えてくれた。
オデュッセウスは持っていた水の槍をクローヴィスへめがけて投げつける。
その槍をどこかへと収納させてしまうのだが隙は一瞬だけ作られた。それだけで十分だった。
ぺピンを助けるとオデュッセウスは彼の方を見ないまま言った。
「ぺピン、逃げろ」
「あ、いや、ぼくは」
ぺピンはそれが恐らく最善だと理解しているし、ここではどんな力も発揮できないと理解している。だが、そこに残ったのがアダルとオデュッセウスだと理解してクローヴィスもいると思うとどうしたらいいか分からない。それに反感を抱いているオデュッセウスの指示に従うのも癪だった。
こんなところに残ったところで彼に出来る事はない。それに唯一、彼がまるっきりに信を置くアダルは冷静さを失っている。
「早く行け」
どんと突き飛ばすようにぺピンを押すと彼はそのまま走り出していた。
突き飛ばしたらまるで彼から逃げるようにぺピンは背を向けた。繰り返し振り返る様子を見ていると彼はその目こそが本当の気持ちなのだと思うのだった。
「お優しい事だ。その牙から獲物を逃すとはな。食い散らかしてしまっても良かっただろうに」
「そんな事はしない」
「今さら罪を軽くしようと思っても償いになりはしない。それだけ罪と罰を認める事になる。さあ、気張る時だぞ」
「黙れ!!」
オデュッセウスは水の槍を両手に作り出してまだ形が揃っていない状態ながらそれをクローヴィスへ向かって放つ。
「お前の相手はわたしだぞ!!!」
アダルがオデュッセウスに蹴りを叩き込もうと鋭く踏み込んだ。
水の槍はまた空で消えていく。クローヴィスは笑っている。
「いつもそうだが罪は過去からやって来る。悲しい事だな、お前の罪はこれほどに憎しみを抱かせたようだ。罰を背負い、罪に打ちひしがれて膝を折る罪人の背後からやって来る者は2通りある。その身体を支えようと寄り添う者とその背にさらに仕打ちを叩き込もうと走り寄る者だ。どうやらお前の場合は後者らしい」
アダルの【神域の一撃】の補正を受けた雷撃が玉座の間のほとんど全域に迸った。
「見境がないな。俺までやるつもりか」
クローヴィスは走る電流を部屋で囲って防いだ。
雷の音だけが妙に盛んだった。
オデュッセウスは【岩の王】を【巌の神体】と名付けて祝福を与えた。
そのスキルで雷を防ぐが空気は焦げ付いている。
「邪魔だてするのなら貴様ごとやってやる」
「邪魔などするつもりはない。が、相手を見誤っているな。俺ではない、その憎しみをぶつけるのはな」
すると、クローヴィスはこれまでに最も大きな部屋を作りあげた。
「ここで存分にやり合え」
その大きな部屋には3人が入っている。
「分けようとするからこそ上手くいかないのだ。俺は後から出るだけでいい」
部屋に扉が作られる。クローヴィスはそこを開いて外へ出て行った。
扉が閉じられるとその扉はスーッと消えていく。
「ちっ」
オデュッセウスは舌打ちをした。というのもこのクローヴィスがバルドウィンや王、王妃を狙って手を下さないとは限らない。そしてそこにはリリーやアリーシャなどギルドのメンバーがいるかもしれない。
「余所見をする暇があるのか!?」
アダルは場が変わった事に頓着しないでオデュッセウスへと向かってくる。
「アダル………」
彼女の名を呼ぶがその後に続ける言葉が出て来ない。なんと声をかけたら良いのかオデュッセウス自身が分かっていない。
「わたしの名を気安く呼ぶな。お前と少しでも仲良くしてしまった自分が情けない。不甲斐ない!!」
瞬時に距離を詰めた彼女はオデュッセウスの懐に入り込む。その隙を与えてしまったのは雷撃の迸りがないために攻撃を仕掛けてこないと油断したがためだった。
アダルが右拳をオデュッセウスの腹部に叩き込む。
その拳は補正を受けた一撃だった。
どんと凄まじい音が鳴る。
衝撃がオデュッセウスの身体に響く。
だが、この接近の機会を互いに利用するつもりだった。彼もアダルへ向かって傷つけるつもりのない弱々しい攻撃を放つ。
アダルは瞬時に退いて距離を取った。
彼はアダルと闘うべきか未だに判断が付きかねていた。
それなのに彼女の方はとにかく強い一撃を与えようと殺意を込めた攻撃をしてくる。
受けてばかりもいられない。相手に攻撃する暇を与えないためにも攻撃が最善の防御ともなり得る時がある。
彼女の必死な様子を見るとオデュッセウスは過去を思い出す。己の力を知るための蹂躙が傷のように感じられた。それが重くのしかかる。
憎しみの炎がアダルの中で燃えている。
彼は自分も転生者と敵対する時にはこうした姿なのだろうと自分の姿を鏡で見るような気持になって重ねていた。
「殺すつもりは、ない。ただ少しだけ時を待ってくれれば」
そんな風にオデュッセウスは闘いのさなかに呟いた。激高するアダルにはその声は届いていない。




