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転生者よ、我が鎮魂歌《レクイエム》を歌え  作者: 天勝翔丸
オデュッセウス
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第64章 憎しみの炎は止められない


忘れられない痛みがある。

オデュッセウスは確かにその痛みを抱いてこれまでやって来た。


ただその痛みだけでこんなところまでやって来た訳ではない。


『出会いがあった』


『かけがえのない出会いが!』


あらゆるものを背負ってやって来たはずだった。


2つの見えない部屋の扉が迫って来る。

オデュッセウスは【風を読む者】でその位置を把握すると避けながらクローヴィスへと迫った。


クローヴィスの余裕はこの時にも崩れていない。


オデュッセウスの【風神招来】の一撃は見えない部屋に阻まれてクローヴィスに届かない。

クローヴィスの前髪を揺らす事さえも出来ないのだった。


クローヴィスは穏やかに立ったままでいる。そのままいくつもの小さな部屋が作られて彼を攻撃して来るが軽やかにそれを避けていく。


だが、それでもオデュッセウスの攻撃は届かない。


「【我作るは小さき箱】」


すると、オデュッセウスは目の前に大きな扉が開くのを見た。

入って来いという挑発だった。


オデュッセウスはその挑発に応じてその部屋の中へと踏み込んだ。この挑発に応じる事こそがクローヴィスの頬を打つ機会となるに違いない。


「ここは罪を知る場だ」


「罪?」


「罪がなければ罰もない。生命の真価は罰で問われる。逃げ、惑う。受け止め、運ぶ。いずれにせよ生命は試される。脱兎の如く逃げるという言葉があるが逃走はまだ間に合うぞ。本当に獣に相応しい。逃げる事こそが獣に相応しいのだ。なぜなら獣に罪と罰の概念はない。人間だけが押し付ける。お前はここで試される。人か、獣か。どれだけ強く硬い自覚を持とうとも行為が証となる。自覚の外、他者による認知に他ならない。お前はいったい何者だ?」


クローヴィスがオデュッセウスに問う。

答えようとした瞬間にオデュッセウスは自分の背に重い何かがのしかかって来るのを感じた。


膝をつくまでにはならなかったが身体はくの字に折れている。


「なんだ、これは?」


「耐えたか。だが、耐えるという事は行為ではなく停止だ。歩く事に耐えるのか、運ぶ事に耐えるのか。耐える事は全て行為と共にある。やはり獣か」


「こんなもの!」


「振り払おうとするのならやはり獣だろう」


「ふざけるな。何が罪だ、何が罰だ。裁定者を気取るなよ。貴様が突きつける罪などない!!」


「勘違いをしているぞ。俺が突きつけるのではない。俺が気づかせた罪に相応しい重みという罰を与えるに過ぎない。お前は今、それだけの罪を知っているという事だ。そして罰を知る。だが、罰がなければ逃げ甲斐もない。あとは好きにしろ」


負けまいとする意地がオデュッセウスを直立させた。重みは確かに感じている。罪悪感のようなものを抱いた事もある。数々の後悔がそれならばそうに違いなかった。


「ほう、存外に健気だな」


「黙れ!!」


「救うつもりはないが生命ならばいかなる者であれ罪がある。人であれば、人理の輪に加わるならばその内にある道徳を知る。往々にして人はそれに反しているのではないかという直感を抱くがそれはおおむね正しい。直感に従えよ。お前が抱く罪の直感はもしかしたら正しいかもしれない」


「黙れ!!」


オデュッセウスは水の槍を構えて鋭い切っ先をクローヴィスに突き刺そうと前に出す。

その切っ先は何かに阻まれてクローヴィスには届かない。


2つの大きな空間がまた広がってオデュッセウスへめがけてやって来る。


それを避けるのだが罪の重さを背負ったオデュッセウスの動きは敏捷とは言えなかった。


「ふっ、さて、もう終わりにしよう」


クローヴィスは笑って言った。


オデュッセウスは右手を前に突き出した。


「夜の道、暗き底、何物にも照らされない恐ろしい終焉!」


【冥より冥へ】を発動してクローヴィスを冥へと突き落とす。


「阿呆、そのスキルは知っているぞ」


クローヴィスは少しも精神に異常を来していない。


精神攻撃は効果が無いようだった。


床に水を這わせていく。

だが、水もある区画から見えない何かに阻まれるかのように入り込んでいかない。


オデュッセウスは構えを取った。

憤怒の炎を燃やしていく。滾々と湧き上がる力を蓄えて彼は拳を握った。


速く、速く、もっと速くとオデュッセウスは自分を追い詰めていく。でなければこの相手には勝てない。


とんと跳ねてクローヴィスへと突っ込んでいく。

見えない部屋は展開されるまでにいくらか時間がかかる。

それが自分に追い付く前に奴へ到達する。


どんと踏み込んだその瞬間に後ろの方から扉が開く音が聞こえて来た。


オデュッセウスは直角に飛び退いて距離を取った。

クローヴィスと扉との距離を均等にとっている。


扉の先に居たのはアダルだった。

憎しみを燃やした目でオデュッセウスを見ている。


その彼女の背後に不安気なぺピンがいる。


どうにも場違いなところに来てしまったと思っているような様子で立ち尽くす少年はクローヴィスに目を止めると明らかに怯えを強くさせた。


「オデュッセウス、お前が、お前がミケルなのか?」


アダルは怒りに震える声で彼に尋ねた。それは無理やりに抑えていないと暴れてしまいそうなほど何かが漏れている。


オデュッセウスは答えない。

この乱入は全く予期していなかった。


だが、何がアダルをそう考えさせるに至ったのだろうか。


彼がぺピンを見ると目が合った途端にぺピンは目を逸らしてしまった。

それが明らかに想像もしなかったところに物が転がってしまったと言わんばかりに申し訳なさそうにしている。斜めを見て所在なさげにいる様子はとても少年らしかった。


「ぼ、ぼくは言っただけなんだ。オデュッセウスさんは嘘をついているかもしれないって。だって、ぼくのスキルは今まで間違った事がなかったから………」


「そうか………」


オデュッセウスは責める気も慰める気もない。ただ単に彼の言い訳を受け止めた。その受け止めがぺピンを安心させると同時にアダルの怒りを暴発させた。


「認めたな、認めたな!!!」


雷が彼女の手に宿る。


すると、雷のような素早さでアダルはオデュッセウスの目の前を飛んでいた。


「お前がミケルか!!」


アダルが叫ぶ。

クローヴィスをちらりと見ると彼は思わぬ乱入者がオデュッセウスに向かっていくのを見て愉快そうに笑っている。


罰がまた重くのしかかる。


オデュッセウスは知っている。


「憎しみの炎は止められない」

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